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保証人、敷金礼金不要…月7万円あれば母子で不自由なく暮らせる"豪邸"シェアハウスをつくった女性の挑戦

  • 2023.4.11

シングルマザーとなるかもしれない状況で、もっとも女性を不安にさせるのが「住まい」の問題だ。そんな女性のために始まったシングルマザーのシェアハウスが神奈川・伊勢原にある。運営するめぐみ不動産コンサルティングの竹田恵子さんは「安っぽい空間で惨めな思いをさせたくない」と話す――。

シングルマザーのシェアハウス

ここが、始まりの場所だった――。閑静な住宅街の一角、ベージュのタイルの外壁が高級感を醸す、重厚な造りの邸宅。この豪邸と言ってもいい一戸建てが、めぐみ不動産コンサルティングが手がける、シングルマザーのシェアハウスだ。神奈川県伊勢原市。大山詣での玄関口であり、魚屋、八百屋、肉屋など個人商店が健在な小都市で今、シングルマザー、障がい者、高齢者、子どもなど社会的弱者とされる存在に寄り添い、地域として支え合っていける循環型のシステムが構築されようとしている。

地域社会における、新たな支え合いのロールモデル作りの先頭を走るのが、めぐみ不動産コンサルティング社長の竹田恵子さん(47歳)だ。中肉中背、丸顔いっぱいに笑顔を浮かべ話しかける姿は、伊勢原のまさに“お母さん”。分け隔てなく、何でも笑って受け止めてくれる豪快さに、頼られたら採算度外視で「任せて!」と言うんだろうなーという人柄がにじむ。

シェアハウスに近づいていくと、漠然と抱いていたシェアハウスのイメージが、驚きとともに心地よく覆されていく。

シングルマザーのシェアハウス
8世帯が集う大きな一軒家

恵子さんがナンバーキーで鍵を開けると、重厚な雰囲気の立派な玄関に迎えられた。8世帯それぞれの下駄箱も十分な広さだ。格調高い和風建築で、造りもしっかりしている。玄関入ってすぐの8畳の多目的スペースには、幼児のおもちゃが整頓されて並んでいる。「子どもたちは結構、この畳の部屋で遊んでいますね」と恵子さん。今は、幼児が数人暮らしている。ここは子ども同士の育ち合いの場でもあるのだ。

一軒に8家族が住めるのだから、どれだけの豪邸かがよくわかる。2階建てで、個室が全8室あることに加え、共用のキッチンとお風呂2カ所ずつ、洗面所とトイレが3カ所ずつ存在する。広々とした共用スペースも2カ所。家の中はどこも、ピカピカと清潔だ。それぞれの生活空間となる個室は狭くて4畳半、広い部屋は8畳もある。

それぞれの部屋に鍵がつき、収納スペースも十分だ。個室は日当たりのいい出窓があり、天井も高く、アパートの安っぽさと対極を成す、ゆったりと落ち着ける雰囲気。かばん一つで駆け込んできたシングルマザーと幼い子どもを、ここで一息ついていいんだよと、包み込んでくれるような空間だ。安心して、羽を休めていいんだと。

これこそ、この家を選んだ恵子さんの思いやりであり、優しさだ。安っぽい空間で惨めな思いをさせたくないのだという。

子どもとかばん一つでやってくることができる家

共用キッチンでは家庭ごとに調味料や食品を置く棚やゴミ箱、水切りカゴなどがあり、冷蔵庫もそれぞれの家庭ごとに仕切られている。共用の食器や鍋、調理器具もそろっているため、手ぶらでの入居も可能だ。布団のレンタルもあるため、かばん一つで、子どもの手を引いてやってくればいいわけだ。

共用キッチンでは家庭ごとに調味料や食品を置く棚やゴミ箱、水切りカゴなどがある

賃料は一番広い8畳で4万2000円、他は3万8000円から3万9500円。共益費は2万円と子ども一人に対して5000円の加算。共益費には水道光熱費、Wi-Fi使用料、共用部清掃、ティッシュや洗剤、ゴミ袋など日常品の共同購入代が含まれている。つまり、月に7万円あれば、住まいに関することは全てカバーでき、食費や被服費、子どもに関する出費などの負担だけで生活できる。母子家庭となったばかりの不安定な身には、どれだけ助かることだろう。

それだけではない。同居人は同じシングルマザーや子どもがいることを理解してくれる女性だ。共用スペースは大きなテレビとソファがあるリビングなので、お互いいろいろ話もできる。当事者同士の支え合い、助け合うという精神面でのケアこそ、シェアハウスの強みだ。しかも“伊勢原のお母さん”、恵子さんがきちんといてくれる。子ども同士の育ち合いもあれば、お互いに子どもを預かることも一つ屋根の下だからこそ、大した負担ではない。

いまだに家賃未払いはゼロ

希望者はまず恵子さんと面談をし、恵子さんがこの人なら大丈夫と判断した女性が入居できる。契約に際してはデポジットが要るが、保証人を立てる必要はない。この保証人問題も、シングルマザーにとって大きな足かせとなっている。私自身、シングルマザーになりアパートを探した時に、不動産屋から「母子家庭はちょっと……。ちゃんとした保証人でもいれば」と何件も断られた。

身一つで夫から逃げてくるシングルマザーなど緊急性が高いこともあり、保証人保証会社不要で、敷金礼金なしを貫く。

ただし、男子は小学3年生まで、女子は中学3年までという入居条件がある。

「大きくなるとプライベートスペースが必要になりますし、ここは長くいる場所じゃない。次に行くための、ステップハウスなんだと」

「めぐみハウス」を運営して6年、いまだ、家賃未払いの例はない。

シングルマザーや障がい者が補完し合う循環型システム

現在、8世帯が居住できるシングルマザーのシェアハウスである「めぐみハウス東大竹I」と2世帯が入居できる「めぐみハウスたからの地」の2棟、障がい者グループホームの「ワンダフルライフ」が9棟、無農薬野菜を栽培する広大な畑の「めぐみ農園」、今年6月には障がい者の就労継続支援B型作業所である「ワンダフルワークス」と常設の子ども食堂の機能を持つカフェ「めぐみキッチン」をオープンする予定だ。

これらの拠点は1つで完結するのではなく、シングルマザーや障がい者は畑やグループホームで働くこともでき、無農薬野菜は不動産店舗での販売だけでなく、グループホームやシェアハウスでも使われるという、お互いが補完し合う循環型のシステムとなっている。

さらにオープン予定の「めぐみキッチン」が“地域の居場所”として機能することで、シェアハウスやグループホーム居住者と地域のさまざまな人との交流が可能となり、月曜から土曜は夕方から子ども食堂となるため、子どもの「孤食」が解消でき、親にとっても安心・安全な居場所が出来上がる。何とも、壮大な構想だ。

なんの志もなく飛び込んだ不動産業で花開く

こうした地域に根差した、社会的弱者がつながり支え合うシステムはもちろん、最初から描かれていたデザインではない。全ては7年前、不動産会社を起業したばかりの恵子さん(あえて、多くの方から呼ばれている名で記す)が1棟の家と出会い、シングルマザーのシェアハウスを立ち上げたことから始まる。ここでまかれた一粒の種から、思いもしない構想がどんどん生み出されていった。

強みの一つは、不動産業という業態だ。全ての拠点は、「空き家」がうまく活用されている。掘り出し物の空き家を見つけるのは、地域の不動産屋なら難しいことではない。むしろ老朽化など、さまざまな問題が露呈している今、空き家利用こそ、社会にとっても望ましい。

そしてもう一つ、何よりの強みが、竹田恵子という人間力であり、その揺るぎなきパワーだ。そもそもなぜ、恵子さんはシングルマザーのシェアハウスを始めたのか。なぜ、「儲からない」社会貢献を、事業に掲げたのか。

「何の志もなく、不動産業に入ったっていうのが真実ですね」

「えっ?」と思わず、聞き返した。高校卒業後、初めての就職先は町の電気屋さん。母の知り合いというのが、その理由だ。次が、ペンキ屋の営業事務。この時に中学の同級生と20歳で結婚、21歳で第1子を出産した。その後、製薬関係の卸問屋で営業職に就いていた27歳の時に、第2子を出産した。

たまたま不動産屋の夫を持つ友人から、「手が空いている時に手伝いに来てほしい」と言われたのが、不動産業に関わるきっかけだった。とはいえ、恵子さんの職歴を振り返れば、全て営業だ。

「人と喋るのが好きなんですよ。人と関わる仕事をしていたいなって思っていて、不動産業が自分にとっての本業になっていきました」

「月に47万円」必要に迫られてキャリアアップの道へ

我慢強さを自認する恵子さんだったが、あるとき、自分と夫、夫の従業員3人の確定申告をしていた時、「洗濯をしないと」と夫の作業着を持った瞬間、なぜか、わーっと涙がこぼれ出た。「なんか、もう、ダメだな」とふと思ったという。まるで水面張力を保っていた“我慢の瓶”の水が溢れ出したような感覚だった。ずいぶん後になって、相談に来るシングルマザーやプレシングルマザーの離婚相談から、「あっ、一緒」と自分も過去に我慢をしてきたことを自覚したという。

これをきっかけに、恵子さんは第2子を産んだ3年後、31歳でシングルマザーの道を選ぶことになった。長男は10歳、長女はまだ4歳。離婚後、最初に思ったのは、「子ども2人が20歳になるまで死ねないな」ということだった。そこで、2人が大学まで行くとして、いくらかかるかを計算したところ、生活費と学費、貯金を考えれば、月に47万円が必要だということがわかった。これは、必死に働けなければいけない。半年間、収入が無くても食べていけるだけの貯金を作ることを目標に据えた。

不動産の営業は歩合制なのだが、離婚のゴタゴタで成績が振るわず、収入も貯金も底をつき、夜は駅前のスナックで働くというダブルワークを始めた。「借金しても返す自信がなかったので、借金だけはするまいと思って」

子どもたちには借りてきたDVDを与えて、夜は2人で過ごす日々となったが、「夜の一人暮らし」に、10歳の長男が音を上げた。

「もうダメ。だから、やめて」

涙ながらの訴えに、恵子さんは長男を抱きしめて泣いた。

「うん、じゃあ、もう、やめるね」

昼も夜も本気で働き軌道修正をしたところ、不動産の成績はぐんと上がり、夜の仕事を3カ月で辞めることができた。歩合がいい時は、月47万円は容易くクリアできた。やっぱり、この仕事が好きだと恵子さんは思う。

児童扶養手当はいらないと奮起 マイホームも購入

「不動産の営業は面白いですね。最初にヒアリングをして、その家族がどういう生活をしているかなどを聞いて、その家族になりきって物件を探すんです。それがすごく好きなんです。ある程度絞ってご案内すると、大体そこでもう、ドンピシャってなることが多くて」

業者同士の土地売買や建売業者が土地をまとめて購入する場合などは1億円を超える取引の仲介を行うこととなり、大きな収入となる

「だから、児童扶養手当の限度額を超えちゃうんです。でも、そこを気にしていたら、それ相応の金額にしかならない。児童扶養手当は要らない、それよりどんどん稼ごうと」

34歳の時に「年金代わりになればいいな」と、アパート1棟を買った。個人融資を受けようと十数行の銀行を回ったが、「しょせん、女だからね」と相手にされない。こうなるとがぜん、燃える恵子さん。最終的には国民生活金融公庫から2600万の融資を受け、アパートを購入。月24万ほどの家賃収入を得ることとなった。これで毎月8万から10万ぐらいが手元に残り、貯金に回すことができた。

翌年、自分にもし何かあったらと賃貸暮らしが心配となり、35歳で家を建てた。シングルマザーはなかなか住宅ローンが通らないものだが、2950万の融資を受け、自分の貯金も使って3200万円でマイホームを建築した。

「家賃を払っているよりいいだろうし、自分がもし死んでも、住むところと多少の生命保険があれば、きっと誰かが子どもの面倒を見てくれるだろうと思いました」

不動産の世界で起業 子どものための定期預金が夢つなぐ

順調な会社員人生を捨て、自ら起業しようと思ったのは、やはり子どものことだった。

「営業は売れている間はいいけど、年を取ればそんなに売れなくなるだろうし、そうなったら会社って面倒見てくれない。子どもを育てているのに、ポイッと捨てられたらたまらない。自分の食い扶持を、ちゃんと自分で確保できるようにしないと」

この時、恵子さんは39歳。2016年2月、「めぐみ不動産コンサルティング」をオープンした。宅地建物取引士の免許を持つ女性社員を雇い、2人でスタートした。起業するからには、勝算はあったのか。

「やっぱりそれなりに売れていたし、営業成績は悪い方ではありませんでした。いい不動産の仲間がたくさんいて、『こんなの、あるよ』と何かと仕事をつないでくれて」

仲間からいい物件があると紹介され、恵子さんにはこの家にピッタリなお客がいる。物件を買って売れば利益になることがわかっていても、融資を受けなければ無理な話だ。

「前の会社で付き合いのあった銀行マンが遊びに来て、この物件の話をしたら、上に聞いてみますと、融資が下りたんです。不動産業って、起業してすぐって融資が出ないんです。運がいいというか、オープン2カ月で2000万の融資が下り、その物件は利益が大きかったので助かりました」

この奇跡的な融資を可能にしたのは、恵子さんがシングルマザーになった時から、子どものためにとコツコツと積み立ててきた定期預金のおかげだった。

「下の子が4歳、大学費用が400万かかるとして、それを14年間で貯めるには月々幾らかを計算して、5000円の定期預金にする。こんな小さな定期積立の証書が、上の子の分含めて10枚ぐらいありました。その信用があったんですね。この人なら完済するだろうと」

定期預金を分けていたのは、何かあったときでも全ての貯金を崩すことがなくてよいという考えからだったが、それが功を奏したのだ。

めぐみ不動産社長の竹田恵子さん
めぐみ不動産コンサルティング社長の竹田恵子さん
シングルマザーの貧困を知り、自らできることを探す

この金銭に関する、見事なまでの計画性はどこから来るのだろう。恵子さんのふわっと柔らかで、天然っぽい雰囲気からはとても想像できない。堅実で、一度決めたことはきっちり貫き通す胆力に、同じシングルマザーとして、穴にも入りたい気持ちだ。

「最初の年はすごく売り上げが良くて、割ととんとん拍子に行きました。半年で3000万、売り上げましたから」

税金に持っていかれるぐらいなら、やってみたいことがあった。それが全ての始まりとなる、シングルマザーのシェアハウスだ。きっかけは会社員時代に、子ども食堂のニュースを見たことだった。

「まさか、まともに食べられない子どもがいるなんて……」

子どもの貧困は、親の貧困だ。2人に1人のシングルマザーが貧困にあえいでいるのが、この国の紛れもない実態だ。シングルマザーの貧困がここまで進んでいることに、衝撃を受けた。自分は歯を食いしばって貧困に捕まえられないよう、必死で頑張ってきた。だけど、多くのシングルマザーの子どもたちは食事を取ることができないほど苦しんでいることを知った。

「はっと、気がついた。世の中がこんなになっていることに、何とも言えない気持ちになりました。最初、子ども食堂をやって社会貢献をしたいと思ったんですが、今、私がそれをやると、うちの子たち、食べていけない」

恵子さんの心に、「社会貢献」という意識が芽生えたのはこの時だ。

「私ができることって何だろう。不動産業という私の仕事と、この業界の中での大きな課題である空き家。だったら……」

“恵子さんマジック”が、ここから始まる。(後編に続く)

黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)
ノンフィクション作家
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。

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