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信心よりも掃除を優先⁉ 意外と身近な「禅語」3選

  • 2023.6.17

2023年6月15日、禅僧・枡野俊明さんの新著『悩みを手放す21の方法』(主婦の友社)が発売された。悩みを抱え、心が乱れているときに実践したい所作を整え、「禅的生活」を学ぶことができる内容だ。今回は、その内容から、私たちの生活にも身近な、覚えておきたい3つの禅語を紹介する。

坐禅は手段ではなく目的

最初に紹介するのは、「只管打坐(しかんたざ)」についてだ。この言葉は、日本史の教科書にも掲載され、禅語のなかでも特に知名度が高い。だが、言葉自体は知っていても、その詳しい意味までは知らないという人も多いかもしれない。

「只管打坐」は、「坐禅は何かの目的を達成するための手段ではなく、ただ坐ることが目的」であるという教訓を四字熟語にしたものだ。「只管」は、「ただ一筋に一つのことに専念すること」を、「打座」は、「座禅を組むこと」を意味している。

ふだんの生活では、私たちは何らかの目的(お金・欲望・生活)を達成するためにあくせく働きがち。そこから抜け出し、様々な思惑や欲にとらわれずに生きるためには、目的を見失うことが必要とされる。「只管打坐」は、そんな座禅のコンセプトを端的に言い表している。

また、別の禅語「喫茶喫飯(きっさきっぱん)」は、「お茶を飲むときにはお茶に集中せよ、ごはんを食べるときには米ひと粒ひと粒に集中せよ」という意味をもっている。これは、「只管打坐」の精神を、座禅をするときだけでなく、食事をするときにも適用するものだ。具体的には、「テレビを消して食事をする」ことがその第一歩だという。

食事に限らず、禅には、細かな日常のあり方が、心のあり方を決めるという考え方がある。「まずすべきことは掃除であり、信心はそのあとでよい」という意味の禅語「一掃除、二信心(いちそうじ、にしんじん)」もその一つだ。

信心とは、信仰して祈ることを指すから、この言葉をそのまま読むと、仏教よりも掃除を優先すべきだということになる。しかし、禅宗においては生活そのものが仏教の一部とされる。そのため、仏に祈ることと、身の回りを綺麗にしておくことは、同じくらい重要なことだという。

■枡野俊明さんプロフィール
ますの・しゅんみょう/1953年、神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺第18世住職。庭園デザイナー。多摩美術大学名誉教授。大学卒業後、大本山總持寺で修行。「禅の庭」を通して国内外から高く評価される。芸術選奨文部大臣新人賞受賞、ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章を受章。2006年ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本 人100人」に選出される。

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