1. トップ
  2. 恋愛
  3. 日本の青春小説、恋愛小説にはみんなパターンがあった!

日本の青春小説、恋愛小説にはみんなパターンがあった!

  • 2023.7.14

文芸評論家・斎藤美奈子さんは、「日本の青春小説って、なんかみんな同じだ」と思ったそうだ。そのことを論証した新作評論が『出世と恋愛』(講談社現代新書)である。

青春小説と言っても、対象は近代文学だから、若い世代には知らない作品も多いだろう。でも、心配は無用。「快刀乱麻」、鮮やかな手さばきで著者はテキストを読み込み、100年前の青春が蘇ってくる。

本書の構成と取り上げる作品は以下の通り。

序章 出世と恋愛は文学の二大テーマ 第1章 明治青年が見た夢 夏目漱石『三四郎』、森鷗外『青年』、田山花袋『田舎教師』 第2章 大正ボーイの瞑想 武者小路実篤『友情』、島崎藤村『桜の実の熟する時』など 第3章 悲恋の時代 徳富蘆花『不如帰』、尾崎紅葉『金色夜叉』、伊藤左千夫『野菊の墓』 第4章 モダンガールの恋 有島武郎『或る女』、菊池寛『真珠夫人』、宮本百合子『伸子』

斎藤さんと同世代の評者がかろうじて読んだことがあるのは、夏目漱石『三四郎』(明治41年)と武者小路実篤『友情』(大正9年)くらいなので、このあたりをどう分析しているのか、注目した。

『三四郎』の主人公、小川三四郎は九州から東京帝国大学に入るために上京してきた若者だ。英語教師の広田先生のサロンに入り浸り、そこで出会った美禰子との出会いと破局を描いた作品だ。東京大学には今も、作品にちなんだ「三四郎池」と呼ばれる池がある。

美禰子は、「迷える子(ストレイシープ)」など、ときおり意味不明な言葉を口にするミステリアスな存在に描かれている。はたして美禰子は三四郎に好意を持っていたのか?

斎藤さんは、美禰子の側からテキストを読むと、「分かりやすい別の物語」が見えてくるという。三四郎は、ラブコメでいう「二番手男子」であり、好きな人の前でもオロオロするだけで、「初手から蚊帳の外」と手厳しい。

ここから、青春小説の黄金パターンが浮かび上がると指摘する。

1 主人公は地方から上京してきた青年である。 2 彼は都会的な女性に魅了される。 3 しかし彼は何もできず、結局ふられる。

彼らを「告白できない男たち」と呼んでいる。

大正時代からあった恋愛結婚至上主義

大正期の青春小説として挙げているのが、武者小路実篤『友情』だ。アッパークラスの白樺派にふさわしい作品で、上京という関門をスキップできたシティボーイの青春を描いている。女に出会うとすぐ結婚を考える男、野島が主人公だ。

斎藤さんは、当時トレンドとなった恋愛結婚至上主義の影響を見ている。そして、野島の妄想を徹底的にコケにしている。

『友情』は、昭和の末頃までは中高生の必読図書とされた。当時、読んだ評者も野島の「妄想」に付き合わされたことになる。戦後も読まれた理由として、その「世界観や恋愛観が、むしろ戦後のそれに近かったこと」を挙げている。

これらの作品から、「女は成功した男を選ぶ」というテーゼを提示している。それは、女性の生き方が限定されていたからだ。男性の成功が立身出世なら、女性にとっての成功は、自分より地位が上の男と結婚する上昇婚しかなかった。

ところで、恋愛にまで発展したらどうなるのか? 有島武郎『或る女』、菊池寛『真珠夫人』などを分析し、恋愛小説にもパターンがある、と論じている。

1 主人公には相思相愛の人がいる。 2 しかし二人の仲は何らかの理由でこじれる。 3 そして、彼女は若くして死ぬ。

恋愛に踏み込んだ女は、作者の手で「殺される」と書き、「死に急ぐ女たち」の物語と呼んでいる。

しかし、女性作家はそう簡単にヒロインを殺したりはしない。宮本百合子『伸子』は、結婚に興味がなく、それ以外の道を模索した女性の物語だという。

伊藤左千夫『野菊の墓』は、戦後何度も映画化された有名な作品だ。ここには、「裏切る男」というモチーフがあり、1970年代のヒットソング「木綿のハンカチーフ」の世界と共通するという論点が新鮮だった。

「裏切る男」を純愛の主人公に変えるマジックが「回想」だとして、村上春樹『ノルウェイの森』、片山恭一『世界の中心で、愛を叫ぶ』も同型の「額縁形式」と呼んでいる。

見事にパターン化された近代文学における青春小説と恋愛小説。現代文学ではどうなるのか? 男性の「立身出世」も様変わりし、女性の置かれた環境も激変した。斎藤さんの今後の仕事に期待したい。

ちなみに、本書で取り上げた主な12作品のうち、紙の本で出ているのは、『友情』など2作品のみ。残りはインターネット上の電子図書館「青空文庫」など電子版で読むことができるそうだ。「絶版だから」とあきらめたのは、少し前のこと。100年前の作品に気軽にアクセスできるのは、ある意味、すばらしい読書環境が整ったと言えるかもしれない。

元記事で読む
の記事をもっとみる