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柳家喬太郎の新作落語を支える情報術。「集めず、普通に生きる」

  • 2023.6.4
落語家 柳家喬太郎

新作落語『路地裏の伝説』を作った12個の情報

ウルトラマン

本人は「いわゆる昭和ウルトラや、東宝怪獣を少ししゃべれるくらい」と謙遜するが、喬太郎のウルトラマン好きはファンの間では有名で、しばしばマクラや噺に登場。

もーれつア太郎

「あのナンセンスの笑いには、今でも強く影響を受けていると思います」という赤塚不二夫作品。特にお気に入りとして挙がるのが『もーれつア太郎』と『レッツラゴン』。

スコラ

1980年代に中高生男子の間で大人気だったグラビア雑誌。『路地裏の伝説』では登場人物が実家の押し入れを開けたところ『平凡パンチ』や『GORO』と共に見つかる。

さくら水産

居酒屋の話などで名前が出る〈さくら水産〉だが「特に通ってはいないのですが(笑)、前にランチでにぎり寿司にご飯と味噌汁というメニューが!嬉しくなります」。

つかこうへい

高校生の頃からファンというつかこうへい演劇。「『カマ手本忠臣蔵』など、噺の中の言い立てなどで、もろに“つか演劇”だなあという部分がちょこちょこあるんです」。

池袋

東京で生まれ横浜で育った。噺の中に東京の風景が頻出するが、池袋は中でも頻度が高い。「住宅街でも、お洒落な都会でもない。愛おしくなる景色があるんです」。

立ち食い蕎麦

よく利用するという立ち食い蕎麦もまた、喬太郎の新作落語やマクラの常連。コロッケ蕎麦にのっかるコロッケの気持ちを描く『コロッケそば』も鉄板ネタの一つ。

『黄色い部屋はいかに改装されたか?』都筑道夫/著

2003年没の推理作家・都筑道夫は、「数作しか拝読していませんが、トリックも筆運びも大好き」。これはエッセイなのだが、都筑作品の中で好きな一冊。

イッセー尾形

大好きな役者の一人というイッセー尾形。「特に一人芝居のシリーズ『都市生活カタログ』。おこがましいけれど、人や街に向かう目が少し似ているかもしれません」。

めぞん一刻

やはり1980年代を風靡した、高橋留美子による漫画『めぞん一刻』にも影響を受けた。「同じ高橋作品でも、『うる星やつら』でなくこっち。女々しいかもしれないけど」。

刑事コロンボ

叙述トリックのうまさに惹かれ、ノベライズ版を熱心に読んだ時期がある。「あの風体が好きというのもあります。颯爽としたもの、格好いいものが苦手なんですよ」

口裂け女など、都市伝説

1980年あたりに、各地で目撃情報が相次ぎ、当時の子供たちを、恐怖の渦に巻き込んだ数々の都市伝説。『路地裏の伝説』の登場人物たちも当時を振り返って大はしゃぎする。

落語家・柳家喬太郎
62席ある柳家喬太郎の自作の新作落語。幼馴染みの一人が父親の三回忌のために故郷(といっても東京からごく近い)大宮に帰省、彼の家に友人同士で集まり飲み始める。思い出話はいつしか子供の頃に流行した都市伝説へ。口裂け女にネッシー、エリア限定の謎のおじさん……。ふと亡き父の日記を開いた時、その謎のおじさんにまつわる真実が明らかになる。

勝手に開く情報の引き出しで見つけたものを使うだけ

三遊亭円丈師匠に柳家小ゑん師匠、春風亭昇太師匠、立川志の輔師匠、三遊亭白鳥師匠、林家彦いち師匠……。新作落語を作る噺家は大勢いますし、人の数だけ、噺の作り方や情報の仕入れ方はあるはず。

だから、ここでお話しするのは、あくまで僕の場合ですが、新たに新作を作るのは、新作落語をかけることになっている落語会があるというような、機会に合わせてのことが大多数です。

前座、二ツ目の頃は、そういう会も多かったし、今よりうんと時間もあったので、ともかく作る、作ってしゃべることの繰り返しでした。玉砕しようと思って作るわけではないけれど、玉砕は当たり前。ウケなくてお蔵入りしてしまった噺の方が、今も残っている噺よりはるかに多いです。

今のところは、自作の新作落語が62席。もともとある古典落語の設定などを変えた“改作物”が15席。さらに、江戸川乱歩作品を下敷きにするといったような“原作物”が23席。ひとまずは、これが“新作”と呼べるものでしょうか。

僕の場合、どういうふうに作るとか、何かに刺激されて作るとかいった方法論のようなものはありません。ネタ集めもしませんね。ふと気になった看板の言葉を携帯電話にメモするくらいのことはあるけれど、ガラケーだし、読み返すこともほとんどないし(笑)。

噺家なんだから、広く浅い知識を身につけていた方がいい、とおっしゃる方もいます。実際に新聞を全紙読んでいた師匠もいらっしゃる。でも僕はどうもそれがうまくいくタイプじゃないんですね。

落語家・柳家喬太郎
タバコを片手に三題噺を考案中の柳家喬太郎。黒く染めた髪は撮影中の映画『スプリング、ハズ、カム』の役作りのためのもの。

自分の中の些細な引っかかりが話の糸口に

芸人としてあるまじきことなんでしょうけど、興味のないことを高座に上がってしゃべることができないんです。知らないからといって勉強したところで、興味がないと体に入ってこない。付け焼き刃のことをしゃべったらすぐにそうとわかってしまうタイプだから。

僕はとりたてて特別なことなどせず、何も知らず、ダラダラ生きている普通のおじさん。でも、その普通のおじさんでも、「あれ、このことなら、俺にもしゃべれるぞ」っていうこと、何か心に引っかかっていることがあるんですよね。それがネタになったり、噺のシーンの中に出ていくというのはあると思います。

それが例えば、立ち食い蕎麦で、蕎麦にのっかったコロッケの気持ちを考えてしまうというような、どうでもいい些細なことばっかりなんだけど(笑)。

世田谷区で生まれ横浜で育って、思春期は1980年代。バブルの恩恵を受けるでもなく過ごし、大学時代は居酒屋でバイトしたり、噺家になる前には少しの間だけ書店員として勤めたり。そういうふうにここまで来ている、そのことが噺家として届ける噺の“素”にはなっているのかもしれません。

“ミント色”の風を吹かせる落語家は自分だけ⁉

ウルトラマン、つかこうへい演劇、赤塚不二夫先生、都筑道夫先生に横溝正史先生……。自分の噺に影響を与えていると思えるものを挙げていくとキリがないですね。それから80年代の空気感かな……アンニュイで、ファジーな。

僕は噺家として“江戸の風”は吹かせられないけれど、80年代の風なら吹かせることができる。“ミント色”の風(笑)。問題はそんな風吹かせてほしい人なんていないことなんだけど、でも、そういう落語家は僕しかいないよな、とも思います。

この数年はありがたいことに、とても忙しくしておりまして、新作をなかなか作れなかったのですが、去年は珍しく5席作りました。

お正月に箱根駅伝を見ていて思いついた『草食系駅伝』、目白の自由学園で落語会があった時に、会の趣旨に合わせて楽屋入りしてから作った『池袋早春賦』、粟津温泉で落語会に呼んでいただいた際に、「だからあの人、会わず(粟津)に帰った」というサゲを先に決めて作った『いで湯の女』、ワンニャン寄席という犬好き、猫好きのための落語会に合わせて作った『拾い犬』、それから、4人が上がる落語会で、前の3人が偶然「も」から始まる噺をかけたので、「じゃあ俺も、“も”から始まる噺にしたい!」と、前の人の出番の間に作った『もんじゃラブストーリー』。

作る時は、短い時間でガッと集中します。僕は台本は書かずにメモ程度。こういう人物が出てくるという設定と、到達点だけを決めて、あとは高座でしゃべりながら作り上げていく感じです。筋を追うのではなく、その設定の中に自分を置く。そうすると、登場人物たちが勝手にしゃべるので、それをそのまま言うという感じですね。

いろんな引き出しにしまった情報を取り出すというよりは、引き出しは勝手に開く。開いたところにあるものを使うという方が近い。僕は噺家。大袈裟ですけど、生きていること全部が仕事というようなところもあるんです。(談)

考えながら、話す。面白ければ頭に残っているもの

客席から任意の3つのキーワードを出してもらい、それらの言葉を使って短時間で噺を仕上げる三題噺。落語会や寄席などでしばしば見かけるお楽しみで、柳家喬太郎も幾度も手がけてきた。よく知られた新作『ハワイの雪』や『母恋くらげ』なども、元は三題噺だ。

このメモは、取材チームから出た「電池」「パリ」「きんつば」というお題から噺を作ってみた際の設計図。お題同士を直接的につなげるのではなく、連想する言葉を書き出して枝葉を出し、枝分かれの先でつなげていく。

落語家・柳家喬太郎がメモした落語の設計図

とある家族の兄が、来客を前に客の好物のきんつばを買いに行く。ついでに電池を買ってきて、と妹。お使いを終えて兄が帰宅するが、父親はお茶ではなく先だってのパリ旅行で知ったコーラが飲みたい。

「あら、じゃあ買ってきてもらったのに」「大丈夫。だって炭酸(単三)がある」。5分足らずでまとめた「全く高座にかけられるような質ではない」という小咄だが、やはり見事。

profile

柳家喬太郎(落語家)

やなぎや・きょうたろう/1963年東京都生まれ。落語家。89年柳家さん喬に入門。93年二ツ目昇進、2000年真打昇進。古典落語、新作落語の両方を手がける。

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