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万引きで野菜を盗んだのは節約したくて…夫に先立たれた80代女性は生活に困ってもいないのに3度も刑務所へ

  • 2023.4.5
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同居家族がいないなど、孤独な境遇の高齢者が増えている。年金などの社会保障制度を取材してきた猪熊律子さんは「万引きを繰り返し3度刑務所に入った80代女性もいる。低賃金・低年金になりがちな女性がハッピーになる仕組みを早くつくらないと、困窮や孤独から刑務所に居場所を求める“貧乏ばあさん”が増え続けることになりかねない」という――。

※本稿は、猪熊律子『塀の中のおばあさん』(角川新書)の一部を再編集したものです。

高齢者人口のピークは2042年で約3900万人

国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、高齢者人口(65歳以上)のピークは2042年で、3935万2000人。高齢化率(全人口に占める65歳以上の割合)は、2022年時点の29%から、2060年代には38%まで上昇する見込みだ。

長寿化も進んでいて、2021年の平均寿命は男性が81.47歳、女性が87.57歳。男性の平均寿命は2050年には84歳を超え、女性の平均寿命は2045年には90歳を超えると推計されている。また、2020年に65歳の男性の37%、女性の62%が、90歳まで生きると見込まれている。

100歳以上の長寿者も増えている。2022年は9万526人で、初めて9万人を超えた。女性が89%を占める。国の推計では、ピーク時には100歳以上(男女計)が71万7000人(2074年)と、現在の徳島県の人口とほぼ同じ程度にまで増えるというから驚く。

2045年には「おばあさんの世紀」がやってくる

「おばあさんの世紀」という言葉をご存じだろうか。2045年には、総人口に占める65歳以上の女性の割合が2割を超すと推計されている。つまり、65歳以上の「おばあさん」が、日本中にたくさんいる時代が来ることを指した言葉だ。

名付け親の1人、評論家でNPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長の樋口恵子さんは、「全人口の2割といえば、社会に影響を与え得る相当なボリュームといえる。その時代に、自立して生き生きしたおばあさん(HB=ハッピーばあさん)がたくさんいるか、貧しくて孤独なおばあさん(BB=貧乏ばあさん)がたくさんいるかで、日本社会の様相は随分違ってくる。BBからHBを増やす社会にすることが必要だ」と主張する。

確かに、低賃金・低年金になりがちな女性が「HB」となる仕組みを早くつくらないと、困窮や孤独から刑務所に居場所を求める「BB」が後を絶たないことにもなりかねない。

ここで1人の受刑者の話を紹介したい。

有刺鉄線
※写真はイメージです
80代で入所3度目の女性による衝撃の告白

刑務所に入ったのは今回で3度目です。ここに来てから1年半ほどになります。罪名はみんな窃盗、万引きです。

盗んだのは食品。野菜もんであったり、おかずであったり……。スーパーなどでね。

スーパーマーケット
※写真はイメージです

最初に万引きをしたのは、70歳を過ぎてからだったと思います。お店から注意されることで済んでいたのが、だんだんエスカレートして、保護観察となり、その次は執行猶予に。とうとう刑務所に入るようになってしまいました。

子供は3人おりますが、一緒に住んでいた子供も、近くに住んでいた子供も、驚いたと思います。そんなことをする人間だとは、誰も思っていなかったと思います。年金もあるし、生活も困っていたというわけではありません。子供たちとの関係も良かった。人からいわしたら、まあ、もったいない、恵まれているのに何でと思われるかもしらんけどね。本当に、してはいかんことをしたなと思っております。

夫に先立たれ寂しくて万引きしてしまった

なぜ万引きをしてしまったのか。ここに入ってから、部屋で、ずうっとそんなことばっか考えているんですけど、やっぱり、寂しさがあったのかなと思う。時間が余り過ぎていて、孤独が中心にあったんじゃないかと思います。

息子がお嫁さんをもらって、邪魔したら悪いと、自分から遠のき、あまり会わないようにしました。そうすることで、少しでも自分をいいように見せたかったんでしょうね。そうしたことが悪の道に、万引きに走らせたような気がします。

そもそも、主人が60歳近くになったときに、突然、亡くなってしまったんです。とてもまじめな人でした。元気だったのに、突然、会社から電話がかかってきて。心不全みたいな感じやね。主人は年上です。山登りをはじめ、いろんな趣味をいつも一緒にしていました。私は主人に頼っていたもんで、昨日と今日とで世界が変わり、しばらくはぼーっと、糸が切れた凧のような感じになっていました。

シニアカップル
※写真はイメージです

主人が亡くなってから、1人でいるとなんかヘンなことになるような気がして、シャンソンを習うなど、いろいろなことをしていたんだけれど。

一度だけでなく二度、三度もやってしまったのは、やっぱり寂しさというか、自分に強靱きょうじんな精神がなかったからなんやろね。

節約したいと思うあまり食品を盗んだ

今思うと、お金を使うのがもったいないという気持ちも走ったと思うわ。お父さんもおらんなったし、老後のことを思うと、節約したいという気持ちが働いて。見つかるとか、見つからんとか、そんなことすら考えんで盗った。自分で自分がわからんわね。

今回の3度目の窃盗については、きょうだいが亡くなったことも大きいと思うわ。とてもショックで。いつもうちにきて、食べる物を一緒に買い物して。いつも電話がかかってきて、今行くねとか。仲の良いきょうだいだったので。

子供たちとは一時、関係が悪くなったけど、今は罪を償って戻ってくるのを待つといってくれています。もちろん、これを最後にして下さいといわれていますが。窃盗は病気のせいじゃないかともいってくれて。出たら、協力してくれるといってくれてます。

刑務作業を真面目にやって出所したい

そういうことをいってもらえて、私も本当に、今まで以上にここでの刑務作業に集中しています。今は、洋裁をする工場にいるんですが、洋服の柄にも今まで以上に気を使って製品を仕上げています。

最近、受刑者がつけるバッジの色がピンクになったんです。バッジは全部で5色あって、行いが良いと色が変わります。良い行いをしていると、家族と面会する回数が増えたり、手紙をやり取りできる回数が増えたりします。バッジがピンク色になったのを見て、ああ、一生懸命まじめに生きていれば、それを刑務官の先生方はきちんと見てくれているんだなと思い、それは嬉しく思いました。だから、世の中に出てもコツコツまじめに生きなければと強く反省しました。

今、夜に眠れん日が多くて、体がやせてきて、面会に来るたびにみんなが心配して。食べ物はきちっと残さず食べとるんです。あったかい汁気のあるもんをもっと食べたいとたまに思いますけど。

でも、先生方はりっぱな人ばかりで教えられることが多いもんで、いやなことは別にありません。精神統一して頑張っていくことが大事。社会に出て役に立ちたいと思いながら、毎日を過ごしています。ここで一生懸命、償いながら働かしてもらって、頑張って帰らんならんと思っています。

(2018年11月、岐阜県の笠松刑務所で)

節約意識が働くのは経済的な不安が大きいから

落ち着いた話しぶり。刑務所に入るまでは、品良く年齢を重ねてきた雰囲気が漂う。

この受刑者の場合、経済的には恵まれていて、「貧困」「困窮」ではなかったが、「節約」の意識が強かった。

女性は就労期間が短く、低賃金・低年金になりがちな反面、男性に比べて長生きだ。既に「老後」といえる状態にある者でも、「さらなる老後」における経済不安・生活不安は強く、できるだけ生活費を抑えたいという気持ちが湧いても不思議ではない。

また、この受刑者の話には「寂しい」という言葉が何度も登場した。心を許していた夫や、きょうだいに先立たれた影響も大きいと見える。

法務総合研究所の調査では、万引きの背景事情として「心身の問題」「近親者の病気・死去」が高齢女性では目立つと分析されている。

インタビューしたほかの高齢受刑者の中には、万引きの理由として、「胸のドキドキが忘れられなくて何回も万引きをした」(福島刑務支所、70代)と話す者もいた。「スリルを味わいたい」「ストレスを解消したい」という気持ちも、累犯者に共通しているようだ。

【図表1】起訴猶予率(罪名別、年齢層別)
出所=法務省「令和3年版犯罪白書」
なぜ野菜を盗むぐらいで刑務所に入れられるのか

ところで、盗んだものが野菜やおかずだと読んで、「そんな少額の万引きでも刑務所に入るのか」と疑問に思われた読者がいるかもしれない。

被害金額5000円未満程度で、その他の特別な要因がない場合、万引きをしていきなり刑務所行きになることはまずない。「微罪処分」といって、書類のみの処理として、警察が注意し、検察庁に報告して終わりになるのが普通だ。

猪熊律子『塀の中のおばあさん』(角川新書)
猪熊律子『塀の中のおばあさん』(角川新書)

しかし、微罪でも二度、三度と繰り返すと話は違ってくる。検察庁に送致され、検察段階では、起訴される前に「起訴猶予」という仕組みがあるが、それでも犯罪を続けていると起訴されて裁判になる。裁判段階でも「執行猶予」という仕組みがあるものの、万引きを続けていると実刑判決を受け、刑務所に来ることになる。

万引きをする高齢女性が刑務所に来るケースが増えている背景として、盗犯等防止法の「常習累犯窃盗罪」の存在を指摘する声もある。常習性のある窃盗者の刑を重くする規定で、過去10年以内に窃盗罪などで懲役6カ月以上を3回以上言い渡された場合、新たに窃盗罪に問われると、3年以上の有期懲役になる。

執行猶予の条件は懲役3年以下などのため、常習累犯窃盗罪になると実刑を免れにくくなる。このため、少額の窃盗を繰り返す累犯者が刑務所に長期間入る要因になっている。実際、この規定の適用により、「2円相当」の封筒を盗んだ罪で、3年の実刑判決を受けた60代の女性がいた。今回、インタビューの内容を紹介した受刑者は、この常習累犯窃盗罪に問われているのだ。

猪熊 律子(いのくま・りつこ)
読売新聞東京本社編集委員
1985年4月、読売新聞社入社。社会保障部長を経て2017年9月、編集委員に。専門は社会保障。1998~99年、フルブライト奨学生兼読売新聞社海外留学生としてアメリカに留学。スタンフォード大学のジャーナリスト向けプログラム修了。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。著書に『#社会保障、はじめました。』(SCICUS)、『社会保障のグランドデザイン』(中央法規出版)、共著に『ボクはやっと認知症のことがわかった』(KADOKAWA)など。

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