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好景気ニュースが5件増えると妊娠確率は10%上昇…最新研究が明かすテレビが出生行動に与える意外な影響

  • 2023.6.18

テレビニュースは人々の行動にどのような影響を与えるのか。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「イタリアで行われた最新の研究で、経済ニュースが出生行動に影響していることがわかった」という――。

テレビの放送内容にショックを受けている女性
※写真はイメージです
テレビが人々の行動に与える影響

私たちは日々さまざまな情報に接しています。この中でも大きな役割を果たすのがテレビです。1953年の放送開始以降、テレビは多くの情報を人々に運んできました。近年ではインターネットの利用が進み、テレビを見る人の数が減少しつつありますが、依然としてその影響力は大きいと言えます。

私たちはテレビから得られた情報を信頼し、自分の行動を変えることがあります。一番身近な例は、天気予報です。明日雨が降るとわかれば、傘を持っていくでしょう。また、テレビで紹介されたお店が近くにあれば、今度の休みに行ってみようかとなるかもしれません。これ以外にも株が上がっていれば、株を買ってみようかと思うかもしれませんし、逆に株が下がっていれば、急いで売らなければと思い至るかもしれません(実際にはその逆の行動をしなければいけないわけですが)。

ニュースは私たちの出産行動に影響するのか

では、テレビから得られた情報によって、私たちの出産行動は影響されるのでしょうか。

「えっ! そんなことないでしょ!」と思われるかもしれませんが、テレビのニュースで「伸び悩む賃金」「夏のボーナスが大幅削減」「失業率が前月よりも上昇」等のネガティブな報道が多かった場合、今後の景気が不安となり、「子どもを持つタイミングをずらそうかな……」と思うかもしれません。子育てにはお金がかかるため、景気が良く、経済面が安定していた方が望ましいと言えます。このため、ニュースで経済環境が悪いと知れば、出産のタイミングを遅らせても不思議ではありません。

はたして実態はどうなっているのでしょうか。実は最新の研究で「テレビのニュースと出生行動の関係」が検証されており、興味深い結果が得られています。

分析の舞台となったのはイタリアです。

日本とイタリアは2つの点で似ている

イタリアと聞くと「陽気な人が多そう」「おしゃれ」「情熱的」というイメージがあるかと思いますが、実は日本と似ているところがあります。

まず、保守的な性別役割分業意識です。ヨーロッパの中でもイタリアは比較的「男性=仕事、女性=家事・育児」という意識が残っています(*1)。ヨーロッパ諸国は日本よりも男女平等が進んでいるのですが、その中でもイタリアはやや日本に似て、男女の役割に保守的な考えを持っています。このためなのか、日本と同じく、出産には結婚が前提となっているケースが多く、出産の約7割が結婚した夫婦によってなされています(*2)。

次に低い出生率も日本と似ています。図表1は、15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計した、合計特殊出生率と言われる指標を示しています。この指標は、一人の女性が一生の間に産む子どもの数を示しており、国際比較の際にも使用されます。これを見ると、日本とイタリアは水準が近く、両国とも低出生率になっていることがわかります。特に2013年以降だとイタリアの出生率の方が日本よりも低くなっており、少子化が進展しています。

【図表】イタリアと日本の合計特殊出生率

このように日本とイタリアは、性別役割分業意識が残っており、少子化が進んでいるという点で類似性があります。このイタリアでニュースが出生行動にどのような影響を及ぼしたのかという点は、日本にも参考になるはずです。

テレビの経済ニュースの影響を検証

イタリアにおけるニュースと妊娠確率の関係を検証したのは、フィレンツェ大学のラファエレ・ゲットー准教授らの研究です(*3)。この研究では各月のテレビニュースにおける経済に関する報道の数をプラス、マイナス、不明の3つのグループに分類し、それらが妊娠確率に及ぼす影響を検証しました。

コロナウイルスの影響下という事由の解雇予告通知書
※写真はイメージです

ニュースの分け方ですが、例えば「失業率が低下」と報道された場合、プラスの報道が1件と分類します。これに対して、「女性失業率が前月と比較して上昇」と報道された場合、マイナスの報道とカウントされます。これ以外で「年金制度が改正された」といったプラスともマイナスともとれない報道の場合、不明と分類します。これら各月のプラス、マイナス、不明の経済に関する報道の数が各月の女性の妊娠確率に及ぼす影響を分析するわけです。

プラスの経済ニュースが多いほど妊娠確率は上昇

分析に使用したのは、合計で約64万のイタリア人女性のサンプルです。年齢は15~40歳であり、ちょうど出産が多い時期に限定しています。なお、分析では年齢、雇用形態、学歴、配偶関係だけでなく、各月の物価変動や4半期ごとの失業率の影響を統計的手法によって除去しています。

ちなみに、ニュースはイタリアの公共放送のRai1のニュース番組「TG1」からデータを取得しています。TG1は毎日約700万人が視聴しており、その影響力は大きいと言えるでしょう。

実際の分析の結果、好景気を示すプラスのニュースが多いほど、各月の妊娠確率が増加することがわかりました。逆に不景気を示すマイナスのニュースが多いほど、各月の妊娠確率が低下していたのです。データの各月の平均妊娠割合は0.46%だったのですが、ニュースによってその値が大きく変化しました。

世界各国の放送のイメージ
※写真はイメージです
プラスのニュースの影響が大きい

推計値を用いたシミュレーション分析の結果、もし各月のプラスのニュースが5件増えた場合、月の平均妊娠確率が約9.95%上昇することがわかりました。これに対して、各月のマイナスのニュースが5件増えた場合、妊娠確率が約5.97%低下したのです(*4)。この結果が示すように、プラスのニュースの方が妊娠に及ぼす影響が強い傾向にあります。

人々の行動がニュースのトーンによって影響を受けるというのは、非常に興味深い結果です。これは人々がニュースの内容を信頼し、その情報を基に行動を変えることを示唆しています。

また、イタリア人は依然としてテレビが主な情報源だという点も今回の結果に影響しているかもしれません。イタリアで実施された2016年の調査によれば、約7割の人が日々の情報のアップデートにテレビを活用し、それに付属してネットの情報を利用する傾向にありました(*5)。

ニュースによって少子化が促進されたのか

以上の分析結果が示すように、テレビの経済ニュースによって人々の出生行動は影響を受けます。

私たちが社会全体の状況を知るにはテレビのニュースを見ることが簡単な方法であり、その内容によって影響を受けるのはある程度納得できます。しかし、出産というライフイベントも影響を受けるという結果は、驚くべきものです。

では日本ではどうなのでしょうか。残念ながら日本においてテレビの経済ニュースと出生行動の関係を分析した研究は存在しておらず、その実態は明確にはわかりません。

ただ、情報化社会となっている日本で、ニュースの影響がないと断言するのは難しいかもしれません。日本の場合、「失われた30年」と言われるような長期不況・低経済成長が続いたせいもあり、ネガティブな経済ニュースが多く報道されてきました。これが人々の出生行動に影響している可能性は否定できないでしょう。

(*1)筒井淳也(2017)『結婚と家族とこれから 共働き社会の限界』光文社
(*2)Pirani, E., Guetto, R., & Rinesi, F. (2021). Le famiglie [The families]. In F. C. Billari & C. Tomassini (Eds.), Rapporto sulla popolazione: L’Italia e le sfide della demografia [Population report: Italy and the challenges of demography] (pp. 55–82). Bologna, Italy: Il Mulino.
(*3)Guetto, R., Francesca, Morabito, F, M., Vollbracht, M., & Vignoli, D., (2023) Fertility and Media Narratives of the Economy: Evidence From Italian News Coverage, Demography, 60(2):607–630.
(*4)各月の経済ニュースの総件数は論文中に図で示されており、その図から最も多い月でも60件程度だと推測されます。なお、経済ニュースの総件数の1標準偏差にあたる値が5件でした。
(*5)ISTAT. (2016). CambieRai: Consultazione sul servizio pubblico radiofonico, televisivo e multimediale [ChangeRai: Consultation on radio, television and multimedia public service] (Report, July 27). Rome, Italy: Istituto Nazionale di Statistica.

佐藤 一磨(さとう・かずま)
拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。

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