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【フランスの庭】ノルマンディー珠玉の庭園「モルヴィルの庭」を訪ねて

  • 2023.6.11

温暖で降雨量が多く庭づくりに恵まれた環境と言われるノルマンディー地方のヴァロンジュヴィル=シュル=メールの村は、フランスでも選りすぐりの名園が集まる場所として知られています。なかでも、フランス造園界の貴公子が40年以上かけて作り続けたという自邸「モルヴィルの森の庭」は、フランスのフォーマル・ガーデンの伝統が滔々と流れていることを伝える景観が印象的。今年春にこの庭を訪ねた、フランス在住で庭園文化研究家の遠藤浩子さんが見どころを案内します。

名園が集まるノルマンディー地方の庭園「モルヴィルの庭」

モルヴィルの庭
自宅建物近くに位置する「オレンジの庭」コーナーは、イエロー〜オレンジ色のトーンの植栽に美しく彩られたアンチームな空間。

ノルマンディー地方、英仏海峡を臨む断崖絶壁のあるヴァロンジュヴィル=シュル=メールの村は、冬も比較的に温暖かつ降雨量が多いという点で庭づくりに恵まれた環境ゆえか、フランスでも選りすぐりの名園が集まる場所として知られています。

その中でも、いつか訪れてみたいと思い続けていた庭が、フランス造園界の貴公子と呼ばれたパスカル・クリビエ (Pascal Cribier)が40年以上をかけてつくり続けた自邸モルヴィルの森の庭です。

フランス造園界の貴公子パスカル・クリビエ

モルヴィルの庭
アメリカ原産の球根花カマッシアは、土地によく合い手がかからずに美しく、クリビエもお気に入りだった花だとか。背景には満開のビバーナム。

パスカル・クリビエ(1953- 2015)は、モデル、仏ナショナル・チームに所属するカートのレーサーなど、造園家としては異色の経歴の持ち主。アートと建築を学んだのち、パートナーのエリック・ショケが1972年にモルヴィルの森の土地を購入したことがきっかけで、独学で庭づくりを始めます。富裕層が主な顧客であったことから造園界の貴公子と評され、また、施主との意見が合わないとさっさとプロジェクトから手を引くこともあり、自由分子などと呼ばれることも。

庭づくりにあたっては、自然に対峙しその意を汲みつつ、細部にわたって自身の美意識を貫き、ルイ・ベネシュとともに手がけたチュイルリー公園の大規模改修プロジェクトなど、数多くの優れた庭園デザインを国内外に残しました。

モルヴィルの森の庭

モルヴィルの庭

かつては放牧地と森だった、急傾斜で断崖絶壁の海へと下っていく10ヘクタールの土地は、クリビエにとっての実験の庭となります。急斜面ゆえに、トラクターなどを乗り入れることができず、庭づくりはクリビエとショケ、そして彼らを支えた地元出身の庭師ロベール・モレルの3人によって、すべて手作業で行われました。創始者の3人亡き後の現在は、クリビエの弟ドニ・クリビエが庭園を継承し管理に当たっています。

モルヴィルの庭
下枝は残しつつ大胆に透かし剪定された独特のフォルムの松。

海への眺め、空への眺め

モルヴィルの庭
下枝は残しつつ大胆に透かし剪定された独特のフォルムの松。

樹齢40年以上の見事な姿で来訪者を魅了するクリビエらが植えた松の木々は、日本庭園とはまた違った形で厳しく剪定された樹形の、独特のフォルムが印象的。剪定は真向かいの海からの強風による倒木を避けるために必須であったとともに、独自のフォルムを形造る手段ともなりました。また空への眺めを確保し光を通すために積極的に剪定によって木々の枝を透かす手法が、独自の美的な景観を作り出します。

自宅の居間の窓からの海に向かう見事な眺望も、もともとあったものではなく、彼らが切り開いて作り出した景観。一刻一刻変わる海と空の光の表情の眺めは、一日見続けても飽きないほど。

モルヴィルの庭
自宅窓から海へ向かう眺めも、人工的に作り出したもの。天候によって、一日の時間によって、刻々と表情を変える。

悪条件もチャームポイントに

モルヴィルの庭
しっかり形作られたオークの木がアクセントとなった。すり鉢状の渓谷となっていく芝地。
モルヴィルの庭
丸みをつけつつ刻まれた溝は、手作業で作られた排水のための手段ですが、見た目も美しく面白い効果を出しています。

夏には野の花が溢れる草原を越えると、オークの大樹がある、すり鉢状の傾斜の芝地に至ります。粘土質の土壌ゆえに水捌けが非常に悪いという条件を改善するために、手作業で刻まれた溝が、そのままデザインのアクセントとなっているのも見事なセンスで感動します。

植物へのこだわりから生まれるデザイン

モルヴィルの庭では、在来の植物も栽培種の植物も、それぞれの特性に合う場所を選んで共存しています。植物の特性と土地の条件を見極めて適材適所に配置することは、その植物がしっかり育つためにも、その後のローメンテナンスのためにも必須。実地で庭づくりを学んだクリビエの植物への造詣は深く、「庭づくりをより完璧なものにするために」と協力を依頼された植物学者も驚くほどだったと言います。植物をよく知ることが、庭のデザインにとっても非常に重要だということを体得していたのでしょう。

モルヴィルの庭
海に向かって芝地を下る途中の、枯れ葉の香りからカラメルの木と呼ばれるカツラの木もフランスでは珍しい。

例えば、日本では方々に自生するシャクナゲやツツジ、カメリアなどの花木が、フランスでは栽培の難易度が高い希少な花木なのですが、多雨に加えて酸性が強い土壌を利用して積極的に庭に取り入れたそれらの花木が見事に育った姿は、見所の一つになっています。

モルヴィルの庭
日本には自生するお馴染みのカメリア。フランスでは難易度の高い希少な花木として大人気です。

カメリアやツツジがラビリンスのような一角を作っていたり、また、森の中にポツポツと植えられたカメリアが既存の森の植物たちと自然に調和した風景も魅力的。一見、自然のままに残したように見える森エリアの散策路には、自らのお気に入りのグラス類をさりげなく補植してボリュームを調整するなど、細かに手が入っています。

モルヴィルの庭
シラカバの木々の葉っぱを通して柔らかい光が降り注ぐヒイラギのラビリンスは、オリジナルかつポエティック。

また、ヒイラギの生け垣とシラカバの木々を合わせたラビリンスは、シンプルな組み合わせながら詩的で素敵な空間に。合わせて植栽されたマンサクが咲く早春の情景をイメージして作られた場所だそうで、その頃にはさらに素晴らしい景観が見られるのだろうと想像します。

モルヴィルの庭の植栽
シャクナゲやカメリアなど、日本でも馴染みが深い花木たちが、ノルマンディーの地でも愛されています。

庭の管理をラクにおしゃれするデザイン

モルヴィルの庭
庭の至る所で出会うスカート型剪定の生け垣。

また、敷地のスペースや、車も通る道路の区切りに使われている生垣の裾広がりの形にも注目です。スカート型剪定と呼ばれる、クリビエが好んで生け垣に使った形ですが、優雅な雰囲気を醸しつつ、じつはこれで下方の枝にも光が当たりやすくなり、また生け垣の下に生える雑草抜きをしなくて済むという、優れモノなのだそう。用の美の精神が至る所に行き渡ったクリビエのデザインの一例です。

モルヴィルの庭
庭園入り口近くのコーナー。デザイン性に富んだ果樹と灌木・多年草を合わせた植栽。

それぞれの植物への深い理解と愛着をもって、地の利も不利も生かしきって、自然と人為が美しく協調したクリビエの現代の庭。変奏曲を奏でるようにどこまでも美しくさまざまな表情を見せるそのデザインの根底には、自然と対峙し、完璧な美の世界を完成するために、どこまでも自らの意志を貫き、コントロールしようとする、フランスのフォーマル・ガーデンの伝統が滔々と流れているように感じられたのが印象的です。

Credit
写真&文 / 遠藤浩子 - フランス在住/庭園文化研究家 -

えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。

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