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メスの欲求に応えられないと追放…ライオンのオスは交尾の拒否権がなくメスたちと1日50回も試練を繰り返す

  • 2023.5.13

群れで暮らし、たくさんのメスを率いるライオンのオスは絶対的王者というイメージがある。しかし生物学者の田島木綿子さんは「実は交尾の主導権はメスにある。オスは一斉に発情するメスたちの要求に応えて1日50回以上の交尾を繰り返すことも。しかし、それを拒否すれば群れから追放されてしまう」という――。

※本稿は、田島木綿子『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)の一部を再編集したものです。

トゲトゲの陰茎で排卵を促すライオンのオス

哺乳類の陰茎は、基本的に「弾性線維型」と「筋海綿体型」の2種類に分けられる。要は線維質が多いか、筋肉と血管が多いかの2つに大別される。

筋海綿体型の陰茎をもつ動物の中には、交尾中にメスの排卵を促すという、さらなるツワモノも存在する。ライオンをはじめとするネコ科の動物である。

ネコ科のオスは、陰茎の表面に「角化乳頭(陰茎棘きよく)」と呼ばれる無数のトゲ状突起があり、交尾中にこのトゲでメスの膣粘膜を刺激し、排卵を誘発する(交尾排卵)。

これもまた、確実に自分の子孫を残そうとする戦略の一つである。

ライオンは、アフリカのサバンナや草原、インドの森林保護区に生息する大型ネコ科動物である。ネコ科動物は一般に、体格や体形に雌雄差がそれほど見られないが、ライオンではオスの体長が170~250センチメートル、体重150~200キログラムなのに対し、メスの体長は140~175センチメートル、体重120~180キログラムで、雌雄にかなりの体格差がある。加えて、オスには“百獣の王”とうたわれる所以ゆえんでもある「たてがみ」が生えているのが大きな特徴である。

出典=『クジラの歌を聴け』、イラスト=芦野公平
出典=『クジラの歌を聴け』より
性ホルモンの分泌が多いオスほど、たてがみが黒くなる

たてがみは、メスへのアプローチやオスの象徴、さらにはオス同士の威嚇など重要な役割を担っている。

性ホルモンの一つ、テストステロンの分泌が多いオスほど、たてがみの色がより黒くなる傾向にあり、立派なたてがみの条件は毛量よりも色の濃さにあるという説もある。

近年、南アフリカ共和国の南部から東部の標高1000メートル以上の環境に棲息する個体群ではたてがみが発達する傾向があるのに対し、ケニアやモザンビーク北部にかけての熱帯地域に棲息する個体群ではたてがみはあまり発達せず、たてがみのない個体も見られるという。これまでは、生息域によってオスライオンのたてがみの発達に差があることは明確になっていなかった。

考えてみれば、ライオンの棲息地で気温が上昇し続けると、たてがみはたとえるなら真夏にマフラーを巻くようなもの。哺乳類である以上、体温維持は繁殖戦略よりも優先せざるを得ないため、温暖化が続けば、近い将来、たてがみのない百獣の王が主流となってしまうかもしれない。

近親交配を避けるためライオンの群れではオスが少数派に

通常、ライオンは1~3頭のオスと10頭前後のメス、そしてその子どもたちで「プライド」と呼ばれる群れをつくって暮らす。ライオンも母系社会で、プライド(以下、群れ)の中で生まれた子どものうち、メスはそのまま群れに留まるのに対し、オスは2~3歳になると群れを追われる。

複数のオスが留まると、親族同士で交尾を繰り返すことで遺伝的多様性がなくなり、生存能力の強い子孫を残すうえで不利となるからだ。

群れを離れたオスは、単独で放浪するものもあるが、多くは成熟するまで兄弟や従兄弟などオス同士で行動を共にし、狩りのやり方や闘い方などを修得し、やがて新しい群れを見つけると、単独または2~3頭で襲撃し、乗っ取りを図るようになる。

既存の群れにはたいていリーダーオスがいるので、闘いに負けると命を落とすリスクもある。そのため、若いオスライオンも無謀な賭けには出ない。前述したように、オスの強さはたてがみの色や量が重要な目安となる。

黒いふさふさのたてがみをもつオスのいる群れは避け、ちょっと年老いていたり、たてがみが貧相なリーダーの群れを見つけ、1~3頭のオスで狙い撃ちする場合が多いと考えられる。

若いオスたちが群れを乗っ取るとまず子ライオンを殺す

若いオスたちは、自分たちのたてがみの色や量を見せつけることで、余計な争いをせずに、既存のオスを追い払える可能性も高く、闘うことになった際にも、たてがみの量が多いほど急所である頭や首回りを保護することもできる。

晴れて既存のオスを追い払うことに成功すると、若いオスたちはその群れのリーダーとなり、無条件で群れのメスを自分たちのものにできる。群れを乗っ取ったオスたちが真っ先に行うのは、前のオスの子どもを皆殺しにすることである。なんとも非情な行為に見えるかもしれないが、育児中のメスは発情しないため、自分の子孫を残すためには必要な行為なのである。

さらに、群れのオスはエサを得るための狩りには参加しない。大型の獲物を一撃で倒せるほどの長い犬歯と強力な顎をもっているにも関わらず、狩りは基本的にメスだけで行い、メスが仕留めた獲物をオスが優先的に食べるという亭主関白振りがひどい。

普段は働かないがいざというときは命がけで縄張りを守る

ろくでもないヒモ男みたいな印象であるが、ライオンのオスはオスで、群れを守るために日々神経をすり減らしている。縄張りを絶えずパトロールし、群れを狙う侵入者があれば威嚇してすみやかに追いやる。

それでも相手が向かってきたら、売られた喧嘩は必ず買わなければならない。それが群れを支配するオスの使命だからだ。縄張りを主張する手段は、基本的に尿や糞などでニオイをつけること(マーキング)で成り立つ。

メスにとっても、群れを乗っ取られたら、自分の子どもたちも皆殺しにされてしまう。安心して子育てするためには、普段ごくつぶしのオスであっても、強ければ「まあ仕方がないか」といった感じなのだろう。

ネコ科でライオンだけが群れを作るのはなぜか

そもそも、ネコ科動物の中で唯一ライオンだけが群れで暮らす理由は、①狩りをするときに集団のほうが有利なため、②群れを乗っ取ろうとするよそ者のオスから子どもを守るため、と説明されることが多い。

小さな丘の上で休むライオンの家族
※写真はイメージです

しかし、動物学者ジョナサン・スコットらの調査では、この2つの説に疑問が投げかけられた。まず①については、集団でも狩りの成功率は高くなかったうえ、成功したとしても多数で分け合うと各配分は限られてしまうため、メリットが少なくなる。

②の説では、単独で暮らすトラやヒョウも、よそ者のオスが子どもを殺す習性があるため、この2つの説によってライオンが群れをつくる理由にはならないと結論づけられた。

そこで注目されたのが、縄張りの“地の利”である。同調査によると、28のライオンの群れを観察した結果、水や食料が最も手に入りやすい場所を縄張りにしている群れが、最も繁殖率が高かったという成果である。

つまり、健康第一な繁殖に適した場所を守るために、リーダーオスを中心にライオンは群れで暮らす習性を身につけたのではないかということらしい。

メスの欲求に応えられないオスなんて用無し

オスがその群れを守っている反面、やはりライオンにおいても、交尾の主導権はメスが掌握している。メスが誘えばオスは絶対に断れない。

田島木綿子『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)
田島木綿子『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)

ライオンの交尾は数秒で終わるが、陰茎のトゲはメスの膣を傷つけることもあるので、陰茎を引き抜くときに、メスはその痛みのために甲高い鳴き声をあげることもある。加えて交尾中、オスはメスの首筋を噛んで抑え込むことも多く、メスにとってはただただつらい行為のようにも見える。それでも、交尾を終えると、メスは再び同じオスまたは別のオスと交尾を繰り返し、妊娠を確実なものとする。

メスはメス同士で子育てをするために同時期に出産する場合が多い。ということは、子どもの自立時期も重なる。育児中は決して発情しないメスだが、子どもたちが自立すると、ほぼ同じ時期に発情を開始する。発情したメスたちは、オスの顔にお尻を近づけてニオイを嗅がせて交尾に誘う。

出典=『クジラの歌を聴け』、イラスト=芦野公平
出典=『クジラの歌を聴け』より
オスは1回20秒前後の交尾を1日50回、1週間も続ける

自然界ではメスの気を惹くために死闘を繰り返したり、牙を伸ばして自分の寿命を縮めたりするオスも存在するのに、ライオンのオスの待遇はとても恵まれている。しかし、オスライオンの悦楽の日々は、メスたちの果てしない要求により試練に変わっていく。

1回の交尾は20秒前後なのだが、それを15分に1回、ときには5分に1回のハイペースで繰り返し、1日50回以上の試練(交尾)をこなすこともある。長いときにはそれが1週間ほど続き、その間、オスは寝食をする間もない。

マサイマラ、ケニア、アフリカの草原でライオンを交配
※写真はイメージです

さらに、オスはメスの誘いに応じられなければ、群れから追い出されてしまう。メスが自分の獲ってきたエサを優先してオスに食べさせるのは、じつは「尽くしている」からではなく、交尾をして子どもをつくり、生まれた子どもを守ってもらうためなのである。子づくりや子育てに役立たないオスは、結果的に群れにも不要となる。

交尾中に排卵を促されるということは、ネコ科などのメスには発情期と呼ばれるものは明確に存在しないのかもしれない。それでも、特定の季節になると、野良ネコたちがにゃーにゃーと独特の声を出すのが聞こえる。ということは、ある程度子育てに適した季節を見越して、メスのほうでもオスをその気にさせる戦略は取っているのだろう。

田島 木綿子(たじま・ゆうこ)
国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹
1971年生まれ。日本獣医生命科学大学(旧日本獣医畜産大学)獣医学科卒業。学部時代にカナダのバンクーバーで出合った野生のオルカ(シャチ)に魅了され、海の哺乳類の研究者を志す。東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号(獣医学)取得後、同研究科特定研究員を経て、2005年からテキサス大学医学部とThe Marine Mammal Centerに在籍。2006年に国立科学博物館動物研究部支援研究員を経て現職。

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