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「NYにそのまま持ち帰りたいくらい素敵」映画界の新星が影響を受けている日本カルチャーとは

  • 2023.5.12
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少しずつ夏の気配を感じ始める時期となりましたが、まぶしい日差しに目を閉じると懐かしい夏の思い出がまぶたに浮かぶこともあるのでは? そこで今回オススメするのは、大切な人と過ごしたひと夏を描き、賞レースを席巻するほどの喝采を浴びた話題作です。

『aftersun/アフターサン』

【映画、ときどき私】 vol. 577

思春期真っただ中にいる11歳のソフィは、離れて暮らす若き父・カラムとトルコのひなびたリゾート地にやってきた。輝く太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間をともにする。

最後の夏休みから20年後。当時のカラムと同じ31歳になったソフィは、ビデオテープに収められた映像のなかに大好きだった父の知らなかった一面を見出してゆくことに…。

これまでに世界各国の映画祭で249のノミネートと82の受賞を記録し(2023年5月10日時点)、映画界に大きな反響を巻き起こした本作。今回は、こちらの方に作品の裏側についてお話をうかがってきました。

シャーロット・ウェルズ監督

スコットランド出身で、現在はニューヨークを拠点に活動しているウェルズ監督。本作で華々しい長編監督デビューを飾り、新たな才能として注目を集めています。そこで、制作時に意識していたことや現場での様子、日本から影響を受けていることなどについて語っていただきました。

―本作は自叙伝の要素が強い作品ということですが、フィクションと実話を構成するうえで意識されたことはありましたか?

監督 今回インスピレーションとなったのは、自分が過去に体験したことや当時の会話など。それらを整理するために、まずは父親とのことだけでなく、母親に関することも含めた幼少期全体の思い出を書き出すことから始めました。

そこからキャラクターやフィクションの部分を発展させて、脚本として仕上げています。そのなかで唯一変えずに維持したのは、当時自分のなかに存在していた感情。そこだけは、忠実に描きました。

―タイトルの『aftersun/アフターサン』とは日焼けのあとに塗る保湿クリームのことですが、ヒリヒリするような感情を描いた本作には完璧なタイトルだと感じました。どのようにして思いついたのでしょうか。

監督 脚本を書き始める前から仮のタイトルとして付けていましたが、直感で決めたので、実はいつどこで思いついたのかも覚えていないくらい。アフターサンローションは英国人のホリデーには欠かせないものですけど、正直に言うと、そこに込めた意味を深く考えたこともないんです…。ただ、観る方によってタイトルの解釈が違うと聞き、それについての記事もたくさん出ているので、いまは面白いなと思っています。

俳優の努力と才能が認識されたことがうれしい

―それぞれが好きなように受け取れるというのも、楽しみ方のひとつですね。また、劇中では父親役のポール・メスカルさんとソフィ役のフランキー・コリオさんが本当に素晴らしかったです。ただ、キャリアも技術もあるポールさんと、演技未経験のフランキーさんというまったく違うタイプの2人を演出するのは大変だったのでは?

監督 フランキーは子どもですし、本作が初めての演技だったので、今回は彼女を中心に現場を組み立てていきました。なので、ポールとのシーンでは、彼が彼女の演技を引き出すパートナーになるようにお願いしています。あとは、フランキーだけの撮影とポールだけの撮影を交互に繰り返しながら進めていきました。

そんななかで面白かったのは、大人の俳優だけでクラブのシーンを撮ったときのこと。彼らにもそれぞれ演出が必要なんだと改めて気がつき、それまでいかにフランキー中心で現場が動いていたのかを実感しました。

―そのかいあって、繊細で非常に難しい役どころを演じ切ったポールさんはアカデミー賞の主演男優賞にも見事にノミネートされましたね。

監督 私も本当にうれしかったです。ノミネートが発表される当日は、可能性があるかもしれないと思ってはいましたが、緊張してアパートのなかを歩き回ってしまいました(笑)。ノミネートされたあとはポールからも電話が来たので、お互いへの感謝と敬意を伝えつつ、いかに信頼関係のある特別な撮影だったのかというのを興奮しながら語り合ったほどです。

特に今回はコロナ禍だったこともあり、限られた密な空間のなかでの大変な撮影だったことも大きかったかもしれません。私としては、彼の努力や才能が認識されたことがうれしいですし、これによってより多くの人に作品が届くことをありがたく感じています。

思い出を振り返る作業ができて楽しかった

―監督としても、初の長編映画でここまで注目されるとは想像していなかったかもしれませんが、これまでの道のりを改めて振り返ってみていかがですか?

監督 本当に、予期していないことばかりでした。それどころか、最初は締め切りに間に合わせることに必死すぎて、作品を観客に受け入れてもらえるかどうかを考える余裕もなかったほどですから。

そんななか、カンヌ国際映画祭で上映をした際、あれだけ多くの観客からの共感を得ることができ、高く評価していただけたのはうれしかったです。初長編作品というのは、人生で一度しかないことなので、それがこれだけ特別な経験となって光栄に感じています。

―この作品では当時の父親とご自身が同じ年代になったという視点が生かされていますが、昔から子どもながらに父親が何かを抱えていることは感じていたのでしょうか。それともご自身が30代に入ったことで、自身の父親が抱えていた生きづらさと共感する部分があってこのテーマに興味を持ったのですか?

監督 これは難しい質問ですね。おそらく昔のアルバムを見ていたときに、いまの私が送っている生活が当時の父親の環境とはあまりにも違っていることに気がついたのが最初だったかなと思います。私は11歳の娘を育ててはいないので、「あのときの父は何を感じていたんだろう」と考えるようになったのがきっかけです。

そこからさらに掘り下げていきたいと思ったのですが、そのなかでも描きたかったのは2人が1つの喜びを共有している姿。それぞれに苦しみを抱えてはいましたが、2人が重なることによってポジティブなものになっていく様子を見せたいと考えました。思い出というのは、意図的に掘り返さないと前方に持ってくることはできませんが、普段はなかなかそういう機会がないので、この作品で思い出を振り返る作業ができて楽しかったです。

女性同士で協力して、地位向上につなげたい

―初来日となりましたが、日本に対してはどのような印象をお持ちですか?

監督 数日しか滞在していないので、まだ日本について語れる段階ではないのかもしれないですね。ただ、私はニューヨークという多国籍な文化のなかで暮らしていて、日本食もつねに食べられるような環境にいるので、日本に対しては“未知の国”というイメージはありません。

あとは、ファッションやデザインはそのまま持ち帰りたいくらい素敵だなと思っています。とはいえ、今回はいわゆる観光地というようなところばかりを回っているので、次に戻ってくるときは東京の外に出て、新しいことを吸収したいです。

―ちなみに、日本の作品やカルチャーで好きなものがあれば教えてください。

監督 私は小津安二郎監督から多大な影響を受けています。特に、色使いや家族の描き方、空間の捉え方、そして静の状態といったものはいつも参考にしてきました。あとは、カメラのフレーミングなども研究して取り入れているので、小津監督は本当に大きな存在です。

―それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

監督 『aftersun/アフターサン』では、以前から一緒に作品を撮っている男性たちと仕事をしましたが、今後新たなコラボレーターを探すときは女性と組みたいなと考えているところです。まだまだ男性優位の社会ではありますが、そうやって女性同士でお互いに協力して高め合っていければ女性の地位向上にもつながると思っています。それくらい女性にとっては、コミュニティが非常に大切だというのを伝えたいです。

心にしまっていた愛おしい思い出が蘇る!

ヒリヒリとした胸の痛みを覚えつつも、まばゆいほどの美しさに魅了される本作。観る者の心に静かに入り込み、記憶と想像力を刺激する珠玉のストーリーは、誰にとっても忘れられない映画体験となるはずです。

取材、文・志村昌美

引き込まれる予告編はこちら!

作品情報

『aftersun/アフターサン』
5月26日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ

️(C) Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

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