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論破より確実に効く、失礼な人をエレガントにいなす「毒」の吐き方

  • 2023.5.20
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京都人に「お茶、お取り換えしましょうか?」と聞かれたら、「そろそろ帰ってほしい」という意味である、とはよく聞く話だ。なかなか腰を上げない客に、迷惑そうな素振りを見せず、むしろ気遣っていると思わせながら、実は「何杯もお茶を飲むほど長居するのは無粋である」と相手自身に気づかせるという、なんとも「イケズ」な言い方だ。真に受けて、「じゃあ、お言葉に甘えてもう一杯」などと答えようものなら、「アホ」の烙印を押されてしまう。おお怖い......。

しかし、脳科学者の中野信子さんは、京都人のこうした表現を「エレガントである」と称賛している。新著『エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術』(日経BP)は、職場や取引先、身内、ママ友、ご近所づきあいなどで、つい「この場さえがまんすれば」と思ってしまう人が自分を救う「戦略的あいまいさ」を身につけるためのノウハウをまとめたもの。京都在住の人へのアンケートや京都出身の芸人、ブラックマヨネーズの2人へのインタビューをもとに、脳科学的な見地を踏まえて、京都人の「NOを言わずにNOを伝える」コミュニケーション術をひも解いていく。

「おもしろい」はほめ言葉ではない

本書の2章では、「無理な依頼をお断りしたいとき」「迷惑をかけられて困っているとき」「不快だと思っていることを伝えたいとき」「相手の間違いを指摘したいとき」という4つのシチュエーションに対する「エレガントな毒の吐き方」を京都人に聞いている。

たとえば、使えない(使いたくない)アイデアを提案された時。却下したいけれど、無下に断って相手を傷つけたくはない。そんな時、祇園で代々商売をしている50代男性は「それ、おもしろおすなあ」と返す。一見、ほめているようだが、京都人が特に理由も説明もなく「おもしろい」と言う時は、「理解できない」「変だ」さらに言えば、「頭が悪い」のニュアンスが込められているという。

この「おもしろい」は、理不尽なことを言われた時などにも使える言葉だ。「いやぁ、おもしろいこと言わはるわぁ」とやんわりと返しつつ、「私ら不調法ですさかいにようわかりませんけど、ええ勉強させてもらいました」と、とどめを刺す。ストレートに言えば、「はあ? 何言ってんの? 意味わかんない」といったところだが、それでは品がない。謙遜している風を装い、相手を突き放すのが、京都式の「エレガントな」コミュニケーション術だと中野さんは言う。

さらに3章では、「困った」「イヤだ」を賢く伝える方法として、7つの基本レッスンと、3つの上級編を紹介している「『(遠回しな)質問』で、相手自身に答えを出させる」「オウム返し質問で受け流す」など、はんなりとした都ことばでなくとも、日常生活で応用できるテクニックだ。

巧みな"戦略的あいまいさ"

中野さんと言えば、歯に衣着せぬストレートな物言いが持ち味で、ご本人も本書でたびたび、自分は先祖代々江戸に住んでいる家の人間で、遠回しなコミュニケーションは苦手であると書いている。そんな中野さんが京都人に対してずっと抱いていたイメージが、「巧みな"戦略的あいまいさ"とでもいうべき何ものかを、縦横無尽に使いこなし、コミュニケーションを高解像度でこなすことのできるすごい人たち」だという。京都の人々がなぜ、そのようなコミュニケーション技術を身につけてきたのかを、脳科学的に分析したパートも面白い。

「嫌味を言って溜飲を下げても、相手に伝わらなければ意味がないじゃないか」という意見もあるだろう。とはいえ、嫌なことを言う相手を論破して、スカッとするのは一時のこと。その場限りの関係や、互いの素性が明かされないネットの空間で、かつ「カウンターアタック」が絶対にないのなら、それもいいかもしれないが、たいていの場合は、その後も相手との関係は続く。理不尽なことを言われたら言い返したい、NOと言いたい。でも後々のことを考えると言えない......。そんな時、素知らぬ顔をして会話に「毒」を仕込み、相手をじわじわと不安に陥れる技術を身につけておくのも一手だ。ただ、標準語にしてしまうと、どうしてもきつく聞こえてしまうのが難点だ。いっそ都ことばを習得するのが、近道かもしれない。

■中野信子さんプロフィール
なかの・のぶこ/脳科学者。東京都生まれ。医学博士。東日本国際大学教授、京都芸術大学客員教授、森美術館理事。2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。著書に『世界の「頭のいい人」がやっていることを1冊にまとめてみた』『サイコパス』『毒親』『フェイク』など。

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