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「聡太、黙って俺についてこい」とは言えなかった...藤井名人と「師匠」の伝説

  • 2023.6.15

2023年6月1日、藤井聡太さん(現七冠王)は名人戦で渡辺明さん(前名人)を破り、「史上最年少名人&七冠獲得」という偉業を達成した。名人獲得の最年少記録が更新されたのは40年ぶり。あの羽生善治さん(九段)でさえ成し遂げることができなかった大記録を残し、公式戦デビュー以来の「藤井ブーム」はまだまだ終わりそうにない。

そんなブームの中、メディアに引っ張りダコとなったのが、藤井さんの師匠である杉本昌隆さん(八段)だ。今回は、2023年6月12日に発売された杉本さんのエッセイ集『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』(文藝春秋)の中から、藤井さんが杉本さんに弟子入りするに至った経緯を紹介する。

弟子入り直後の師匠との対局

将棋界では原則、プロを目指す少年少女は棋士の養成機関 「奨励会」に入会しなければならず、このとき師匠が必要になる。たいていの場合は、その時点で身近な棋士にお願いして、師匠側がOKすれば弟子入りが決まる。

杉本さんは、この師匠と弟子の関係を「会社で喩えるなら上司と部下にあたる」と説明する。厳しい世界だけに師匠側から弟子をスカウトするケースは少なく、杉本さん自身も自分から声を掛けることは決してなかったという。

しかし、相手が「とてつもない才能を持った子ども」だった場合は例外だった。藤井さんが地元の研修会(将棋を本格的に学ぶ少年少女を育成する組織)に入った小学一年の頃、そこの幹事だった杉本さんは、その時点で藤井さんが「間違いなく超一流の棋士になる」逸材であると確信。幹事だからといって自分が頼まれるとは限らないが、「その成長をそばで見届けたい」と考え、師匠になりたがっていた。

「いっそこちらから声を掛けよう」と考えた杉本さんは、鏡の前でスカウトの練習をするようになった。「藤井君、プロを目指すならうちの一門にこない? おやつも食べ放題だよ」。「聡太、黙って俺についてこい」。「藤井君、師匠は決めたかな? 分からないことはいつでも相談に乗るよ」など、さまざまな誘い文句を考えていたという。

だが、いざ藤井さんが奨励会に入会する段になると、杉本さんは「良い年の大人が何をやっているんだ」と冷静になってしまい、言葉ひとつかけることができなかった。ところが、程なくして藤井さんとそのお母さんが弟子入りの挨拶に訪れ、入門が決まったのだという。

そして弟子入り直後、10歳の藤井さんと指した記念対局で杉本さんはまさかの敗戦。藤井さんの伝説に、「10歳のとき師匠に勝った」という新たなエピソードが刻まれることになったのだった...。

■杉本昌隆さんプロフィール
すぎもと・まさたか/1968年11月13日、愛知県名古屋市生まれ。振り飛車党。80年、故・板谷進九段に入門。90年、プロデビュー。2019年、八段昇段。同年、B級2組に復帰し、22年、将棋栄誉賞受賞。門下に藤井聡太七冠、室田伊緒女流二段ら。『弟子・藤井聡太の学び方』(PHP文庫)など著書多数。

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