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女性死刑囚の心の内は...。話題の作家・柚月裕子が「犯罪を一番掘り下げた」注目の小説

  • 2023.5.10

「女性死刑囚、最期の言葉――『約束は守ったよ、褒めて』」

4月にスタートしたドラマ「合理的にあり得ない 探偵・上水流涼子の解明」(カンテレ・フジテレビ系)の原作者・柚月裕子さん。

本書『教誨(きょうかい)』(小学館)は、我が子を含む幼女2人を殺害した女性死刑囚の心に迫る犯罪小説。昨年11月の刊行後たちまち大増刷となるなど、反響を呼んでいる。「教誨」は教えさとすこと。死刑囚との面会を続け、刑の執行に立ち会った教誨師も登場する。

本書は実際の事件がモチーフになっていて、構想はデビュー直後からあったそうだ。執筆のため、取材を重ねて数多くの資料に当たったという柚月さん。これまでにないほど書くのが苦しかった、とコメントしている。

最期の言葉の謎

埼玉に住む吉沢香純(よしざわ・かすみ)は、三原響子(みはら・きょうこ)の遺骨と遺品を受け取るために東京拘置所を訪れていた。響子は遠い親戚で交流もなかったが、香純の母親と香純が身元引受人になっていたのだ。

香純は刑務官に「響子さんの最期は、どんな様子でしたか」と訊ねた。響子は取り乱すことなく静かな態度で、最期は遠くを見ながら、「約束は守ったよ、褒めて」と言ったという。

響子は10年前、娘・愛理(あいり)と近くに住んでいた女児が死亡した、2つの事件の容疑者として逮捕された。8年前に死刑が確定し、3日前に執行された。享年38歳。

「ふたりの子供の命を――ひとりは我が子を殺害した響子の気持ちが、香純にはわからない。(中略)ふたりを殺(あや)めた殺人犯が守りきった約束とは、なんなのだろう。」

香純が小学生のとき、青森の本家で法事があった。そこで1度だけ、香純は響子と会ったことがある。当時中学生だった響子は、もの悲しさや儚さの空気を纏(まと)っていた。香純が棒でカエルをつつくのを見て、「かわいそう」「いじめないで」と言った。

逮捕された響子は鬼畜や悪魔のように言われたが、その犯人像と、香純の記憶のなかにいる響子は重ならなかった。事件が起き、死刑が確定し、執行された「事実」は変わらない。ただ、響子の「約束」が気にかかる。響子のことを知りたい――。香純は事件現場となった青森へ向かう。

自分に問い続ける

その日の朝、響子はいつもどおり点検と朝食を終えた。今日は不思議と気分がいいと思っていると、かつかつ......と廊下に響く足音が聞こえてきた。それは響子の部屋の前で止まった。扉が開き、数人が立っている。

「――お迎えだ」。響子は悟った。いつかこうなる覚悟はできていたはずなのに、腰が抜けて立ち上がることができない。独房から出され、教誨室、前室、執行室へ連れていかれる。この状況でもなお、自分に問い続ける。「愛理を愛していた。それなのに、どうして死なせてしまったのか」

響子には「本人でさえわからない戸惑い」があった。殺意はあったのか、本当に自分が殺めたのか、よくわからないのだ。これから死刑に処されると悟り、過去が走馬灯のように蘇ってきた。事件が起きた日のことを思い返す。そして最期まで守り抜いた「約束」を思った――。

響子が誰とどんな「約束」を交わしたのかという謎に、香純の視点から迫るストーリーを予想したが、それだけではなかった。死刑執行当日の響子の視点から語られるパートもあるのだ。

死刑執行のニュースが流れたとき、その事件を思い出すことはあっても、死刑囚は執行直前になにを思うのか、なにか語るのか、執行されたらどうなるのかまでは、想像したことがなかった。死刑囚の、それもまもなく刑が執行される人物の視点に立つのは、衝撃的な体験だった。

善人も悪人もいない

これまでも「事実と真実は違う」ことをテーマに書いてきたという柚月さん。ページが進むにつれて、事件の背後に潜む「真実」が見えてくる。どうしてこんなことに......と思わざるを得ない。

ただ、実際のところ人間には危うい一面があるもの。響子もそれを自覚していて、「一分前に右と思っていたが、直後に左を選ぶこともある。」「人は意図して、ときに意図せず、自分が進む道を決める。」という考えを持っていた。

響子と対話を重ねた教誨師が言った言葉を、ここで引用したい。

「人に、善人も悪人もありません。どちらも心にあるのです。響子さんにも、悪だけでなく善もあった。ただ、ほんの一瞬、善より悪の気持ちが強くなり過ちを犯してしまったのでしょう。それは、殺人とか窃盗といった形ではないかもしれないが、誰にでもあることです。」

ほんの少しの違いで、未来は変わっていたかもしれない。読みながら、静かにずっしりと、人間の不確かさを感じた。本書はあくまでフィクションだが、リアリティのある描写に胸が詰まった。

本書の特設サイトでは、第一章の試し読みができる。

「自分の作品のなかで、犯罪というものを一番掘り下げた作品です。執筆中、辛くてなんども書けなくなりました。こんなに苦しかった作品ははじめてです。響子が交わした約束とはなんだったのか、香純と一緒に追いかけてください」
――柚月裕子

■柚月裕子さんプロフィール
ゆづき・ゆうこ/1968年岩手県生まれ。2008年『臨床真理』で第7回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞しデビュー。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞を受賞。16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。他の著書に、『ミカエルの鼓動』『チョウセンアサガオの咲く夏』などがある。

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