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大量の精液で他のオスの精子を洗い流す…3メートル超の陰茎と特大の精巣を持つセミクジラの驚きの繁殖戦略

  • 2023.5.12

動物が自分の遺伝子を残そうとする本能はたくましく、繁殖のための工夫は人間にとっても興味深い。生物学者の田島木綿子さんは「クジラの中でもセミクジラは、体長は15~20メートル程度で陰茎の長さは約3~4メートル。精巣も大きく、左右合わせた重量は約1トン。交尾時に有利になるよう原始的な戦略を取っています」という――。

※本稿は、田島木綿子『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)の一部を再編集したものです。

動物の繁殖活動には恥ずかしいという概念なんてない

一般的に、動物や生物の「性」や「繁殖」について話す機会は日常的に多くないだろう。それどころか話題にするのは恥ずかしく、憚られると感じる方が多いかもしれない。

一方、獣医大学を卒業して現在は研究者として働いている私にとって、動物の性や繁殖について話題にすることは、ごく自然で当たり前のことである。それはひとえに、動物たちの性や繁殖が常に「生きること」とセットであり、恥ずかしいことという概念がほとんどないからに他ならない。

さらに、彼らの性の営みや繁殖行動に隠されているさまざまな工夫や戦略を知るほどに、大きな感動を覚え、尊敬の念すら抱いているからである。

この連続記事ではオスの繁殖戦略とメスの繁殖戦略について紹介しているする。ずばり生殖器と交尾についての話である。

生々しくてイヤだわ……と思われる方もいるかもしれないが、動物たちが確実に繁殖を成し遂げるために、オスとメスそれぞれが磨き上げてきた形態と機能――この素晴らしさに感嘆するのではないだろうか。

哺乳類最大、体長の4分の1の陰茎をもつセミクジラ

陰茎のサイズにものをいわせているのが、ヒゲクジラ類の一種のセミクジラ科鯨類のオスである。

セミクジラ科は、ホッキョククジラ、キタタイセイヨウセミクジラ、キタタイヘイヨウセミクジラ、ミナミセミクジラの4種が存在し、このうち日本周辺にいるのはキタタイヘイヨウセミクジラ(セミクジラ)だ。セミクジラは、頭部にこぶ状の突起がある実にユニークなヒゲクジラで、私の最も好きな鯨類の一つである。

セミクジラ科鯨類の体長は15~20メートル程度だが、陰茎の長さは約3~4メートルといわれ、体長の5分の1から4分の1の長さを誇る。ちなみに、地球上最大の動物であるシロナガスクジラは体長26~30メートルで、陰茎の長さは約3メートル。

つまり、セミクジラは体長に対する陰茎比が、シロナガスクジラの倍になる。さらに、セミクジラ科は精巣も大きく、左右合わせた重量は約1トンにおよぶ。

なぜ、セミクジラ科鯨類がこのように大きな陰茎と精巣をもち合わせたのかというと、交尾のとき、大量の精液を膣内に流し込み、自分より先に交尾したオスの精子を洗い流すためだといわれている。

出典=『クジラの歌を聴け』
出典=『クジラの歌を聴け』より
交尾するとき自分以外の精子を大量の精液で洗い流す

セミクジラ科鯨類だけがそうした繁殖戦略を選択した理由は、彼らに聞いてみないとわからないが、セミクジラ科鯨類はもともと要領よく生きるタイプのクジラであり、摂餌方法もあのユニークな頭部を使って、泳ぎながら口先を少し開けたままエサを食べる最も楽な方法を獲得している。

繁殖戦略においても“質より量”ではないが、自分以外の精子を自分の精液で洗い流すという単純かつ簡単な戦略を立てたのかもしれない。

何とも原始的な方法だが、ファン心理とは恐ろしいもので、そんなところも私にはチャーミングに映る。

それにしても、「セミクジラのオスの巨大な陰茎は、ふだん身体のどこにあるの?」と不思議に思う人も少なくないだろう。その辺を理解していただくために、陰茎の構造に関するそもそも論から紹介しよう。

哺乳類の陰茎は、基本的に「弾性線維型」と「筋海綿体型」の2種類に分けられる。

要は線維質が多いか、筋肉と血管が多いかの2つに大別される。セミクジラ科鯨類を含む鯨類の陰茎は、前者の弾性線維型である。

弾性線維型の陰茎は、海綿体(毛細血管の集合体で陰茎の主体をなす勃起性組織)の発達は悪く、海綿体へ血液が流入することで膨張する勃起(陰茎が生理的に拡大し硬直すること)は得意ではない。

出典=『クジラの歌を聴け』、イラスト=芦野公平
出典=『クジラの歌を聴け』より
セミクジラを含む鯨類の陰茎は線維質の多い「弾性線維型」

その代わり、海綿体の外側を包み込むように存在する白膜(結合組織の層)に弾性線維が豊富に含まれている。このぶ厚い白膜があることで、普段から(勃起しなくても)ある程度の大きさと形を維持したまま、包皮内(陰茎を収納する袋状の皮膚)にS字状に折りたたまれて、外生殖孔内(陰茎を収める袋状部分)に収まっている。そのため、大きい状態でも外側からは目立たない。

特に水中生活に適応したクジラをはじめとする海の哺乳類の場合、体の外側に「何か」が出ていると遊泳の邪魔になるほか、生殖器にケガをしたり、攻撃の対象にもなりうる。そのため、まったくといってよいほど、外側から陰茎を確認することはできない。

しかし、メスの発情に反応して性的興奮を覚えると、体内で陰茎を引っ張っている陰茎後引筋という筋肉が素早く弛緩しかんし、一気に飛び出すしくみになっている。このタイプの陰茎は、多くの鯨類と偶蹄類がもち合わせている。

陰茎サイズが最大のコマッコウ類には謎が残っている

クジラ類で最も陰茎が大きいのは、というか体長と相対的に大きいのは、おそらくコマッコウ属のコマッコウとオガワコマッコウであろう。コマッコウ属はその名の通り、マッコウクジラと外見が似ているがちょっと小さい、という由来からその和名が付いた。

2種とも日本周辺に棲息するが、オガワコマッコウの方がどちらかというと南方系である。この2種は非常に似ているので、種同定は経験値がものをいう。

クジラの中でもストランディングの件数は比較的多く、サメに襲われて打ち上がってしまうケースが多い。なぜ、コマッコウ属だけがサメによく襲われるのか、理由は定かではないが、外見が少しサメに似ているからかもしれない。

実は、このコマッコウ属は研究者泣かせである。哺乳類の陰茎は一般に「骨盤(鯨類や海牛類では骨盤骨)」に付着しているが、コマッコウ属にはこの肝心の骨盤骨が存在しない。

彼らの陰茎は、通常の骨盤骨部分に形成された強靭な腱には付着しているものの、そこに骨成分は存在しない。けれども陰茎はとても大きいのである。東京大学で博士課程時代、この難問を解き明かすために数個体のコマッコウ属を解剖したものの、骨性の骨盤骨を発見することはできなかった。としても、こうした未知な領域があるからこそ、生物を理解することは興味深く、ますますのめり込む理由となる。

彼らにしてみたら「わかってたまるか!」といった感じなのかもしれない。

水をはねかける水から飛び出す右クジラ、野生動物の写真
※写真はイメージです
なぜ北海道の水産会社の冷凍庫にクジラの陰茎があるのか

ある意外な場所で、クジラの陰茎が展示されているのを目にしたことがある。それは、北海道の水産会社の冷凍庫の中だった。

「なぜ、生鮮食品を保管する冷凍庫にクジラの陰茎が?」

そこには、水産業界ならではの特別な理由がある。

ひと昔前まで、日本人にとってクジラ(鯨肉)は貴重なタンパク源であり、水産業界では一大産業を築いていた。鯨肉を商品として保管する冷凍庫では、事故など起こすことなく商品の出し入れが滞りなく行われる必要があり、クジラのオスの生殖器(陰茎)とメスの生殖器(生殖孔部分)をセットで祀まつる風習があったというのだ。

つまり、クジラが交尾する時のようにスムーズに、安全に冷凍庫の商品を出し入れできるようにと祈願してのことらしい。

出典=『クジラの歌を聴け』、イラスト=芦野公平
出典=『クジラの歌を聴け』より
「クジラの交尾のようにスムーズに」と願をかける縁起物

今から2~3年前、その水産会社の冷凍庫がリニューアルされるのにともない、祀ってあったクジラの生殖器を引き取ってもらえないかと打診された。縁起物としてクジラの生殖器を祀る風習があることは知っていたが、実際に目にするのはそれが初めてであった。

田島木綿子『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)
田島木綿子『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)

それは、想像を超える大きさであった。クジラの種までは同定できなかったものの、ナガスクジラ科鯨類のオスの陰茎(約2メートル)と、メスの生殖孔部分(約1メートル)の展示物は、まさに圧巻であった。

しかも、冷凍庫に祀られていてフレッシュな状態が保たれていたことも奇跡的ではないか。

この水産会社が、私の勤める博物館の近くであったなら、間違いなく前向きに検討しただろう。それこそ、私の頭の中にあるストランディングそろばんならぬ、もう一つの博物館そろばん(つまり予算の見積もり)が動き出したにちがいない。

しかし、北海道はあまりにも遠すぎた。巨大な陰茎と生殖孔の輸送費に加えて、かりに博物館に運べたとしてどこに保管するのか、それも冷凍で……といったことを冷静に考えると、とても現実的ではなかった。結局、泣く泣くお断りしたのである。

しかし、クジラの生殖器が実際に縁起物として大切に祀られているのを見ることができただけでも、何ものにも代え難い経験となった。

田島 木綿子(たじま・ゆうこ)
国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹
1971年生まれ。日本獣医生命科学大学(旧日本獣医畜産大学)獣医学科卒業。学部時代にカナダのバンクーバーで出合った野生のオルカ(シャチ)に魅了され、海の哺乳類の研究者を志す。東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号(獣医学)取得後、同研究科特定研究員を経て、2005年からテキサス大学医学部とThe Marine Mammal Centerに在籍。2006年に国立科学博物館動物研究部支援研究員を経て現職。

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