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ロジャー・マクドナルドに聞く、深く「見る力」とじっと「待つ力」を持つための読書

  • 2023.5.16
インディペンデント・キュレーターのロジャー・マクドナルド

ディープ・ルッキングの技術が磨け、想像力が増し新たな視点が見える

美術館に行くと多くの人が作品を見ている。近年、芸術祭やアートイベントなどが多数開催され、美術作品を見たり体験したりする機会も増えてきているだろう。しかし、そこで作品を本当に「見る」ことができているのだろうか?作家の名前や解説などの情報を追っていたり、SNS用の写真を撮ることばかりに注力していないだろうか?

マクドナルドさんが提唱する「ディープ・ルッキング」とは、深く「見る力」とじっと「待つ力」、この2つがあって初めて可能となるもので、有史以前より人類が持っていたサバイバルスキルの一つだ。

「これは最新のテクノロジーでも何でもない、何万年も前から人類が育んできた技術。アートならではの技術ではありませんが、自らの肉体と精神を媒介に作品を生み出してきたアーティストたちは、優れたディープ・ルッカーでもあります。しかし、美術教育の現場では実践ばかりにフォーカスが当たり、観察が見落とされがちです。さらに情報が溢れ切っている中で、キュレーターやアーティストでさえも情報に引っ張られる。だから今の時代に、もう一度“観察”について考えたいと」

加えて、マクドナルドさんが長年関心を寄せているのが、アートにおける変性意識である。変性意識というと怪しげではあるが、アート作品を深く鑑賞することで、瞑想状態に近い感覚となり、想像力が養われるということだ。

「変性意識状態といっても長いスペクトラムがあって、いわゆるトランス状態や音楽に没入する体験、ボーッとする瞬間など非常に複雑で多様なものだと思う。ビジネスでは“フロー”といわれたり、スポーツで“ゾーン”といわれたりするものと同じです。

自らの心と体をすべて対象に預けてしまうように“見る”、そしてマインドを宙吊り(suspend)状態にして対象が心身に入ってくるのを“待つ”。この意識状態において注目すべきは、平時の凝り固まった思考から解放され、自由に創造的に思考できること。アーティストは古くから深く観察するスキルを持っています」

学生時代から様々な方法でヨガや瞑想を自らの体で試してきたというマクドナルドさんが、最近実践しているのがパラマハンサ・ヨガナンダが提唱するクリヤ・ヨガだ。1920年に渡米し、西海岸を中心にヨガの真理を説いた。彼の自伝はスティーヴ・ジョブズのiPadに一冊だけあった本としても知られている。

「この3〜4年実践している私の瞑想を支えてくれている一冊です。若い頃は禅の思想に傾倒し、座禅をしていたのですが、ある程度年齢を経ると少しストイックな気がしてきた。クリヤ・ヨガは瞑想と呼吸法なのですが、とても包容力があり、今の自分にはすごくフィットしています。

彼の自伝『あるヨギの自叙伝』では、インド中のヨギーに出会った話や超常現象なども書いてあってすごく読み応えがある。ベッドサイドに英語版を置いて、寝る前に数ページ読むのが習慣になっています」

インディペンデント・キュレーターのロジャー・マクドナルド
長野県にある個人美術館&アートセンター〈フェンバーガーハウス〉。オリジナルワッペンを販売。www.fenbergerhouse.com/

体を使って自然と対話し、すべての物事を深く見る

十数年前に長野県へと移住したマクドナルドさんは、アートや教育関係の仕事を継続しながら再生農業や薪割り仕事に日々勤しむ。『未来のシナリオ』は、気候変動における未来について書かれた本だが、パーマカルチャーの実践本としても役立っているという。

「気候変動の話って、地球は終わりだと絶望的になるか、自分一人では手に負えないって傍観するか、政府や企業に押し付けて妙な楽観をするかと考えているうちに時間だけが過ぎていってしまう。現時点で僕が納得している方法は、毎日自然に触れている農家の人たちから学び、それを実践することです。

問題が大きすぎて途方に暮れてしまうけど、同じ悩むのでも少しでも手を動かせる、実践できるというのがいい。この話は『ジェネレーション・レフト』にもつながります。ここには、海外の事例が多く紹介されていますが、きっと日本でもミクロ単位で活動をしている人は多いんじゃないかなと。

目立って政治的な活動はしていないけど、ローカルなコミュニティからじわじわ変革していくような。それが日本版のジェネレーション・レフトなのかなと思いました。いずれにせよ、新たなレフトの概念が議論される時なのだと思います」

今回挙げてもらった中で、唯一のアート本がこちら。ディープ・ルッカーである画家ホックニーによる、絵画史を塗り替える一冊だ。

「ホックニーの有名な言葉に“画家というのは、絵について、そして絵を観ることについて、誰よりも深く考えている人たちなんだ”というものがあります。この本では、ホックニーの深い観察により西洋美術史が語られる。それはアカデミックな研究者からは絶対に出てこない、本質を突いた言葉です。こうしたアーティストの体から出てきた知恵をベースにした作品論もディープ・ルッキングをするうえで学びになります」

ディープ・ルッキングの技術は、何も選ばれた才能の持ち主だけが持つスキルではない。日々の読書など、生活の中でも十分鍛えられるとマクドナルドさんは言う。ピンときた人は、考えるよりも実践あるべし。

世の中をディープ・ルッキングするための4冊

『あるヨギの自叙伝』パラマハンサ・ヨガナンダ/著、『ジェネレーション・レフト』キア・ミルバーン/著、『未来のシナリオ ピークオイル・温暖化の時代とパーマカルチャー』デビッド・ホルムグレン/著、『秘密の知識 ─巨匠も用いた知られざる技術の解明─』デイヴィッド・ホックニー/著
左から『未来のシナリオ ピークオイル・温暖化の時代とパーマカルチャー』デビッド・ホルムグレン/著 リック・タナカ/訳『秘密の知識 ─巨匠も用いた知られざる技術の解明─』デイヴィッド・ホックニー/著『ジェネレーション・レフト』キア・ミルバーン/著 斎藤幸平/監訳『あるヨギの自叙伝』パラマハンサ・ヨガナンダ/著。

Information

『未来のシナリオ ピークオイル・温暖化の時代とパーマカルチャー』デビッド・ホルムグレン/著

『未来のシナリオ ピークオイル・温暖化の時代とパーマカルチャー』デビッド・ホルムグレン/著 リック・タナカ/訳

石油資源の涸渇に始まるエネルギー下降時代が幕を開け、地球は危機的状況にある。パーマカルチャーの提唱者であり実践者である著者による、未来へのシナリオ。劇的に変化するであろう未来を分析し、大胆に想像、4つのシナリオと戦略を描く。農文協/1,320円。

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『秘密の知識 ─巨匠も用いた知られざる技術の解明─』デイヴィッド・ホックニー/著

『秘密の知識 ─巨匠も用いた知られざる技術の解明─』デイヴィッド・ホックニー/著

西洋絵画における巨匠たちの作品制作に鏡やレンズがいかに用いられたか。レオナルド・ダ・ヴィンチやカラヴァッジョ、デューラー、ベラスケスらの作家の500点に及ぶ絵画やスケッチの複製を掲載。絵を観察し実践してきたホックニー独自の解説は見もの。青幻舎/11,000円。

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『ジェネレーション・レフト』キア・ミルバーン/著

『ジェネレーション・レフト』キア・ミルバーン/著 斎藤幸平/監訳

この言葉はイギリスの政治理論家であるキア・ミルバーンによる言葉で、世界中に存在する左傾化する若者たちのことを差す。2008年のリーマンショック以降、ウォール街占拠運動や気候危機の問題提起など、若者による社会運動の輪を徹底解説した一冊。堀之内出版/1,980円。

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『あるヨギの自叙伝』パラマハンサ・ヨガナンダ/著

『あるヨギの自叙伝』パラマハンサ・ヨガナンダ/著

1893年インド生まれのヨガ指導者。1920年にアメリカに渡り西海岸を中心に、主に瞑想と呼吸法を実践するクリヤ・ヨガの伝道師として活躍する。本書はヨガナンダの波乱に満ちた生涯と、旅する中で出会った導師たち、そして霊的世界について記される。森北出版/4,620円。

profile

Roger McDonald(インディペンデント・キュレーター)

ロジャー・マクドナルド/東京都生まれ。幼少期からイギリスで教育を受ける。インディペンデント・キュレーターとして様々な展覧会を企画・開催、アートの教育プログラムに携わる。AITが行うアート講座TASプログラムディレクター。

Information

『DEEP LOOKING 想像力を蘇らせる深い観察のガイド』ロジャー・マクドナルド/著

『DEEP LOOKING 想像力を蘇らせる深い観察のガイド』ロジャー・マクドナルド/著

深い観察は瞑想に近い。美学および宗教学を学び、インディペンデント・キュレーターとして活躍してきた著者による、新しい“観察”ガイド。6名のアーティストを事例に出しながら、ディープ・ルッキングがもたらす身体的、精神的な作用について語る。AIT Press/2,420円。

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