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「推し」がいない女たち 面白くなくてごめんなさい……

  • 2023.7.3

情報爆発時代の中で、私たちはさまざまな「HAVE TO:やらなければならないこと」に囲まれている。でもそれって本当にやらなきゃいけないこと? 働く女性たちを研究している博報堂キャリジョ研による連載「XXしない女たち」。今回は「推し」がいない女たち。2021年流行語大賞にもノミネートされた「推し活」の市場は急速に拡大する一方で、「推しがいる」ことが当たり前かのような風潮に違和感を覚える女性たちも。トレンドに押し潰されまいとする彼女たちの声をお届けします。

「推し」の話ができたら盛り上がる……?

「推しは誰?」――PR専門会社に勤める24歳のTさんは、入社したての自己紹介で当然のように聞かれた。

若い子は推しがいる、という前提のもと聞かれた質問に言葉が詰まり、推しがいたほうがよかったなと思ったことを今でも覚えている。もし「推し」ではなく「趣味」を聞かれていたら、習い事として続けているクラシックバレエや日本舞踊のことを話していたが、会話が広がらないことは経験上分かっている。「えー!」「すごいね〜」という一連の流れがあり、それ以上は周りも知識がないから掘ってこない。一方で、推しの話題だったら「好きなタイプは?」など異性の話と関連して会話も広がるし、共通の推しがいれば一層盛り上がる。推しの話は、女子が盛り上がる要素が“てんこ盛り”なのだ。

朝日新聞telling,(テリング)

コロナ禍で、親友がどっぷりと韓国アイドルにハマった。いまでも仲の良さは変わらないが、推しの話だけはついていけなくなったのが寂しい。推しの話を全力で語られたところで共感できないし、同じ温度感で話せない。1対1ならまだしも、何人かが推し活をしていて、自分だけ推しがいない状況ではどうしたって疎外感を抱いてしまう。推しの対象が違ったとしても、推し活をしている子たちは「誰かを推す」行為で連帯意識を持つが、Tさんは「誰かを推す」ことに共感できないもどかしさを感じている。

推し活してる子はかわいい……?

推しがいる人に対してネガティブな気持ちは無いが、うらやましい気持ちはある。推しコミュニティで友だちができたり、推し目的で遠征・兼旅行など趣味の幅が広がったりしていくのは素直に楽しそうだと思う。 推しのためにダイエットをする子までいたり……。誰かを推している姿は、まるで「恋」をしているみたいだ。かわいくなろうと努力するそのエネルギーには、憧れさえ抱いてしまう。

Tさんはライブなどが開催されるアリーナが自宅から徒歩圏内にあり、全力で推しに会いに行く女の子たちをよく目にする。服装から髪型まで本気の彼女たちを見て、「ほんまに好きな人に会いにいくんやな」としみじみと思うのだった。

「推しがいないのは、ある意味現実主義だからかも」
アイドルやタレントなどの芸能人を推しても、“見返り”はほとんど無いだろう。恋愛などでリアルに起こる“見返り”のほうがTさんにとっては重要だ。“見返り”が無いからこそ、逆に落ちることもないのが「推し活」。推しが結婚して『◯◯ロス』なんて2、3日は騒がれるが、別に個人的な人生がかかっているわけでもない。「メンタルがやられてしまうほど落ち込むこともないだろうし、そうやって逃げ場があるのはある意味いいかもしれない」とTさんは言う。

朝日新聞telling,(テリング)

「課金」が分かれ目

次に話を聞いたのは、25歳のIさん。社会人3年目、化粧品会社で働いている。

「つまらない人って思われないかな」と、不安になることがある。飲み会や仕事などで初対面の人と話すときは「何が好きなの?」「趣味は?」と一通り聞かれるが、いまだに最適解が分からない。「ドラマを見てます」「動画を見てます」など当たり障りのないことを話すより、熱量を持って具体的に「これが好きなんです!!」と推しを語れるほうがよっぽど面白い人だと思ってくれるのではないか。

Iさんにとって推しの基準は、課金しているかどうか。自身も動画プラットフォームで暇つぶしに見ている好きなクリエイターは何人かいるが、その人のファンミーティングがあるからといって参加しないし、お金を落とすことはない。推しがいる友人は、月5-6万円を平気で推しに課金するが、Iさんにはそこまでお金をかける理由が分からない。「来月は旅行にいくから他を抑えよう」「今月は美容にかける分、少しだけ節約しよう」など毎月の支出項目をコントロールしたいタイプのIさんは、人生の経験として「推し活してみたさ」はあるが、推しに課金する分のお金は他のことに使いたいと思ってしまう。

もし、課金しない自分のような緩い“好き”を推しと呼んでいいのだとしたら、それに該当するような推しは数人挙げられるが、決まり悪さからいつも「推しっていうほどじゃないんですけど……」と言い訳の枕詞をつけてしまう。

「若い世代=推しがいる」という思い込みに対して、必ずしも全員がそうではないことをIさんは声を大にして言いたい。「Z世代」として括られることが多いIさんは、「エシカル意識が高いんだよね」「飲み会嫌いでしょ」など推しに関わらずさまざまな「こうでしょ」を投げかけられる。同じ世代同士で使うマッチングアプリでも「韓国推してます」「お笑いが好きです」など自身の分かりやすい「レッテル」をプロフィール欄に記載している人が多く、世代ギャップのある人たちからすると得体の知れない若者を分かりやすく記号化しているだけなのかな、と理解はできる。それでも、「じゃないほう」への配慮を少しだけ持ってもらえたら、とIさんは言った。

朝日新聞telling,(テリング)

推し活してる「自分」が好き?

最後に話を聞いたのは、Mさん(25歳)。鳥取県出身で大学から上京し、東京は今年で8年目。動画制作会社で働いている。「推しがいる=リア充」というイメージが、自分が社会人になったころから浸透し始めた気がする。

コロナ禍で外出が制限され推し活にハマる子が一気に増え、大学からの仲の良い友人もそうだった。熱狂的に好きな対象がいる彼女たちは、生き生きとして見えて「いいな」と思うと同時に、推しがいないMさんは周囲から「充実していないだろうな」と思われているのではないかとも思う。でも、周囲からそう思われていたとしても全く気にならない。

コロナ禍では、楽器が好きだったため、それまで未経験だったがバイオリンを始めてみた。とにかく自身の「好き」に対しては、フットワークが軽いMさん。常に、自分が「何をやっている時が楽しいか」「何が好きか」を追求してきた。

周囲に流されず、自分の「好き」には正直だが、最初からそうだった訳ではない。大学入学を機に鳥取県から上京し、言葉どおり180度環境が変わった。今まで出会ったことのなかったような多様な人、場所、娯楽などに囲まれて、それらに合わせなければと当時は思っていた。あまり好きではなかった飲み会にも参加しなくちゃなどと頑張るうちに、少しずつ無理が積み重なり、ある日、疲労を感じて立ち止まった。「本当に私が好きなことってなんだっけ?」――。

朝日新聞telling,(テリング)

自分への問いかけをぐるぐると巡らせた結果、それが会社選びや今の「推しがいない」意識にも繋がっているという。周りがアイドルを好きになったり、SNSでその種の情報が大量にシェアされていたりしても、振り回されることなく自分の本当の「好き」を大切にしたいと思っている。

SNSでは日々推し活に勤しむ子たちの投稿がアップされる。キラキラ感は眩しいが、少し冷めた視線で「無理していないかな?」とも思ってしまう。もしかしたら、キラキラしている「自分」が好きで推し活している子もいるのではないか。

「推し活しないと人生損してるよ」と友だちから言われた時は、完全にスルーした。その場のノリもあったし、「こんなにも面白いものを是非体験してほしい」という厚意からの発言で悪気がないことも分かったが、自分の趣味に置き換えてみると、どうしても違和感を抱いてしまった。ランニングが好きなMさんは、休日マラソンに参加する際はその様子をSNSにアップしている。が、決して「ランニングやらないと人生損してるよ」とは言わない。それをやるかどうかはひとりひとりの自由で、やりたい人たちだけで楽しんでおけばいいのだから……。

実際、若年層を中心に「推しがいる人」は多数派のようだ。株式会社SHIBUYA109エンタテイメントが運営するSHIBUYA109 lab.が15~24歳のZ世代を対象に実施した「Z世代のヲタ活に関する意識調査」(2022年5月)によると、82.1%が「推しがいる」と回答していた。

一部企業では、推しのライブや映画、演劇などに行く場合に使える有給休暇の制度として「推し休暇」の取り組みが始まるなど、「推し活市場」は一過性のトレンドではなく、社会制度にも影響を与えうる状況になっている。しかし上記で見てきたように、「推しがいない」人の視点も、またあるわけで。

そこで、博報堂キャリジョ研は今年6月、「推しがいない」とする15~39歳女性150名を対象に、「推しに関するプレッシャー」についてインターネット調査を実施してみた。

博報堂キャリジョ研「推しに関する意識調査」グラフ1

「推しがいない」ことへの不安や焦りなどのプレッシャー・違和感(以降「推し活プレッシャー」とする)を抱いたことのある女性は「少しある」「ある」含めて16%だった。

博報堂キャリジョ研「推しに関する意識調査」グラフ2

また、その「推し活プレッシャー」の経験が「ある/少しある」と回答した女性たちに、それらを経験した状況を聞いたところ、「友人との会話」がトップで42%、次いで「SNSタイムライン」と同年代の人たちの話や投稿などでプレッシャーを感じることが多いことがわかった。「友人との話についていけない」、「おすすめされるが興味を持てずに気まずくなる」などの声があった。

先述のように、一部企業では「推し休暇」の取り組みが始まるなど、推し活市場が制度にさえ影響を与えうる昨今。とはいえ、誰しもに「推しがいることが当然」ではなく、「いない」人の視点も抜けてはいけないのだろう。特に初対面の会話では、気遣いゆえかわかりやすい「レッテル」に頼りがち。その危うさも共有できるようになるといい。

(写真はGetty Images)

■下萩千耀のプロフィール
「博報堂キャリジョ研」所属。1995年生まれ。雑誌・新聞の広告メディア領域を経験したのち、PRプラナーとしてクライアントの情報戦略、企画に携わる。だれもがハッピーに生きる社会を目指して、キャリジョ研での活動や日々のプランニングに邁進。大好きなのは高知県、もんじゃ、夏。

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