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「ジャニー喜多川氏性暴力疑惑で問題視」専門家が解説する"性的手なずけ"の巧妙な5つのプロセス

  • 2023.5.19

3月にイギリスのBBCが、故・ジャニー喜多川氏の、少年への性加害を取り上げたドキュメンタリーを放送した。番組では、過去に被害を受けていたと証言する元ジャニーズJr.の男性らが、今も喜多川氏に感謝し、慕っていると話し、それについてBBCのジャーナリストがグルーミングによるものだと指摘している。性被害の被害者心理に詳しい、上智大学准教授で公認心理師の齋藤梓さんは「自分が信頼し、敬愛する相手から性暴力を受けた場合、相手を悪く思えなかったり、それが暴力だと思いたくないという被害者もおり、それは自然な反応だ。被害を受けた子どもが、その苦しさを一人で抱えるのではなく、適切な支援につながりサポートを受けられるようにしなくてはならない」という――。

※今回、先行研究で使われてきた言葉として「性的グルーミング」という用語を使用していますが、「グルーミング」という言葉は、動物の体をケアするなどの意味で使われてきた言葉でもあるため、今後、「性的懐柔」などの言葉に変わる可能性があります。

ジャニー喜多川氏の性加害を取り上げたBBCのドキュメンタリー『Predator: The Secret Scandal of J-Pop』の番組サイト。
ジャニー喜多川氏の性加害を取り上げたBBCのドキュメンタリー『Predator: The Secret Scandal of J-Pop』の番組サイト。
とても気付きにくい「性的グルーミング」

このところ日本において、「性的グルーミング」という言葉が知られるようになってきました。「性的グルーミング」とは、子どもをグルーミングしていき(手なずけていき)、性加害をするプロセスで、こうしたプロセスが見られることは、1980年代半ばあたりから、アメリカの研究者を中心としていくつかの論文で言及されています(※1)。1990年代には研究が増え、2000年代からはSNSなどインターネットを利用した性的グルーミングの存在も指摘されています。子どもと親しくなり、信頼を築き、その信頼を利用して子どもに性的な行為をするというプロセスは、昔からずっと存在していました。

「性的グルーミング」は、とても気が付きにくいプロセスです。大人が子どもに対して優しくしたり、相談に乗ったり、褒めたり、励ましたりすることは、ごく当たり前に行われています。そうした行為は、子どもたちを守り、育んでいくための、社会での自然な行動です。子どもにとって、褒められることも、自分を認めてもらえることも、基本的にはうれしいことです。自分のことを理解しようとしてくれる大人がいること、自分を導いてくれる大人がいることに、時には安心もします。しかし、大人が子どもを性的に搾取するために子どもの信頼を得るプロセスが用いられる場合に、「性的グルーミング」と呼ばれます。

「性的グルーミング」は、大きく分けると、リアルで行われるもの、オンラインで行われるものの2つがあります。リアルで行われるものは、近所の人など、はじめは知らない人からのものと、親や教師、習い事の先生など、もともと知っている人からのものに分けることもできます。ここですべてを説明することは難しいので、今、日本の社会で大きく取り上げられつつある、リアルで行われるものについてもう少し詳しく説明します。

※1 Lang, R.A., Frenzel, R.R. How sex offenders lure children. Annals of Sex Research 1, 303-317(1988).
Conte, J.R., Sorenson, E., Fogarty, L. and Rosa, J.D.(1991), EVALUATING CHILDREN'S REPORTS OF SEXUAL ABUSE: Results from a Survey of Professionals. American Journal of Orthopsychiatry, 61: 428-437.

コミュニティーを“手なずける”加害者

リアルで行われる性的グルーミングに関する研究によると、「性的グルーミング」には、4つの対象と、5つのプロセスがあるとされています(※2)。4つの対象とは、組織/コミュニティー、家族、自分、子どもです。以下、Winters et al.,(2021)の論文を参照しながら説明をします。

性的搾取を行う加害者は、子どもたちにアクセスしやすい職業、例えば学校の教師、習い事の先生、ベビーシッターなどの仕事やボランティアに就き、「組織やコミュニティー」の信頼を得て、尊敬されるようなポジションになり、地域社会をグルーミング(手なずけ)します。また、子どもたちに接しやすくなる、組織の制度を利用したりします。そして、「家族」と親しくなり、家族の信頼も得ていきます。そうすることで、子どもに接しやすくなり、子どもは性的な被害を家族に話しにくくなります。

加害者は、「自分自身」に対しても性的グルーミングの手法を使い、自分の行動を正当化していきます。いわく、「これは暴力ではない、愛情だ」「性的な体験はいつかするから、少し早めに教えてあげただけだ」といったようにです。そうして、加害者は、「子どもたち」に性的グルーミングを行っていきます。

ターゲットを探し、隔離し、信頼関係を築く

また、Winters et al.,(2021)は、性的グルーミングに5つのプロセスがあることにも言及しています。第一段階として、自分が加害をできそうな子どもを探します。第二段階として、子どもに近づいて、他の人から隔離しようとします。例えば、キャンプに誘ったり、習い事の個人指導をしたりです。あるいは、物理的にではなく、「自分だけがあなたを理解できる」「周りの人はあなたにひどいことをしている」などと伝えて、感情的に他の人から孤立させていく場合もあります。

第三段階として、子どもとの信頼関係、愛情関係を築いていきます。第四段階として、性的な話をしたり、性的な接触、あるいは一見性的に見えない身体接触(マッサージやくすぐりあい、膝に乗せるなど)をして、性的な行為に対する子どもたちの感覚を鈍らせていきます。その後、性的加害をし、第五段階として、子どもたちが性的行為を他の人に言えないように、加害行為を継続できるように、子どもに優しくすること、つまり性的グルーミングを継続していきます。

なお、加害行為をする人は、自分自身が性的な動機があることに、性的行為の直前まで気が付いていないこともあるといいます。はじめから性的な動機をもって子どもに近づく人もいますが、純粋に子どもの相談に乗り、子どもの身近な存在になり、距離が近くなって、そこで初めて自分の性的な動機に気が付く場合もあるということです。しかし、通常は子どもと距離が近くなっても、子どもに対して性的な感情を抱くことはないので、それは自分の行動を正当化して(自分に対する性的グルーミング)、動機にふたをしていたのだろうか、と疑問に思います。このあたりは、加害者の臨床を行う先生方にうかがってみたいところです。

※2 Winters, G. M., Kaylor, L. E., & Jeglic, E. L.(2021). Toward a universal definition of child sexual grooming. Deviant Behavior. Advance online publication.

子供の肩を抱く人
※写真はイメージです
共犯者のような気持ちにされる被害者

さて、今、日本社会では「性的グルーミング」という言葉が広く知られるようになりました。これまでもさまざまな事件がありましたが、きっかけの一つは、イギリスのBBCが取り上げた、ジャニー喜多川氏の、元ジャニーズJr.の少年への性加害に関するドキュメンタリーだったのだと思います。私は、その内容について、報道されている以上の詳細は知りません。従って、個別の出来事について何かを言うことはできません。しかし、これまでの、心理学の研究や臨床の知見を踏まえて、性的グルーミングや子どもの性暴力に関する一般的なことを2点、述べていきたいと思います。

一つ目です。BBCの報道では、性的な行為をされたと述べた人々が、しかし、「今でもジャニーさんのことは好きです」「素晴らしい人です」などと、その行為者を慕い続けているという語りが見られました。

自分が信頼し、敬愛する人が自分に暴力を振るった場合、はじめから、困惑や恐怖、嫌悪感を強く抱く人もいます。また、後に、それが暴力だったと気が付き、激しい怒りを抱く人もいます。そして、敬愛する人を悪く思うことがとても難しい、それが暴力だと思いたくない、という人もいます。いずれも、自然な反応です。

特に、「性的グルーミング」では、子どもたちが、あたかも自分たちも共犯者のような気持ちにさせられる場合があります。自分も好きだったから、自分も受け入れたから、信頼する人だったから、だからその人だけが責められることには耐えられない、ということを子どもたちが述べることは、まれなことではありません。

子どもたちが抱く複雑な思い

もちろん、子どもに対して、その信頼を利用して、指導的な立場にいる大人が性的な行為をすることは、性的な搾取です。子どもと大人では、立場も能力も違い、使える社会的な資源も異なります。子どもが大人に逆らうこと、子どもがそれをおかしいと気が付くこと、子どもが大人にその行為はおかしいと伝えることは難しく、そうした状況で行われる性的行為は、性暴力です。子どもに性暴力をする人、そして加害を促進する構造を、社会が許してはいけないと思います。

一方で、その行為をされた子どもたちが抱く/抱かされた、加害行為をした人に対する思いの複雑さは、個別的に丁寧に対応される必要があると思っています。それは、一見すると、「洗脳」や「性的グルーミング」という言葉でひとくくりにされてしまうかもしれませんが、子どもたちは、その行為が暴力であるという事実に直面した時、信頼し敬愛する気持ちと、幸せで楽しかった思い出と、自分もその行動に加担していたような思いと、それを乗り越えてきたという自負と、しかし、大切な人が、自分の感情や意思をないがしろにして性的な行為を行ったということに、自分の心の内側が引き裂かれるような痛みを覚えることもみられます。

信じたい気持ちと、怒りと、絶望とのあいだで、揺れ動く時間を過ごすこともあります。「知らないままだったら良かった」「自分を被害者だと思ってほしくない」「これが暴力だったと思えない」そんな気持ちになることもあります。

子どもたちが、その苦しさを一人で抱えるのではなく、適切な支援につながり、サポートを受けられることを願います。そのためにも、社会が、組織が安全であること、暴力を許さないという姿勢が明確に示されることが重要となります。

男性が被害を認識することの難しさ

2点目として、現在話題になっている出来事には、被害を受けた人々が男児だったという特徴があります。

男性と女性で、望まない性的行為がもたらす心身への反応が異なるわけではありません。しかし、今の社会の中で、女性ももちろんですが、男性が「自分は性暴力の被害を受けた」と認識すること、述べることは、とても難しいことです。

社会には、男性の性暴力に対する、誤った認識があるといわれます。学術的には「Rape myth(レイプ神話)」と呼ばれるものです。これらには、例えば「男性は性暴力に遭わない」「男性は被害に遭ったとしても抵抗できるはずだ」「男性は女性よりも性暴力被害の影響を受けにくい」などがあります(※3)。

しかし、実際には、内閣府が16歳から24歳を対象に行った調査(2022)では、性交を伴う性暴力被害に遭ったと回答した男性は2.1%で、身体接触を伴う性暴力被害に遭ったと回答した男性は5.1%でした。

オンラインの調査ですので、正確な疫学的数字ではありませんが、男性が被害に遭うことは、珍しいことではありません。特に子どもの場合は、男性も被害に遭いやすい傾向があります。もちろん、男性も抵抗は困難ですし、その後の影響は深刻です。ただし、上述のような誤った認識が広がっている社会では、自分の身に起きたことを「性暴力」だと認識することには困難が伴います。

認識できなければ、それを誰かに言うことも難しくなります。結果的に、「たいしたことない」「こんなのよくあることだ」「自分だって望んでいた」「こんなので騒ぐなんておかしい」と自分に言い聞かせ、やり過ごす場合がよく見られます。そして社会も、性暴力被害の被害性を軽視する場合があります。

子どもを守る法律の新設

しかし、セクシュアリティーやジェンダーにかかわらず、その人の意思や感情をないがしろにした性的な行為は、人を深刻に傷つける暴力です。特に子どもは、まだ発達途上でもあるため、心や身体に大きな影響が及びます。

現在、国会に、性犯罪に関する刑法および刑事訴訟法の改正案、および新設される罪の案が挙がっています。その中には、子どもたちを保護する改正も入っています。いわゆる性交同意年齢の引き上げ、未成年の時の被害の公訴時効の延長、性的面会要求罪などです。

※3 Chapleau, K.M., Oswald, D.L., Russell, B.L., 2008, Male Rape Myths -The Role of Gender, Violence, and Sexism, Journal of Interpersonal Violence.

性交同意年齢が引き上げられる

性交同意年齢では、これまで、被害者が13歳以上の場合、暴行や脅迫等の要件を満たしていないと、罪には問えませんでした。しかし、性的行為に同意するためには、「それがどのような行為か分かっている(行為の性的な意味を認識する能力)」「その行為が、自分の心身にどのような影響を及ぼすのか、時間的展望を持って理解している(行為が自己に及ぼす影響を理解する能力)」、そして「性的行為に向けた相手方からの働きかけに的確に対処する能力」が必要です。

それを踏まえて、現在の改正案では、13歳以上16歳未満の子どもに対し、5歳以上年の離れた人が性的行為を行った場合には、子どもは上記の能力を満たすとは考えられず、子どもの同意があってもなくても、罪となるとされています。5歳差の要件はどうか、など、さまざまな意見はまだありますが、現状、この改正案となっています。

また、未成年の子どもたちは、自分の身に起きたことが被害だと気が付くことも、それを誰かに相談することも難しい場合が多く、被害を受けてから18歳になるまでの期間を、公訴時効に加算するという改正案も出ています。改正案では時効自体も延長されているため、15歳の子どもが、現在の法律でいう強制性交等罪を届け出たい場合には、33歳まで可能だということになります。犯罪として起訴されるためには証拠が必要にはなりますが、少なくとも、届け出ることはできるようになります。

「性的グルーミング」が罪になる

そして、性的面会要求罪(いわゆる性的グルーミング罪)です。これは、わいせつの目的で、16歳未満の子どもに、だましたり、お金を渡す約束をしたりして会う約束をした場合に、罪に該当するというものです。また、子どもに、子ども自身のお尻や胸など裸を撮影させて送らせる、いわゆる自画撮りも、新しい罪に入っています。この文章でご紹介した性的グルーミングの中の、一部分とはなりますが、子どもたちが被害に遭う前に何とか事前に防ぎたいという思いが、この罪には含まれています。

大人から子どもへの性暴力を見過ごしてはいけない

「性的グルーミング」や「子どもの性暴力」を巡る問題は複雑で、この文章では説明の不足していることもたくさんありますが、長くなってまいりましたので、このあたりで終わりにしたいと思います。

性暴力は、人の意思や感情をないがしろにする暴力です。だからこそ、被害を受けた人たちの意思や感情が尊重されること、その人たちが守られることは最優先です。

そして、本当の意味で、意思や感情が尊重されるためには、大人から子どもへの、地位や信頼を利用した性暴力が、見過ごされる、許容される社会であってはならないと思っています。子どもが理不尽に傷つけられない社会、子どもが守られる社会、暴力を受けたとしても適切に支援が提供される社会を目指すために、社会における子どもへの性暴力の認識が深まることを心から願っていますし、そのために尽力したいと考えています。

性暴力被害に関する相談機関
・Curetime(性暴力の相談窓口。チャットやメールでの相談が可能)
・#8891(最寄りの、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターにつながる全国共通番号)
・#8103(各都道府県警察の性犯罪被害相談電話につながる全国共通番号)

齋藤 梓(さいとう・あずさ)
上智大学 総合人間科学部心理学科 准教授、臨床心理士、公認心理師
上智大学大学院博士後期課程単位取得退学、博士(心理学)。大学で心理学の教育と研究に携わるかたわら、臨床心理士、公認心理師として、民間の犯罪被害者支援団体で、殺人や性暴力被害等の犯罪被害者、遺族の精神的ケア、およびトラウマ焦点化認知行動療法に取り組む。共著に『性暴力被害の心理支援』『性暴力被害の実際』。

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