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【黒柳徹子】「戦争は愚かなことだ」ということを伝えていかなければならない。そんな使命感を持っていらした、女優・奈良岡朋子さん

  • 2023.6.19
黒柳徹子さん
©Kazuyoshi Shimomura

私が出会った美しい人

【第14回】女優 奈良岡朋子さん

奈良岡朋子さんがお亡くなりになりました。お互い東京の生まれで、父親が芸術家で、疎開先が青森だったり、わりあいと共通点が多い方でした。奈良岡さんのお父様は画家でいらして、それでご自身も画家になろうとして、現在の女子美大に進まれたみたい。でも、大学在学中に、俳優養成所を受験して合格したことで、お父様は奈良岡さんから絵筆を取り上げてしまったといいます。考えてみれば、私もNHK放送劇団を受験することをヴァイオリニストの父には言えなかったので、当時は俳優なんていう海のものとも山のものともつかない職業に自分の娘がつくことは、どこの親も不安だったのでしょう。なにせ、まだテレビのない時代です。まさに今と同じような、大きな時代の変わり目でした。

奈良岡さんが合格した俳優養成所には、戦前から活躍していた実力のある俳優が多く所属していました。その人たちが中心となって、1950年に劇団民藝が、「多くの人々の生きてゆく歓びと励ましになるような、民衆に根ざした演劇芸術をつくり出そう」という志のもと、旗揚げされました。奈良岡さんは、「舞台の妨げにならないなら」とテレビや映画にも出るようになって。洋画の吹き替えでは、ジャンヌ・モローや、私の大好きなキャサリン・ヘプバーンの吹き替えもなさっていました。

奈良岡さんといえば必ず思い出すエピソードが、「車のドア事件」……。今から40年ぐらい前、NHKで一緒の仕事を終えたあとに、奈良岡さんが私を、「赤坂まで車で行くけど、方角よかったら、乗っていく?」と誘ってくださったことがありました。奈良岡さんが車を運転するのはちょっと意外な気がしたけど、それは奈良岡さんが演じる役柄が、それこそ昔風の人だったりすることが多いだけで、よく考えてみたら、普段はタバコとコーヒーを手に、すごくチャキチャキした話し方をする方でした。歩き方も颯爽としていたし、NHKの西口玄関の駐車場に置かれていたグリーンっぽい色の車に乗り込むときは、フランスの映画に出てくるような、カッコいい大人の女!という感じ。

奈良岡さんが運転席に乗り込むと、助手席のドアを指して、「どうぞ!」と言ってくださったので、私がドアに手をかけて引っ張ると、どういうわけか、バリッ!!と盛大な音を立てて、助手席のドアがぶら〜んと下に落ちてしまったのです! 落ちたというか外れたというか。下の方はつながっていたけど、車の上の方から、針金の親玉みたいなのが突き出て、それを見た奈良岡さんは「あらぁ〜」と目を丸くしていました。私は何とか、取れかけのドアの上の部分を針金の親玉に突っ込んでみたけどうまくいかなくて。奈良岡さんは、それでもやさしく、「いいわ、車はここに置いていくわ」と苦笑いしていました。

そこへ、ヴァイオリンを持った男の人が3人が通りかかりました。父と同じヴァイオリン! 私は、それだけで何か親しみを覚えて、「車のドアが壊れてしまったので、直していただけません?」とお願いしてみました。3人は、ご親切に、「普通の力で、ドアなんて、取れるの?」なんて言いながら、あれやこれやとドアをいじっています。そのうちの一人が、「力のない人のほうが、ものって壊すものなんだよ。雨戸のレールを壊したり、ドアの取っ手を取っちゃったりするのは、女の人。自分に力がないと思い込んで、いきなり馬鹿力を出すから」と説明するのを聞いて、私はとても納得しました。確かに、お茶の缶の蓋を引っ張って、中身を撒いちゃったりするのも、たいていが女の人です。

そうこうしているうちに、そのうちの一人が車に詳しかったらしくて、ビックリするぐらい、早く直してくれました! 私が奈良岡さんに、「助手席のドアを開けて、またドアが取れちゃうといけないから、あなた、一人でいらして?」と言うと、奈良岡さんは笑って、「運転席のドアから入ればいいじゃない」と。万が一、走行中に外れてしまっては大変です。乗っている間中、私は「二度と外れませんように」と、ずっと助手席のドアを手で押さえていました。赤坂に着いて、また私は、運転席のドアから降りたのですが、あのときは、本当に申し訳ないことをしました。

奈良岡さんと私の共通点が、もう一つあります。奈良岡さんは、ある時期から井伏鱒二の「黒い雨」の朗読をライフワークにしていらっしゃいました。「戦争は愚かなことだ」ということを、後世に伝えていかなければならない。そんな使命感を持って、毎年夏に、全国を旅していらした。そのお話を伺うたびに、「そうよね」と、私は心の中で奈良岡さんと手を繋いでいるような気持ちになったのでした。

奈良岡朋子さん

女優

奈良岡朋子さん

1929年生まれ。48年、女子美術専門学校(現・女子美術大学)在学中に民衆芸術劇場の研究生となり、50年、劇団民藝の設立に参加。主な出演舞台に、「ガラスの動物園」「イルクーツク物語」「ドライビング・ミスデイジー」「八月の鯨」など。テレビでは、NHK連続テレビ小説「おしん」、大河ドラマ「篤姫」などのナレーションを務めた。昨年公開された『土を喰らう十二ヵ月』が映画の遺作になった。

─ 今月の審美言 ─

「『戦争は愚かなことだ』ということを、後世に伝えていかなければならない。そんな使命感を持って、毎年夏に、朗読で全国を旅していらした」

写真提供/時事通信フォト 取材・文/菊地陽子

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