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わかり合えないのは「ゲイだから」じゃない。あるカップルの「嘘」に思うこと

  • 2023.6.3

テレビドラマ化、映画化もされた『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(KADOKAWA)の著者・浅原ナオトさんの最新作、『100日後に別れる僕と彼』(KADOKAWA)。表紙の2人は、同棲しているゲイカップル。ひょんなことから有名になってしまった2人は、「100日間の嘘」をつくことになる。

ドキュメンタリーを成功させたい。でも...

K市で、性的少数者のためのパートナーシップ宣誓制度の運用が開始された。その様子を伝えたニュースの映像が、インターネット上で話題になった。市役所を訪れたのは、真面目そうな黒髪の青年と、茶髪にあご髭を生やした青年のカップル。レポーターにマイクを向けられ、黒髪の青年は「嬉しいです。これからは自信をもって『恋人』だと言えます」と答える。一方茶髪の青年は、制度にはあまり関心がないと言いつつ、「こいつが嬉しいなら、嬉しいですよ」と親指で恋人をさす。黒髪の青年は照れくさそうに顔を伏せた。

黒髪の青年は春日佑馬、28歳。広告会社でデザイナーをしている。茶髪の青年は長谷川樹(いつき)27歳、フリーターだ。小さな映像制作会社のディレクター・茅野志穂は、この「有名カップル」の100日間のドキュメンタリーを撮ることになった。物語は、主に春日と茅野の視点で進んでいく。

顔合わせで、春日は「社会に同性愛の理解を広めたい」「世界を変えるような映像を、一緒に作り上げましょう」と熱く語った。茅野もディレクターの仕事をするうえで、いつか「世界を変えるようなものを撮りたい」と思い続けていたため、春日と茅野はすぐに意気投合。一方の長谷川は乗り気ではなさそうで、春日の実家に帰省するシーンを撮ろうかという話に「行きゃいいんだろ」と投げやりに答えるなど、茅野にとっては一抹の不安となった。

それもそのはず、春日と長谷川は、まだ一緒に住んではいるものの、恋人関係はほとんど解消された状態にあったのだ。ドキュメンタリーの話は、春日の大学時代のLGBTサークルの先輩から持ちかけられ、引き受けたもの。春日は周囲の期待に応えたくて、仲の良いカップルを装うよう長谷川に頼む。しかし長谷川は「嘘は苦手なんだよ」と煮え切らない態度。撮影はどうなっていくのか......。

それぞれのモヤモヤを抱えて

読み通してみて、こんなに登場人物全員の気持ちがわかる小説に初めて出合ったと思った。最初は何を考えているかわからなかった長谷川や、何かと配慮に欠ける新人カメラマンの山田も、物語が進むにつれて「そんなふうに物事を見て、そう考えていたのか」とわかってくる。

春日がセクシャルマイノリティへの偏見や不平等と戦う一方で、茅野は、社長からのセクハラに悩まされている。「ピリピリしてたら、かわいい顔と大きい胸が台無し」などの言葉を日常的にかけられ、ストレスが溜まっていく。ディレクターの仕事をする上で、「若い女だから」となめられたり、反対に優遇されたりすることにも不満を抱いている。

中心人物以外の苦悩もリアルだ。LGBTサークルの先輩でレズビアンの片桐は、講演をするなど堂々として見えるが、子どもが欲しいかいらないかで恋人と揉めていると春日に打ち明ける。さらに、本来ドキュメンタリーを担当するはずだったが、産休に入って茅野にバトンタッチした先輩・森も、キャリアと子育ての間で悩んでいる。

それぞれがモヤモヤを抱え、でも表に出せずにいるからこそ、ぶつかり合いやすれ違いが多い。何げないやり取りの後で、一方が「実は無神経に感じて嫌だった」と打ち明けるような流れも何度かある。何とも思わずに読んでいた自分の至らなさを痛感し、でも気づけない立場のこともわかるし、でもモヤモヤする気持ちもわかるし......とたまらない気持ちになった。

わかり合えないのは「ゲイだから」じゃない

ゲイカップルを中心に置いた物語だが、「ゲイだからどう」というだけの話ではない。人と人とのわかり合えなさと、そんな世界でどうやってともに生きていくかということがテーマだと読んだ。そのわかり合えない人同士が、セクシャルマイノリティの人とマイノリティへの理解がない人だったり、女性と男性だったり、ゲイとレズビアンだったり、育ち方や生き方の違う個人と個人だったりする。

普段、セクシャリティやジェンダーについて深く考えていなくとも、きっとこの小説の中に、あなたやあなたの周りの人に似た人物を見つけることができるはず。ぶつかってしまう家族や友達や恋人、なんとなく苦手なあの人。本書を読み終えたら、自分をモヤモヤさせるあの人にも、今までより優しくなれるだろう。

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