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失敗してもいい。一人じゃない。柚木麻子さん新作に感じたこと。

  • 2023.6.1

「全部が全部ダメなんてこと、本当にあるのだろうか。」

柚木麻子さんの小説『オール・ノット』(講談社)は、苦学生がバイト先のスーパーマーケットで「何でも売れる嘘つきのおばさん」と出会うところからはじまる。まるで宝石箱をパカッと開けたかのような華やかな装丁に、一目惚れした。

シスターフッド(女性同士の連帯)をテーマに描いてきた柚木さんだが、本書はわかりやすいシスターフッドとは違うかもしれない。時代を行ったり来たりしながら、複数の女性が登場する。それぞれの人生と、貧困やジェンダーなどの苦悩が重層的に描かれ、物語は広く深く展開していく。

「友達もいない、恋人もいない、将来の希望なんてもっとない。貧困にあえぐ苦学生の真央(まお)が出会ったのは、かつて栄華を誇った山戸(やまと)家の生き残り・四葉(よつば)。四葉が託した一つの宝石箱が、真央の人生を変えていく。」

この宝石箱をあなたにあげる

真央は奨学金を借り、仕送りはもらわず、バイトを掛け持ちしながら、カツカツの生活を送っていた。数百万円の奨学金を返済していくため、来年は絶対に内定を得なければいけないと思っている。

四葉とはバイト先のスーパーマーケットで出会った。「よろしければ、どうぞ」と熱いお茶を差し出され、真夏なのに......と困惑しながらも受け取った。見たところ50代くらい。勝手にひと手間(持参した調味料を足すなど)加えて試食販売しているのだが、商品はよく売れた。慎ましやかな様子で「詐欺行為」をする不思議なおばさんだった。

お茶をもらってから話す仲になり、四葉は41歳で、横浜にある海が見える丘の家に暮らしていた「元」お金持ちで、今は古いアパートで一人暮らしをしていることがわかった。真央は貧困家庭で育ったこと、人生の大半を弟の面倒を見ることに費やしてきたことを話した。

「祖母が死んで母が死んで、その後、いろいろあって......。私は失敗ばかりしてもなんとかなってるのに、真央さんみたいにちゃんとした人にはたった一回の失敗も許されないなんて、そんなのおかしい」

四葉は真央に、自分の全財産だという小箱を差し出す。蓋を開けるとオルゴールが流れ、金とダイヤでできた蝶々が羽を動かし、色とりどりの宝石が輝いている。これを全部売れば奨学金を返済できる、あなたの役に立てたい、と四葉は言った。

「この宝石箱をあなたにあげる。(中略)これはあなたの失敗のために使って。失敗は誰だって、していいものなの。」

わたしたちは「オール・ノット」

真央は四葉を信頼し、四葉は真央に宝石箱を託した。運命的な出会いという感じがして、ここから二人のどんな物語がはじまるのかと思ったが......。その数年後、十数年後、二十年後と時代は移り、年齢を重ねた真央が昔の四葉を知る人たちと出会っていく。

山戸家は有名な実業家一家だったが次第に傾いていったこと、横浜で一世を風靡したお菓子のパッケージのモデルをめぐって問題が起きたこと......。出会う前の四葉がどんな道をたどってきたのか、その光も影も真央は知ることになる。実年齢よりずいぶん上に見えたのには、理由があったのだ。

「今の自分と同年代だった四葉さんが案外、うかつだったことに、真央は心底ほっとしていた。(中略)死ぬまでに一回でいい。強い感情に突き動かされて、後先考えず行動して、失敗してみたかった。」

読んでいて、あれ、と思ったことがある。真央は四葉に好感を抱いて距離を縮めていったものの、ある時気持ちが反転するのだ。あんなに親密だったのに......と思ったが、現実でもよくあることかもしれない。ある人の存在感の強弱が自分の中で変化していくというのは、人間関係のリアルだと思った。

最後に、タイトルの「オール・ノット」について。これには「all knot」と「all not」の意味が込められている。「all knot」は真珠のネックレスに使われる技法で、一つひとつの珠の間に結び目をつくり、切れてもバラバラにならないようにするもの。「all not」は「全部ダメ」の意味もあるが、本書では「全部ダメとは限らない」の意味。

自分がオール・ノットの一粒になったところを想像した。隣り合っている珠しか見えなくても、離れている珠(これまでに出会った人たち)ともちゃんとつながっているのだな、と思えた。第一章で大学生だった真央は、最終章で40歳になっている。一つひとつの出会いを通して、真央の人生はどんなふうに変わっていったのだろうか。

「その糸は、弱くて脆い。だけど確実にわたしたちを結んでくれた」

■柚木麻子さんプロフィール
ゆずき・あさこ/1981年東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。13年『伊藤くんA to E』で、14年『本屋さんのダイアナ』で、17年『BUTTER』で、19年『マジカルグランマ』でそれぞれ直木賞候補。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞、16年高校生直木賞を受賞、同作は直木賞の候補にもなった。他の著書に『ランチのアッコちゃん』『らんたん』『ついでにジェントルメン』『とりあえずお湯わかせ』などがある。

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