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門脇麦さん、自身を追い込んだ20代「ちゃんとしている自分をやめてもいい」

  • 2023.6.2

話題作への出演が続く俳優・門脇麦さん。ドラマ『ミステリと言う勿れ』『リバーサルオーケストラ』に続き、映画『渇水』では育児放棄をする母親役を演じ、注目を集めています。役者人生のターニングポイント、昨年30歳を迎えた心境などを伺いました。

自分の“輪郭”を緩めておきたい

――俳優を続けている中で、大きく心境が変わったような出来事はありますか?

門脇麦さん(以下、門脇): 24歳のとき、ミュージカル『わたしは真悟』に出演して、フランス人演出家フィリップ・ドゥクフレさんとの出会いがあったことですね。私はその頃、重い境遇を抱えた役を演じることが多かったこともあって「自分で自分を追い込んでいないと、役を演じるのに失礼なのではないか」と思っていたんです。日本には「千本ノック」のように、ひたすら追い込んで、苦しい瞬間を乗り越えてこそ成長できる、といったような考え方も根強くあって、私もその影響を受けていました。

でもその演出家に「楽しんでいないと、いいクリエーションは生まれないよ」と言われて。当時は「これから演じるのは辛(つら)いシーンなのに……」と思う瞬間もあったのですが、今思えば、たとえ辛いシーンでも、それを丸ごと楽しむくらいの余裕がないといいものはできないよ、ということだったのでしょうね。

それから、私の演技に「それは違うな」と言われて、私が「すみません」と謝ったことがあったんです。すると「なんで謝るの?」と演出家に言われて。私が提案した演技を見て「それは違う」と判断できたのだから、むしろ「ありがとう」だ。自分が悪くないことに対して絶対に謝るな、と言われてハッとしました。

朝日新聞telling,(テリング)

――20代の前半は、精神的にも自分をかなり追い込んでいたのですね。

門脇: あのまま続けていたら、精神と肉体を壊して俳優をやめていた可能性もありました。そうやって追い込んだからこそ、演じられた役や作品もあったかもしれないですけどね。今は仕事が楽しくなりました。どんなことに対しても自分の“輪郭”を緩めておかないと、感情の爆発も起こらないし、いい作品はできない。そのことに気づいてから、自分がすごく変わったと思います。

――自分の“輪郭”を緩めるとはユニークな表現ですね。自分がどんな人間かを決めつけすぎないということですか。

門脇: みんな、自分のことは何となくわかっているつもりでいるけど、それをあまりストイックに規定しすぎず、少しゆるっと緩めておくということですかね。喜怒哀楽のボルテージも、緩めておかなければ、わっと上がることもなくなっちゃう。自分が予想外の感情を爆発させて「あ、こういう気持ちがあるんだ」「こんな自分の一面があるんだな」と、改めて知ることもあると思うので。

朝日新聞telling,(テリング)

「良い緊張」は味方

――キャリアも10年を超えて、昨年には30歳を迎えました。何か心境の変化はありましたか。

門脇: 「そうか、30になったか」くらいの気持ちはありましたが、自分の中の何かが大きく変わった感覚ではなかったですね。ただ、最近は撮影現場に行くと、キャストの中で私が一番年上ということもあるんです。もう若手ではないんだな、とは思います。

――年齢やキャリアを重ねていくことで、新しい挑戦が気軽にできなくなったり、考え方が固くなったりすることもありますが、門脇さんにはそういう瞬間は?

門脇: 私にもありますよ。「失敗できない」と緊張してしまうとかね。今年1月~3月のドラマ『リバーサルオーケストラ』で元天才バイオリニストの役を演じて、バイオリンに挑戦したんですが、撮影本番は緊張しました。観客の皆さんもその場に集まっているので、下手なパフォーマンスは見せられないぞ、とプレッシャーを感じて。でも、緊張にも「良い緊張」と「悪い緊張」があって、過剰に「失敗してはいけない」と自分を追い込んで萎縮してしまったら、悪い緊張。一方、ちょっと俯瞰で自分を見て「お~緊張しているな」と楽しめたら、良い緊張。良い緊張なら、自分を後押ししてくれると思うんです。

朝日新聞telling,(テリング)

「失敗しても大丈夫」な空気をつくる

――30代は、職場で責任あるポジションに変わっていくことに加えて、結婚や出産のプレッシャーが重なるタイミングでもあります。いろんな意味で「そろそろ、ちゃんとしないと」と自分を追い込んでしまいがちな年齢ですが、そんなtelling,読者にメッセージをいただけますか?

門脇: そうですね……。私はあんまり結婚や出産へのプレッシャーがないんですよね。うちの両親も「元気でいてくれたらそれでいい」と思ってるんじゃないかな(笑)。もちろん人生で一回くらい結婚してみたいな、という思いはあるんですが、それで「結婚しないと」と自分を追い込んでしまうと、つらいですもんね。

楽しんで生きていいし、苦しいと思うならやめていい。本当はそれだけのはずなんだけど「私はちゃんとしている」と思うと、なかなか「苦しいからやめまーす」って言えなくなるんですよね……。「私はちゃんとしていないです」ってプレートをつくって、首から下げて歩くとか。ダメか(笑)。でも、自分で「私は楽しんで生きていますし、失敗することもあります」って空気をつくるのは大事だと思います。

朝日新聞telling,(テリング)

――確かに、今日門脇さんとお会いして、すごく明るくて楽しそうな雰囲気に驚きました。先ほども廊下で(『渇水』の)髙橋監督を見かけてとっても明るく声をかけていましたよね。

門脇: あんまり自分が固くなりすぎないようにしていますね。『リバーサルオーケストラ』のときも、たとえ間違えてしまっても「すみません」とは言わずに「間違えちゃった!」と明るく言うようにしていました。そういう明るい空気をつくっていくと、自分を追い込まずに、ちょっと余裕が生まれてくるから。

俳優だけではなく、すべての人が日常の中でいろんなキャラクターを演じているものだと思うんです。何かのプレッシャーを感じて辛いのは、「『失敗してはいけないと考える人』を演じようとしている」とき。それに気づいたら、演じる役を変えてしまえばいいんじゃないかな。「失敗してもいい人」になろうって。演じる役を変えるという意識になれば、周りに頼ったり甘えたりできるようになって、少し楽に感じられるような気がします。

■塚田智恵美のプロフィール
ライター・編集者。1988年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後ベネッセコーポレーションに入社し、編集者として勤務。2016年フリーランスに。雑誌やWEB、書籍で取材・執筆を手がける他に、子ども向けの教育コンテンツ企画・編集も行う。文京区在住。お酒と料理が好き。

■慎 芝賢のプロフィール
2007年来日。芸術学部写真学科卒業後、出版社カメラマンとして勤務。2014年からフリーランス。

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