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「年収1000万円で幸福度は頭打ち」の説は覆された…ノーベル経済学賞受賞者が明かす「お金と幸せ」の本当の関係

  • 2023.5.20

お金と幸福度の関係について、定説を覆す研究が発表された。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「これまでの研究では幸福度は年収が7.5万ドルで頭打ちとされてきた。ところが今年、幸福度が低いグループの人々では、年収がある一定のところで幸福度が頭打ちになるが、幸福度が高いグループの人々では、年収の増加とともに幸福度の上昇傾向がさらに強まるという研究が発表され注目されている」という――。

スクリーン上のビジネスグラフ
※写真はイメージです
幸せになるためにお金はどの程度必要なのか

生きていくうえで「幸せになりたい」と願うのは自然なことです。このため、多くの人が「幸せになるにはどうすればいいのか」という点に興味・関心を持つでしょう。

さまざまな要因が幸せに影響すると考えられますが、中でも「お金」は幸せに大きな影響を及ぼすと考えられます。

お金がなく、衣食住がままならなければ幸せを実感するのは難しいでしょう。逆に、お金が十分にあり、自分の欲しいものを買えて贅沢な暮らしができれば、誰しもが幸せを実感できると予想されます。

このように「お金がある=幸せ」という関係がありそうですが、冷静になって考えると、いくつかの疑問が出てきます。まず、どの程度お金があれば幸せを実感できるのでしょうか。年収でみた場合、500万円でしょうか。それとも1000万円でしょうか。

また、持っている(or稼げる)お金が増えるほど、幸せも同じく高まっていくのでしょうか。もしこの関係が成立する場合、一部の富裕層の幸福度はかなり高くなっていると予想されます。

今回はこのようなお金と幸せに関する疑問に答えていきたいと思います。実は最近、お金と幸せの関係について、アメリカで新たな研究結果が公表され、注目が集まっています。

年収が7.5万ドル=約1000万円で幸福度は頭打ち説

年収と幸福度に関しては、2010年に公表された二人の研究者による非常に有名な論文があります(*1)。

著者の一人はプリンストン大学のダニエル・カーネマン名誉教授であり、2002年に行動経済学創設の貢献によってノーベル経済学賞を受賞しています。もう一人の著者はプリンストン大学のアンガス・ディートン教授であり、彼も「消費、貧困、福祉」に関する分析の貢献で2015年にノーベル経済学賞を受賞しています。

二人のノーベル経済学賞受賞者による分析結果は、非常に興味深いものでした。

彼らはGallup社が実施する1000人の米国居住者を対象とした調査を用い、年収と幸福度の関係を分析した結果、「年収が6万ドル~9万ドル以上になっても幸福度が上昇しないこと」を明らかにしたのです。

彼らの研究では年収をいくつかのカテゴリーで計測しており、6万ドル~9万ドルという年収カテゴリー以上になっても、幸福度が伸びないことを示しました。ちなみに9万ドル以上の年収カテゴリーは9万ドル~12万ドル、12万ドル以上であり、分析対象となったサンプルも豊富にありました。

カーネマン名誉教授らの分析結果は、「幸せになるには7.5万ドル(6万ドルと9万ドルの中間の値)まで稼げばいい」という明確なメッセージとなり、その後の研究に大きな影響をもたらしました。

7.5万ドルというと、現在の為替レートでは約1000万円です。年収が1000万円というと確かにお金持ちというイメージがあり、納得感があります。

しかし、この研究結果は後に覆されることになります。

年収の増加とともに幸福度が伸び続けることが判明

カーネマン名誉教授とディートン教授の研究から13年後の2023年、カーネマン名誉教授はペンシルベニア大学ウォートンスクールのマシュー・キリングスワース上級研究員とペンシルベニア大学のバーバラ・メラーズ教授とともに、新たな研究を発表しました(*2)。ちなみに使用したデータは3万3391人の働く米国居住者を対象としたものです。

プリンストン大学 ダニエル・カーネマン名誉教授
プリンストン大学 ダニエル・カーネマン名誉教授(写真=nrkbeta/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

この研究でも年収と幸福度の関係に注目しているのですが、以前とは違った結論となりました。

その結論を端的に言えば、「年収が7.5万ドル以上になっても、幸福度は伸び続ける」というものです。

幸福度が低いグループでは「幸福度の頭打ち現象」があるが…

より正確には、幸福度が低いグループと幸福度が高いグループに分けて分析した結果、幸福度が低いグループの人々では、年収と幸福度の関係がある一定で頭打ちになるが、幸福度が高いグループの人々では、年収の増加とともに幸福度の上昇傾向がさらに強まる、という結果でした。幸福度が高いグループでは、年収が10万ドル(約1300万円)以上になると幸福度の伸びが増強されており、非常に興味深い結果となっています。

2023年の研究では、幸福度が低いグループと幸福度が高いグループに分けて分析しており、これが新しい結論に至る理由となりました。

実は近年、幸福度が低いグループと高いグループでは、学歴、健康、就業状態といったさまざまな要因の影響が異なってくることが徐々に明らかにされています。例えば、バード大学ベルリン校のマーティン・バインダー教授らの研究では、幸福度の高いグループほど学歴や健康の影響が小さく、仮に失業しても幸福度の低下が小さいことがわかっています(*3 *4)。

カーネマン名誉教授らの研究もこの新しい流れの1つだと言えるでしょう。

いずれにしても、最新の研究結果では、「お金持ちほど幸せになれる」ことを意味します。この結果は何を示唆するのでしょうか。

所得格差は幸福度格差につながるのか

「お金持ちほど幸せになれる」ということは、社会全体の所得格差が大きい場合、幸福度の格差も大きくなる可能性があることを意味します。

新聞の見出し「格差」
※写真はイメージです

私たちが生きる資本主義経済の中では、競争を前提としており、所得格差が生じるのは避けて通れません。ただ、所得と幸福度が連動している場合、大きな所得格差の存在は、幸福度の差につながる恐れがあります。

もちろん、「それが資本主義経済の結果だ」と言われればそれまでなのですが、やはり行き過ぎた格差が存在する場合、何らかの対処が必要でしょう。この点において政府の所得再分配政策は重要であり、格差への適切な対処が求められます。

ちなみに、所得格差の現状を労働政策研究・研修機構の「データブック国際労働比較2023」から見ると、アメリカでは2000年以降、所得格差が拡大し続けています。アメリカは日本以上の所得格差社会であり、これに連動して幸福度に格差が生じている可能性があります。

これに対して日本の所得格差を厚生労働省の「所得再分配調査」から見ていくと、再分配後の年間所得では、2011年から2017年にかけて、所得格差が緩やかに低下しています。日本では一時期所得格差の拡大に大きな注目が集まりましたが、その傾向はやや薄れつつあると言えるでしょう。

このような所得格差の縮小は喜ばしいことですが、コロナ禍以降の状況がまだわかっておらず、引き続き注視していく必要があります。

(*1)Kahneman D, Deaton A. High income improves evaluation of life but not emotional well-being. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 Sep 7;107(38):16489-16493.
(*2)Killingsworth MA, Kahneman D, Mellers B. Income and emotional well-being: A conflict resolved. Proc Natl Acad Sci U S A. 2023 Mar 1;120(10):e2208661120.
(*3)Binder M, Coad A. From Average Joe's happiness to Miserable Jane and Cheerful John: using quantile regressions to analyze the full subjective well-being distribution. Journal of Economic Behavior & Organization, 2011; 79(3):275-290.
(*4)Binder M, Coad A. Heterogeneity in the Relationship Between Unemployment and Subjective Wellbeing: A Quantile Approach. Economica, 2015; 82(328):865-891.

佐藤 一磨(さとう・かずま)
拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。

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