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内田慈さん「目の前の仕事に追われているだけでいいの?」 自問した20代、30代を経て今

  • 2023.5.21

舞台演劇出身で、映像作品でも活躍する内田慈さん。『仮面ライダーBLACK SUN』『silent』『夫婦が壊れるとき』など注目作品に次々と出演し、5月20日から公開の映画『あの子の夢を水に流して』では主演を務め、存在感を示しています。今年40歳の節目を迎えた内田さんに、キャリアの転機や、年齢を重ねることへの思いなどを伺いました。

28歳で周りを見て焦った「私の人生の優先順位は?」

――これまで「人生の流れが変わった」と感じるような転機はありましたか?

内田: 大きく言って3回あります。一つ目は17歳のとき、俳優の道に行こうと決断した瞬間です。テレビでたまたま大人計画の松尾スズキさんを見て「こんなにすごい人がいる演劇の世界に、私も行きたい」と思ったのがきっかけでした。演技の経験もなくて、自分に注目が集まると緊張してしまうような性格だったんですけど「俳優に向いていないのでは」という不安よりも「松尾スズキさんに会いたい」気持ちが勝ってしまったんですね。その衝動が、人生の大きな選択につながりました。

朝日新聞telling,(テリング)

二つ目は28歳の頃でした。30代に入るのを目前にして、周りの同世代が、芝居を辞めたり、結婚や出産をしたりと次々と転機を迎えていきました。「あれ?」と思って。私の20代は、ただ目の前の役を演じることに夢中でしたが、その間、周りの友人たちは、自分が大切にするものや人生の優先順位を考えながら、着々と準備や経験を積み重ねてきたのかな。そんなことを考えたら、急に自分の生き方が、場当たり的に思えてしまって。「私いま、空っぽで何もない気がする」「もっと先を見据えて、自分と向き合わないと、いずれ立ち行かなくなるかもしれない」なんて焦りから、芝居だけではなく自分の実人生を大事にしようと考えるようになりました。

三つ目は30代半ばでフリーランスを経験して、仕事への臨み方が変わったことです。一つの作品が出来上がるまでに必要な仕事や、作品をつくり上げていく全体の流れを知ることになって、一層芝居に携わることが面白くなっていきました。

生活の中でも「食事」にこだわりたい

――28歳の頃に「もっと自分と向き合わないと」と焦った。そのときには具体的にどんなことをしたのですか?

内田: 今の自分ができることやできないこと、これからできるようになりたいこと、不安に思うことなどを、思いつくままに紙に書き出してみたんです。書いたものを見ていたら、今の自分はひとまずこういう人間なんだ、やれそうなことを1個ずつ試しながら進んでいくしかないんだな、と地に足がついて、漠然とした不安感はひとまずなくなりました。

それから、私は一体何を大切にしたい人間なのか、いろいろ試しながら考えてみました。「丁寧な生活」に憧れて暮らしを整えたこともあったのですが、自分の内側が満たされていく感覚が伴わないと、なかなか続かないんですよね。試行錯誤して、私は生活の中でも「食事」を大切に思っていることに気づきました。「どんなに忙しくても自分で料理したものを、バランスよく食べる」程度のこだわりですが、自分をつくってくれる素を自分で用意する意識が、日々のベースになっていくんです。次第に、そうした生活のベースづくりは、仕事にもプラスに作用するとわかりました。

朝日新聞telling,(テリング)

――30歳を前に、結婚やキャリアなどについて焦ることは「29歳問題」とも言われますが、内田さんは自分としっかり向き合ったんですね。

内田: これだけ時代が変化しているのに、「30歳前後で結婚しておかないと」とか「結婚したら次は出産だ」なんて声はいまだに存在するんですよね。それに20代後半になると、周りで「私、もうババアだから」と自ら言う女性が増えました。「どうしてわざわざ、自分を貶(おとし)めるような言葉を口にしなければいけないんだろう。ババアなんて言葉、この世からなくなればいいのに」なんて私もモヤモヤしていたけど(笑)。結局は「自分が何を大事にしたいかがすべて。周りの声より、自分の感じることを大事にしていてよかったんだ」と落ち着きました。なかなか周りと共有できない価値観でも、とにかく信じて大事にしてあげれば「それで良いんだよ」と時間が証明してくれる時がくる。40歳になった今、身をもって感じています。

寝ぼけた頭で靴さえ履いてしまえば、走り出せる

――今年40歳のお誕生日を迎えられました。いまは年齢を重ねることについて、どのようにお考えですか?

内田: 年齢を重ねて、徐々に楽な自分でいられるようになってきました。ちょっと図々しくなるというのかな。私の場合、仕事では自分の意見を言えるのですが、プライベートでは何かを伝える前に相手のことや先のことを考えて、つい逡巡(しゅんじゅん)してしまい、言葉を飲み込んでしまう癖があったんですね。それがこの年齢になってくると、「先のことを考える前に、とりあえず言ってみよう」なんて図々しく思えるようになるんです。言ってみると、予想外のコミュニケーションが生まれたりして、いい方向に転がっていくこともある。それが楽しいんですよ。これからもっと楽になっていくのかなと思うと、今は楽しみです。

朝日新聞telling,(テリング)

――「やりたいことがあっても、なかなか一歩が踏み出せない」と感じているtelling,読者の方に、メッセージをお願いします。

内田: 朝起きたての、まだ頭がぼんやりとしているような状態で動き出してしまうといいですよ。私、いま次の舞台に向けて、体づくりのために毎朝走っているんですけど、「よし、これから走るぞ」と頭でちゃんと考え始めると、どんどん外に出るのが億劫(おっくう)になっちゃう(笑)。でも、眠くて、まだ頭が全然回ってないくらいのタイミングで、とりあえず靴を履いて外に出てしまえば、走れるんですよね。

人生も同じで、何かやりたいと思ったら、計画を練ったり準備をしたり、不安を感じ出したりする前の、ぼんやりしている段階で動き出してしまったほうがいい。走り始めてから「ああ、意外と楽しいな」とわかることもありますからね。

スタイリスト:山﨑沙央里
ヘアメイク:長谷川杏花(山田かつら)

■塚田智恵美のプロフィール
ライター・編集者。1988年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後ベネッセコーポレーションに入社し、編集者として勤務。2016年フリーランスに。雑誌やWEB、書籍で取材・執筆を手がける他に、子ども向けの教育コンテンツ企画・編集も行う。文京区在住。お酒と料理が好き。

■家老芳美のプロフィール
カメラマン。1981年新潟生まれ。大学で社会学を学んだのち、写真の道へ。出版社の写真部勤務を経て2009年からフリーランス活動開始。

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