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「え…どうしよう!?」異国の地でひとり「初めて」を迎えた私は

  • 2023.7.6

私は両親が共働きの家庭で育ちました。私を出産後、まもなくフルタイム勤務に復帰した母は、終日働き詰め。そのため、わが家にはいわゆる「母と娘の内緒話」的な会話が欠けていたように思います。私が女の子の体の発育や初潮について母と話をすることは一度もなかったのです。

初潮の知識がほぼゼロだった小学生時代

私が小学生時代を過ごした当時は、6年生になると、ある日突然、男子と女子が別々の教室に集められ、第二次性徴に関するスライドなどを見ながら、「初潮」や「精通」について初めて「正式に」知ることとなりました。

私が小学6年生だった当時はインターネットもスマホも存在しない時代で、子ども自身が自分の体の変化について知る機会は限定されていたうえに、私はまだ初潮を迎えていなかったのですが「6年生までに生理がこない子は普通じゃない」などという、いい加減な情報も回っていたほどです。

その後私は中学に入学し、初めて英語を習い始めました。日本語以外の言葉を習うのは本当に刺激的で楽しく、私は両親に「アメリカに行って英語を使ってみたい」と直談判。こうして私は中1の夏休みに、アメリカの夏期英語講座に参加することになったのです。

異国の地で…

夏期英語講座が終わりに近づき、そろそろ日本への帰国が近づいてきたある朝のこと。ホストファミリーの自室で、いつものように登校準備をしていた私は、突然、尿を漏らしたかのような感覚に襲われました。

何かどろっとした液体が、体の中から出ていったのがわかったのです。おそるおそる下着を見ると、そこには赤黒い液体がポツンと染みついています。

「コレって、小学校の授業で習ったアレじゃない?」。

あの朝の動揺は今でも忘れられません。登校時間は迫っているけれど、この汚れた下着をなんとかしないと。それに、これからどんどん出血するのに、日本から持ってきた旅行トランクには生理用品など詰めてありません。しかも、中1の英語力で、このピンチをホストファミリーのお母さんに英語で説明するなんて無茶な話でした。

生理用ナプキンがない! どうしよう?

パニックで混乱しながら部屋を見回すと、たまたま日本から持ってきた赤いバスタオルがふと目に入りました。瞬間的に「これなら、赤い血でも目立たない!」と思いついた私。

そのタオルを細長く折りたたみ、ショーツとジーンズの間の股の部分に差し込みました。折ったタオルの幅が細すぎたり太すぎたりして、何度も折り直したのを覚えています。学校に行く時間も迫っていて、とにかく今日はこれで乗り切るしかないという、必死の思いでした。

中1の女の子が、股間にバスタオルをはさんで、それを誰にも悟られないように平然をよそおって歩く姿なんて、今自分で想像しても情けないやら、笑ってしまうやら。

初潮の初日で出血もごくわずかだったのが幸いして、この日は下着に多少シミがついた程度で、タオルに大きくシミをつくることなく夕方までやり過ごすことができたのでした。放課後、同級生と別れてドラッグストアにかけ込み、人生初の生理用ナプキンを購入。英語の商品説明を解読する語学力はなく、パッケージに描かれた商品のイラストを手がかりに選んだため、予想外に大判で分厚いものでしたが、赤タオルを使わずに済むことに心底ホッとしました。

アメリカの滞在が残りわずかだったことに加えて、初潮を迎えたことを伝える語学力不足や思春期特有の照れもあり、ホストファミリーには伝えることができずじまい。日本への帰国後に母に打ち明けると、母は目を丸くして驚きながらも、「とても大きな出来事なのに、よくひとりで頑張ったわね」と私を労ってくれました。

あの当時は、初潮を迎えると「いよいよ大人への第一歩だね」という意味合いでお赤飯を炊いて家族でお祝いするという習慣がありました。でも私の場合は初潮の記憶というと、家族揃っての赤飯というより、たったひとりで赤いバスタオルと格闘したという、ほろ苦い思い出が一番印象に残っています。

著者/伊勢みどり
イラスト/おみき
監修/助産師 松田玲子

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ベビーカレンダー編集部/ムーンカレンダー編集室

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