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毎日のごはんから感じるしあわせ 菅野のなさんが伝える素朴だからこそ奥深い料理

  • 2023.4.25

「毎日のごはんから私のしあわせを見つける」を理念に、神奈川県・鎌倉市でオーガニック料理教室「ワクワクワーク」を運営する菅野のなさん。素朴でおいしく、日々のしあわせを伝えている料理教室です。認定講師の育成や食育の講演、レシピ本の執筆など幅広く活動していて、SDGsにも積極的に取り組んでいます。食を通じて、菅野さんが伝えたい思いを伺いました。

●サステナブルバトン4-1

「ま、ご、わ、や、さ、し、い」料理のわけ

――オーガニック料理教室「ワクワクワーク」を開いたきっかけから教えていただけますか。

菅野のなさん(以下、菅野): 幼いころからオーガニック食材が身近だったことが大きいですね。管理栄養士だった母は、私が子どものころから有機農家さんの支援をしていて、家には農家さんから届いた大きな有機米の袋などが積んでありました。そうして毎日食べていた有機野菜の料理が実は特別なのだと気づいたのは、大学を卒業してIT企業に就職してからです。本当に忙しくて疲れがどんどん体に溜まり、体調を崩してしまって。食の重要性を改めて感じ、もともと料理をするのが好きだったこともあり、母と一緒にオーガニック料理教室を始めることにしました。

朝日新聞telling,(テリング)

――教室で教えている料理にはどんな特徴がありますか?

菅野: オーガニック料理教室というと難しくとらえられがちですが、お伝えしているのは素朴だけれど食べた後にほっとしたり、しみじみと美味しかったなと思えたりするような滋味深い料理です。私たちの理念である“毎日のごはんからしあわせを感じる”ためには、手が込み過ぎていたり、レシピや材料が複雑だったりすると続けられませんよね。どこでも手に入りやすいものを使ったシンプルで丁寧な料理をお伝えしています。

受講する方も幅広く、献立の立て方が分からないという料理初心者の方もいれば、ご家族のごはんづくりに疲れてしまって自分の食がおろそかになっているお母さんもいます。お子さんたちが巣立ってしまい、夫と二人暮らしで料理を作る気力が沸いてこないという方も。約半年かけて受講するコースでは、最初のころは野菜の出汁だけで作ったスープを塩気がなく「物足りない」と感じた人も、回を重ねるごとに調味料がなくても野菜本来の旨味が分かるようになります。コンビニやファストフードなどの食べ物は塩気や甘味などが強いので、食べてすぐに美味しいと感じられます。料理教室ではじっくり味わうとしみじみおいしさが感じられるような味を目指しています。素材そのものを味わうことで、繊細な味覚を取り戻せるようになるんです。

――近年、おうち時間が増え健康志向も高まり、身体や環境にやさしい食へ関心を寄せる人は増えていますよね。教室でも教えていらっしゃる気軽に取り組めるヒントとは?

菅野: 食品研究家で医学博士の吉村裕之先生が提唱する“まごわやさしい”は実践しやすいと思います。ま=まめ、ご=ごま、わ=わかめ(海藻)、や=野菜、さ=さかな、し=しいたけ(キノコ類)、い=いも類を摂るとバランスの良い食事になるというものです。ごまとじゃこのおにぎりに、海藻やキノコ、野菜の入った具沢山のお味噌汁があれば、ほとんどが揃いますよね。

常備菜を上手く活用すると時短に繋がります。おかずというときんぴらやひじきの煮物などが定番に思い浮かびますが、キャロットラペや蒸した野菜や塩もみした野菜といった仕込みが簡単なおかずを、普段の1.5倍程度の量を作るだけでも常備菜になります。手軽に常備菜が作れるうえ、食材を余らせず使い切ることにもつながります。

朝日新聞telling,(テリング)

コロナ禍で立ち上げた「おにぎりキャラバン」

――コロナ禍でも食育の大切さを伝えようと、「おにぎりキャラバン」を始めましたね。農林水産省・消費者庁・環境省連携「あふの環プロジェクト」が主催する「サステナアワード2020伝えたい日本の“サステナブル”AgVentureLab賞」を受賞しています。

菅野: はい、これはコロナ禍のステイホームの期間に生まれました。どこにも出かけられず、お子さんと四六時中家の中で過ごすことになった保護者は、私もそうでしたが、食事の準備が大変になりましたよね。そんな時、やはり子育て中のスタッフと、「お昼ご飯を我々と子どもたちが一緒に作ったら喜ばれるのではないか」という話になり、週1回、おにぎりのにぎり方を伝えながらおにぎりにまつわるクイズなどを出す、無料のオンライン料理教室を開くことにしました。作ったおにぎりはそのままお昼ごはんになるので、親としては1食作らずに済むという点も好評でした。次第に、一緒に暮らすおばあちゃんもお話に加わってくれたりして、おにぎりの輪が多世代に広がっていきました。今も月1回開催し、海外の方とも交流しています。

――対象は子どもたちに加え、他の世代にも広がっているのですね。

菅野: 最近は、企業が福利厚生の一環として「ワクワクワーク」のオンライン教室を導入してくださる例も増えています。なかには、今まで1度もおにぎりをにぎったことがないという50代男性もいて、「1回目はうまくいかなかったけど、今回は上手ににぎれた」と、とてもうれしそうに話してくれたことも。

外食やインスタントな味の強い食事を摂りがちな多忙な人ほど、それが身体によくないことは薄々感じていると思うんです。料理や食にあまり関心が高くない人にも参加していただけるようになった今こそ、滋味深い料理を毎日いただくことは10年後、20年後のご自分にとって良いことなのだと広く伝えていきたいですね。

朝日新聞telling,(テリング)

――そうした料理や食育の考え方を伝えていく講師の育成にも力を入れています。

菅野: 滋味深く体にも良い、食べてしあわせになれる料理を広めるのには、母と私だけでは限界があると感じ、2015年から講師養成講座をはじめました。IT企業でコンテンツ制作をしていた経験を活かし講座内容を考案。伝えたい思いや技術をきちんと伝え、習得してもらえるよう、試験の時は例えば焼き菓子の焼き色や食べた時の食感などまで、細かくチェックしています。今では200名以上の講師が、全国で活躍してくれています。

何を選び、どう買い、どう生きていくか

――環境にも身体にもやさしい持続可能な食への取り組みが評価されて、2019年に「かながわSDGsパートナー」に登録されています。

菅野: 開講以来、私たちが日常的に行ってきたことが評価していただけたと感じ、嬉しく思っています。SDGs(持続可能な開発目標)が掲げる未来と、「ワクワクワーク」が大事にしたい思いの根っこは同じだと感じるので、登録をきっかけに教室で何を伝えられるかを改めて考える機会にもなりました。

私たちは、「食べものを大事にする」「食べるしあわせ」「未来への負担を減らす」の3つを特に大事にすることにしました。発信するのは、食べきることの大切さや冷蔵庫の中身を確かめてものを余らせない、捨てない工夫など、これまでも料理教室で伝えてきたことですが、より皆さんに分かりやすく伝えたいですね。

朝日新聞telling,(テリング)

――具体的には、どんな活動がSDGsのアクションにつながっているとお考えですか?

菅野: 「食品ロスへの対応」、「食の研究」、「ひとり親家庭支援」の3つがあります。食品ロスは、買い過ぎや過剰除去を止めることでかなり減らせると思います。野菜の皮むきやヘタ取りなど、何となく続けている人も多いと思いますが、「ワクワクワーク」では、人参や大根などの野菜の皮をむかずに調理する方法を伝えています。皮付近は栄養も豊富なので、捨ててしまうのはもったいないですよね。しかも、ごみも減らせるのでいい事尽くめです。

2021年からは「食育研究ラボラトリー」を立ち上げ、今年は「料理することの意味や意義」についての研究もしています。また、たとえば、「持続可能な農業の追求」や「母と母でつながる家庭の味」など、認定講師の皆さんの関心事を深堀りしてもらい、発表する場も設けています。他の団体などの協力も得ながら、誰かと一緒に料理をしたり、食卓を囲んだり、片づけたりする一連の流れの中で得られる幸せを、様々なデータで示せるようにしたいですね。

ひとり親家庭への支援も、認定講師との会話から立ち上がったアクションです。「物的支援だけでなく、料理教室だからできることを」と考え、お子さん向けのオンライン料理教室を思いつきました。1回目はおにぎり、2回目は炊き込みご飯やお味噌汁づくり、3回目はお鍋でご飯を炊くことに挑戦しました。回を追うごとに子どもたちはめきめき上達していくんです。東京都足立区と熊本県で実施し、手ごたえを感じたのでさらに広めていきたいです。

朝日新聞telling,(テリング)

――活動の内容がどんどん広がっていますね。

菅野: 今回、この連載「サステナブルバトン」のバトンをつないでくださったポラリスのとはそもそも、2017年の国際女性デーに母で起業家のママプレナーが登壇するイベントでご一緒したのがご縁の始まり。多様性のある働き方の創出について真剣に取り組む姿勢や、起業家の先輩として尊敬しています。私たちも認定講師の皆さんやスタッフに自分らしい働き方をしてもらいたいと思っており、刺激もいただいています。そんな憧れの人からバトンが回ってきたので有り難く、喜んでいます。

2019年には神奈川・武蔵小杉でプラスチックフリーの「よっといでマルシェ」を主催しました。オーガニックの農家や地域の人気店などに出店してもらい、ごみや食品ロス問題に関するワークショップなども開きました。超えるべきハードルが多く当時は苦労しましたが、今では「あのマルシェができたのだから、きっとこれもできる」という原動力になっています。

――では、最後に菅野さんにとってサステナブルとは?

菅野: 持続可能な豊かな生活とはなにか…と考えたとき、結局は何を選び、どう買い、どう生きていくかということになるのかなと思います。自分が選んだものは持続可能なものか、いま食べようとしているものは本当に食べたいものなのか。それをきちんと自分で選び取ることは、お金がたくさんあるという物質的な豊かさとは違う、心の豊かさにつながるのではないでしょうか。

たとえば、その時期にしか出会えない旬のものを美味しくいただくことで幸せな気持ちになれたりしますよね。手をかけたシンプルだけど滋味深い料理を食べ続けることが、結局は自分にも環境にもやさしくサステナブルなのかなと。何でも手軽に手に入る世の中だからこそ、家で作って食べるという素朴な幸せを安易に手放さない、そんな未来を作っていけたらいいですね。

●菅野のな(すがの・のな)さんのプロフィール
1979年生まれ、神奈川県出身。東京造形大学デザイン学科卒業後、ITベンチャー企業に入社。独立して起業する人も多く、ここでの経験も踏まえて2007年、管理栄養士の母親とともにオーガニック料理教室「ワクワクワーク」を設立。2015年より講師養成講座を開き、現在までに約200名が同教室の認定講師として活動している。「卵・乳製品なしでもおいしい 今日も手作りおやつをひとつ。」(朝日新聞出版)「はじめての常備菜」「みんなで食べたい時短おやつ」(すべて辰巳出版)など、著書も多数。2人の小中学生の母。

■齋藤大輔のプロフィール
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。

■キツカワユウコのプロフィール
ライター×エシカルコンシェルジュ×ヨガ伝播人。出版社やラジオ局勤務などを経てフリーランスに。アーティストをはじめ、“いま輝く人”の魅力を深掘るインタビュー記事を中心に、新譜紹介の連載などエンタメ~ライフスタイル全般で執筆中。取材や文章を通して、エシカルな表現者と社会をつなぐ役に立てたらハッピー♪ ゆるベジ、旅と自然Love

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