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【トランス論争を解説】世界で何が起きている? 『ハリポタ』作者の主張、専門家の見解、政治家の思わく

  • 2023.4.3

アメリカとイギリスを発信源に世界で起きているトランス論争。中心人物のひとりである、『ハリー・ポッター』の作者J・K・ローリング氏は、「トランスフォビック」と批判する人もいれば、「女性の権利を守っている」と支持する人もいる。双方の見方がここまで異なる理由とは? 実際にどのような主張がされているのか? トランスコミュニティに何が起こっているのか? 専門家の見解などと共に騒動を解説する。

「性別」に関する根本的な考え方の違い

近年のトランスジェンダーの人々を取り巻く騒動を考えるには、まずは、ジェンダー・クリティカル派トランス・インクルーシブ派根本的な考えの違いを理解する必要がある。

生物学的な性別(sex)は変えられない。これは双方に共通している認識。意見が大きく分かれるのはこの先だ。

トランス・インクルーシブ派の考え

トランス・インクルーシブ派は、生物学的な性別(sex)と社会的な性別(ジェンダー)は異なるものであり、生物学的な性別は変えられないがジェンダーはそれぞれが自認するものであると考えている。つまり、生物学的には男性でも性自認が女性の場合は女性、生物学的には女性でも性自認が男性の場合は男性ということになる。この考えは「トランス・インクルーシブ」のほか、「ジェンダー・アファーミング」や「ジェンダー・ポジティブ」といった表現で呼ばれている。

ジェンダー・クリティカル派の考え

ジェンダー・クリティカル派は、社会的な性別(ジェンダー)の存在を否定している。生物学的な性別は変えられず、本人の意思で性別は決まらないと考えている。つまりトランスジェンダーであっても、生物学的に女性ならば女性、生物学的に男性ならば男性ということになる。この考えはジェンダー・クリティカルと呼ばれており、J・K・ローリング氏はここに属するとされている。

画像: J・K・ローリング氏はジェンダー・クリティカル派に属するとされている。
J・K・ローリング氏はジェンダー・クリティカル派に属するとされている。

ジェンダーに対する専門家たちの見解

生物学的な性別とは異なるジェンダーの存在について、医学界の見解はどうなのだろうか? 国連WHOのほか、全世界の医師を代表した国際連合世界医師会、医師や医学生で構成された米団体アメリカ医師会、世界最大の精神科団体アメリカ精神医学会、アメリカで大半の小児科医が会員となっているアメリカ小児科学会など、主要な医療機関はジェンダーの存在を認めており、当事者のジェンダー自認を尊重すべきであるとしている。

ジェンダー・クリティカル派はなぜ「トランスフォビア」と呼ばれるのか?

では、J・K・ローリング氏をはじめとしたジェンダー・クリティカル派はなぜ「トランスフォビア」と呼ばれるのか? それを知るためには、まずは「トランスフォビア」という言葉の正しい定義を理解する必要がある。

トランスフォビア/トランスミシアの定義

「トランスフォビア」の定義に関しては、性と生殖に関する医療サービスを提供しているプランド・ペアレントフッドの解説を引用したい。

ちなみにプランド・ペアレントフッドは、医学的に「フォビア=不安障害」を意味するため、「ミシア=嫌悪」を使って「transmisia(トランスミシア)」と呼ぶのが適切であるとしている。ただ、トランスフォビアとトランスミシアは基本的に同じだとしている。

トランスミシア(トランスフォビア)とは...

・トランス、ノンバイナリー、およびジェンダー・ノンコンフォーミングの人々に、ネガティブなステレオタイプを与えたり害を与える態度、信念、行動、または政策

・彼らのアイデンティティの妥当性を否定する態度、信念、行動、または政策

・彼らを人間以下の存在と見なす態度、信念、行動、または政策

・彼らをケアや尊敬に値しない存在として扱う態度、信念、行動、または政策

まず、トランス男性は男性ではない、トランス女性では女性ではないとすること、つまりトランスジェンダーの人々のジェンダー・アイデンティティを認めないことがトランフォビアに該当するとされている。

また、詳しい内容はこの後説明するが、トランスジェンダーの人々に対する誤ったステレオタイプを助長して害を与えているという点もトランスフォビックな行為とされており、ローリング氏らはこの点においてもトランスフォビックだと批判されている。

J・K・ローリング氏の6つの主張と反対意見を総まとめ

『ハリー・ポッター』作者のJ・K・ローリング氏は、この論争について2万字を超えるエッセイを公開したほか、頻繁にツイートも行なうなどして、ジェンダー・クリティカル派の“顔”とも言えるほど中心人物になっている。そのため、ここでは彼女の6つの主張をもとにジェンダー・クリティカル派の主張を見ていく。

先に明確にしておくが、ローリング氏は、トランスジェンダーの人々に対して「きらい」や「普通じゃない」といった類の言葉を言ったことは一度もない。逆に、トランスの人に対しては好意があると主張している。ただ一方で、女性の権利を擁護すると言っておいて女性に差別的な法律を制定する政治家がいるように、“好意の主張”や“嫌悪の自覚の欠如”は“差別しないことの証拠”にならないことは多くの人が知っている。それは、実際の言動から見ていくしかない。では、ローリング氏の主張とは? 主なものを取り上げる。

画像: J・K・ローリング氏の6つの主張と反対意見を総まとめ

① トランス女性は女性ではない、トランス男性は男性ではない

「好きな服を着ればいい。好きなように名乗ればいい。同意してくれる成人と好きに寝ればいい。平和で安全な、最高の人生を送ればいい。でも、性別は本物であると発言した女性を職から追いやるなんて」(2019年12月のツイートより)

上記のツイートは、マヤ・フォーステーターという女性がトランス女性を「男性」と繰り返し呼ぶなどの行為を理由に仕事から解雇された件で、フォーステーター氏を支持するために投稿されたもの。

ジェンダーの存在そのものを否定する多くのジェンダー・クリティカル派とは違って、ローリング氏は「ジェンダー・アイデンティティは無数にある」ものの、男女別の空間や制度を考えるときに「性自認」が認められるべきではないという主張をしている。ややこしいかもしれないが、ただこれは結局のところ、トランス女性は女性ではない、トランス男性は男性ではない、ということに繋がる。トランスの人の性自認を認めない行為は、Planned Parenthoodがトランスフォビアとする「アイデンティティの妥当性を否定する」行為にあたるとされており、ローリング氏のそのスタンスには、映画『ハリー・ポッター』や『ファンタスティック・ビースト』のキャストらからも反対意見が出る結果となっている。

画像: 映画『ハリー・ポッター』の主演トリオは、トランス女性は女性、トランス男性は男性であるとしている。
映画『ハリー・ポッター』の主演トリオは、トランス女性は女性、トランス男性は男性であるとしている。

② ジェンダー認定証明書の取得を簡易化してはならない

「手術もホルモン剤も使わないで、ジェンダー認定証明書を取得し、法律上は女性となることができます」(2020年6月のエッセイより)

「男性の身体を持つ人の間で、これまで女性専用だった公衆トイレ、更衣室、レイプ支援センター、家庭内暴力保護施設、病棟、独房などの女性用スペースに入る権利をより強く主張する人が増えるでしょう」(2022年10月のThe Timesへの寄稿より)

ローリング氏がここで触れる「ジェンダー認定証明書」とは、スコットランドで進められてきた、法律上の性別変更の手続きを簡易化する制度のこと。ローリング氏やジェンダー・クリティカル派はこの制度に強く反対しているが、政治家やフェミニスト団体からは、そもそもの認識が間違っていると指摘されている。

法律上の性別変更の際に必要なジェンダー認定証明書(GRC)の取得を簡易化する制度は、スコットランド政府が約6年にわたり協議を進めてきたもの。新しい案では、ジェンダー認定証明書の取得年齢が16歳に引き下げられ、現在必要とされている性別違和の診断も不要となり、自己申告制となる。また、申請前に性自認と同じ性別で暮らす期間がこれまでの2年から3ヵ月(16~17歳は6ヵ月)へと短縮され、申請後の3ヵ月は申請を取り消せる待期期間となる。虚偽の申請をした場合には最大2年の禁固刑が科せられる。

ヨーロッパでは、自己申告制(通称セリフID)で法律上の性別変更を可能とする制度の導入が広がっている。2010年に欧州評議会にて手術やホルモン療法を求めることなくトランスの人々の権利を保証するよう加盟国に求める決議が採択された後、2014年にデンマークがヨーロッパで初めて自己申告制で法律上の性別変更を可能とする制度を導入。その後、ノルウェー、スイス、ベルギー、ギリシャ、アイルランド、スペインなどで続々と同じような制度が導入されており、スコットランド政府も約6年にわたり検証を続け、アムネスティ・インターナショナルのほか、国内の女性の権利団体であるEngender、Close the Gap、Zero Tolerance、Scottish Women’s Aid、Rape Crisis Scotland、Scottish Women’s Rights Centreなどの支持を得て、法案を提出した。

しかしローリング氏や、女性の権利団体For Women、Glasgow and Clyde Rape Crisisの元マネージャーなどは、簡易化によって“制度を悪用するシス男性が女性専用スペースに入ってこられるため女性の安全を侵害する”と反対している。

それに対し、スコットランド政府であるスコットランド国民党(SNP)や法案を支持するフェミニスト団体とLGBTQ+団体は、そもそもの認識に誤認があり、ローリング氏らの主張はトランスフォビアに繋がる誤解を拡散させていると批判している。

例えばトイレや更衣室で言えば、スコットランドでは現在、ジェンダー認定証明書の提示なしで自分の性自認に沿ったものを使えるため、この法案改正はあくまでトランスの人のために制度を改良するだけであり、シス女性にとっての現状を変えるものではないとSNPらはしている。

レイプやDV被害者のための女性シェルターに関しては、Rape Crisis ScotlandやScottish Refugee Councilを含む10以上の支援団体が、「正当な懸念がある場合は個人を除外できる強固な安全対策」を取り入れることで「スコットランドのレイプ被害者支援活動では、この15年間、何の問題もなくトランス・インクルーシブなサービスを提供してきました」としており、「女性の権利とトランスジェンダーの権利が対立しているという認識」は間違っていて危険であると声明で語っている。

また刑務所に関しては、“私は女性ですと言えば女子刑務所に入れる”という主張も事実誤認だとSNPはしている。SNPのポリシーでは「(受刑者が)現在生活している性別を反映させる」となってはいるが、一件ごとに本人と周囲の安全を考慮したうえで慎重に配置が決められると強調しており、「犯罪で有罪判決を受けたトランス女性が女性刑務所に行ける自動的な権利を持っているわけではない」と、スコットランドのニコラ・スタージョン元自治政府首相はBBC Radio Oneの番組で明言している。

画像: 2023年までスコットランド自治政府首相を務めたニコラ・スタージョン氏にとって、GRCの改革は、賃金格差の是正や女性の就労支援などと並び、任期中に力を入れてきた政策。
2023年までスコットランド自治政府首相を務めたニコラ・スタージョン氏にとって、GRCの改革は、賃金格差の是正や女性の就労支援などと並び、任期中に力を入れてきた政策。

加えて、とくに刑務所に関しては、英国心理学会もシス男性による制度の悪用を懸念する調査報告をしているため、スコットランド政府は、フェミニスト団体やLGBTQ+団体、刑務所と協議を続けながら、慎重に制度の分析・調整を続けているという。例えば2023年には、女性2人をレイプして逮捕された後にジェンダー移行したアイラ・ブライソンが72時間の評価期間中に女性刑務所の独房に入れられていたことが物議をかもし、その後の調査で「他の囚人とは一切接触していない」ため「刑務所の管理下にある女性たちが危害を受ける危険性はなかった」とされたものの、今後は収容方法に関係なく、「有罪判決を受けたり、再拘留されたりしたトランスジェンダーの囚人は、まずは出生時の性別に見合った施設に収容」される方向へと制度が見直された。

英司法省が2020年に発表したデータによると、イギリスとウェールズの男性刑務所でトランス女性が性的暴力を受けた数は2019年の1年間で11件。イギリスの女性刑務所でトランス女性が性的暴力の加害者だった数は、2010年からの性的暴力事件の合計122件中5件。トランス・インクルーシブ派からは、刑務所内での女性に対する性被害をなくすためには、シス女性だろうがトランス女性だろうが、女性に危害を与える受刑者をほかの女性受刑者から離す方法を模索するのが適切であり、トランス女性の加害にばかり焦点を当てることはトランスフォビアだと批判されている。

さらに、ローリング氏は刑務所について語る時にThe Timeが2022年1月に掲載した「Trans prisoners ‘switch gender again’ once freed from women’s units」という記事をツイッターで何度も引用しているが、本記事はファクトチェック団体のLogicallyに「(引用した論文から)ネガティブな経験を都合良く選び、ポジティブな経験を完全に排除」するなどして「多くの有害な虚偽の記載を行なっている」と指摘されている。

③ 反対派から深刻な人権侵害を受けている

「何百人ものトランス活動家が、私を殴り、レイプし、暗殺し、爆破すると脅迫しています」(2021年のツイートより)

J・K・ローリング氏に対して行き過ぎた誹謗中傷があることは紛れもない事実。彼女の発言が差別を助長して、現実世界でトランスジェンダーの人々に対する殺人や暴行が増えているとする意見はあるが、どんな理由があっても、彼女に殺害予告を送ったり、自宅前まで行ったりする行為は正当化されない。

そしてそれは両サイドに言えること。2021年には、ローリング氏にツイートをスクリーンショットで引用されたトランス・インクルーシブ派がアカウントを削除するほどの誹謗中傷を受けたこともあれば、2022年8月~11月の間だけで24の異なる病院や医療提供者に対する「オンラインでのハラスメント」がHRCの調査で確認された。

行き過ぎた誹謗中傷に及んでいるのはどちら側も一部ではあると推測するが、これらの行為にプラスはひとつもないことを自覚しなくてはいけない。

画像: エディ・レッドメインはローリング氏に対する「酷く悲惨な中傷」と「オンラインでも実社会でも、トランスジェンダーの人々へ向けた酷く激しい攻撃」があることに苦言を呈している。
エディ・レッドメインはローリング氏に対する「酷く悲惨な中傷」と「オンラインでも実社会でも、トランスジェンダーの人々へ向けた酷く激しい攻撃」があることに苦言を呈している。

④ 女性専用エリアで女性や少女の権利が侵害されてしまう

「自分が女性であると信じたり感じたりしている男性にトイレや更衣室を開放すると、中に入りたがっている全男性にその場を開放していることになります」(2020年6月のエッセイより)

「安全対策やサービスの提供、スポーツのカテゴリーなど、現在、女性や少女が法的権利や保護を受けている領域において、性別や性自認が決定の根拠となるべきか」(2021年11月のツイートより)

ジェンダー・クリティカル派の主張は、トランス女性が女性専用エリアを使うことを許可すると、制度を悪用した男性による加害が増加してしまうということ。さらにスポーツに関しては、身体的な優位性を活かしてトランス女性がシス女性から勝利や奨学金の機会を奪ってしまうとされている。

女性専用の空間については、その空間の特徴や状況、さらに地域ごとの特性を考慮してそれぞれの場面に適した議論をしていく必要がある。そのためにも、事実や状況を正しく認識し、誤解をはらむ情報の拡散を避け、不適切なブランケット・バン(全面禁止)に繋げないことが求められている。

例えば、女子トイレ。女性が女子トイレで男性から性被害を受ける事件は起きている。そして数は少ないが、女性が女性から性被害を受けた事件も過去にはある。トランス論争での焦点は、トランスジェンダーの人々が性自認と同じトイレを使用できる場合にその被害が増えるかどうかだが、例えば、約20の州と約250の自治体でトランスの人がジェンダー自認と同じ公共施設を使えているアメリカでは、すでに導入されている州のデータより、トランス・インクルーシブな政策とトイレの安全性に関連性はないという調査結果が出ている。後者の調査を行なったUCLA法科大学院ウィリアムズ研究所のAmira Hasenbushは、「ジェンダー・アイデンティティを保護する公共施設法の反対派は、しばしば、この法律が女性や子どもを公共トイレで攻撃されやすい状態にすると主張します。しかし、この研究は、これらの事件は稀であるうえ法律とは無関係であるという証拠となります」とした。この調査結果からは、トイレ内での性被害を減らす解決策はトランスの人々を排除することではないことが分かるが、アメリカの保守的な州では、そういったデータを無視し、恐怖を煽るような情報だけを切り取って、学校など公共の施設でトランスジェンダーの人々が性自認に沿ったトイレを使うことを制限する法律が次々と提案・制定されている。ちなみにアメリカでは、性自認に沿ったトイレを使えない学校に通うトランスの10代は、そうでない者よりも性暴力を受ける危険性が高い(4割弱が過去12か月で性被害を経験したと回答)という調査結果がある。

トランスジェンダーの人々のトイレからの排除については、バラク・オバマ元米大統領は「(性自認に沿ったトイレの使用禁止は)間違っていて、覆すべきだ」と、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス米議員は「みんなが大人になって、きちんと手を洗って、他人を攻撃するのではなく自分のことだけに集中していれば、トイレの話などする必要はない」と批判している。

ほかにも、例えば“生まれた時に割り当てられた性別が男性であるトランスジェンダーの女子生徒がシス女性から勝利や奨学金の機会を奪ってしまう”という保守派議員たちの主張が、(※この主張をする議員たちの問題点は後述する)、身体的な性差のない幼稚園年長のトランス生徒のスポーツ参加も制限するブランケット・バン(全面禁止)に繋がったり、トランスだと“疑われた”女子生徒は性器のチェックを受ける必要があるという項目が提案されたりと、米国小児科学会やアメリカ心理学会といった医療機関やACLUのような人権団体から強く批判が出る動きが多発している。

画像: アレクサンドリア・オカシオ=コルテス米議員は、2021年3月のインスタグラムライブで、「州のレベルでトランスの人権に対する攻撃が全米で起こっています」と警告した。
アレクサンドリア・オカシオ=コルテス米議員は、2021年3月のインスタグラムライブで、「州のレベルでトランスの人権に対する攻撃が全米で起こっています」と警告した。

⑤ トランスの人々に嫌悪感情は持っていない

「トランスの人たちは、保護が必要であり、保護に値します。女性同様、性的パートナーに殺される可能性が最も高いのです。性産業で働くトランス女性、特に有色人種のトランス女性は、特に危険にさらされています。私が知っている他の家庭内虐待や性的暴行の生存者と同様に、私は男性から虐待を受けたトランス女性に共感と連帯感しか感じません」(2020年6月のエッセイより)

「私は、すべてのトランスジェンダーが、自分にとって本物で快適だと感じる生き方をする権利を尊重します。もしあなたがトランスであることを理由に差別されたとしたら、私は一緒にデモで行進します」(2020年6月のツイートより)

ローリング氏はトランスの人々へのリスペクトがあるとしているが、LGBTQ+コミュニティからは懐疑的な声が強い

ヨーロッパ最大のLGBTQ+団体Stonewallやアメリカ最大のLGBTQ+権利団体HRCなどは、ローリング氏がトランスジェンダーの人々の偏見や差別を助長するような誤解を与える情報を拡散し続けていることを強く批判している。ローリング氏が親密な関係を持つLGBTQ+団体にはLGBアライアンスがあるが、同団体のイギリス支部はロンドン・プライドの主催者Pride Londonに「ヘイトグループ」とされており、さらにアイルランド支部も「ヘイトグループ」として認定されている。

また、ローリング氏は2020年に「トランスであることを理由に差別されたとしたら、私は一緒にデモで行進します」と明言しているため、2022年にイギリス政府がトランスジェンダーに対するコンバージョン・セラピー(※LGBTQ+であることを“治す”ことを目的とした治療。主要な医療機関はその治療を否定している)を違法とすることを先送りした件など、イギリス国内外でトランスの人への差別を反対するデモがあるたびに有言実行を求める声がSNSで挙がるが、現時点で、ローリング氏から表立った行動はない

⑥ ジェンダー移行が「激増」していて、子どもたちが危険にさらされている

「イギリスでは移行治療を紹介される少女が4400%増加しました」(2020年6月のエッセイより)

「後になって後悔し、ジェンダー再移行を行なう人も増えている」(2020年6月のエッセイより)

「クロス・セックス・ホルモンの長期的な健康リスクは、現在、長期にわたって追跡調査されています」(2020年7月のツイートより)

ローリング氏は「人にとってはジェンダー適合は(正しい)答えかもしれません」と言っており、ジェンダー適合ケアを全否定しているわけではない。しかし、ジェンダー移行を後悔する人のケースなどを理由に、ジェンダー適合が“簡単に提供されすぎている”という懸念を示している。

ローリング氏が言う「4000%増加」したという数字は、イギリスで生まれた時に割り当てられた性別が女子である子どもがジェンダー適合治療を紹介された数(※治療数ではなく紹介数)が40人(2009~2010年)から1806人(2017~2018年)へと増えた件を指していると思われる。この増加の理由については調査が起こっているが、この分野でより多くのデータが存在しているアメリカでも、トランスに限らず、ゲイやレズビアンなどLGBTQ+であることを自認する人が、とくに若い世代を中心に増えていることをデータが認めている。このようなデータはよく、“LGBTQ+になるよう社会が教育している”という会話へと発展しやすく、LGBTQ+差別を助長させる。ただ実際には、“自認する人”が増えているよりも、社会が寛容になったおかげで“まわりにそれを言える人”が増えているという意味であると、アメリカで詳細にこのデータを調査しているGallupはしている。

画像: ⑥ ジェンダー移行が「激増」していて、子どもたちが危険にさらされている

ジェンダー移行後に再移行する人が存在するのも事実。調査の仕方はそれぞれ微妙に異なるが、ジェンダー再移行を追った主な調査では、スウェーデンのもので約2%、オランダのもので約1%、イギリスのもので8.3%、アメリカのもので13.1%とされている。

そんなジェンダー再移行においては、2つの誤解がよく起こる。1つ目が、ジェンダー再移行する人=移行を後悔した人というもの。実際には、ジェンダー再移行には多様な理由があり、17,151人を対象としたアメリカの調査で出た13.1%という数字には、一時的なジェンダー再移行の数も入っているのだが、再移行をした理由として最も多かったのが親からの圧力、社会の不寛容、就職難だった。

そして2つ目が、ジェンダー移行=医療介入というもの。ジェンダー移行は手術やホルモン治療のイメージが先行しやすいが、社会的な移行もジェンダー移行に含まれる。

未成年のジェンダー移行においては、アメリカでは「ほとんどの若者にとっては、名前、髪の毛、着る服を新しくするという社会的なもの」だと、LGBTQ+を支援する米国最大の団体HRCは述べている。イェール大学医学部小児科助教授のMeredithe McNamara博士は、「(18歳以下の人が)ジェンダー適合手術をすることは非常に珍しいです」とPBS Newsに語っており、「全員が異なり、ジェンダー適合に対する願いは多様です。しかし大概の場合、ジェンダー適合手術は18歳以下では行なわれません。ジェンダー適合ケアに対する、政治的かつ誤解に基づいた議論の中では、大衆の恐怖を煽るために手術に過剰な焦点が当たっています」とした。ちなみに、この分野で著名なボストン小児病院では、性器への手術は「18歳以上の患者にのみ」となっている。

未成年のジェンダー再移行については、米国小児科学会のサイトに2022年に掲載された最新の調査では、対象となった3~12歳の317人のうち94%が5年後もトランスだと自認していたそうで、トランスの子どもの「ジェンダー再移行の頻度は低い」と結論づけられた。この調査での“ジェンダー移行”にも社会的なジェンダー移行が含まれている。

そして薬などを使った医療介入については、アメリカでの実際の件数を米ロイターとのコラボで調査した医療テクノロジー会社Komodo Healthは年々「増えている」としたうえで、その数は「少数」だとしている。その医療介入の内容は、まずは、“声が低くなる”といった男女の性差が身体に現れる思春期の出現を遅らせる二次性徴抑制剤/思春期ブロッカー(puberty blocker)の接種がある。こちらは接種をやめれば「身体的に元に戻る」とNHS(国民保険サービス)はしている。そしてその次の段階では、俗にいう女性ホルモンや男性ホルモンを接種するホルモン療法がある。これについてNHSは、胸の発育や不妊など「元に戻せない」リスクの可能性があるとしている。そしてその次の段階が手術だ。誤解がないように明示しておくが、アメリカでもイギリスでも、“病院に行って「トランスです」と言えば薬がもらえる”という現実はない。例えばイギリスでは、最低でも数ヵ月以上はカウンセリングが続き、医療介入に進むのは1割強。より体に影響があることほど厳しいガイドラインが設けられており、ホルモン治療に進むためには、リスクを含めた正確な情報を正しく認識出来ているとカウンセリングで証明していることや、16歳以上であること、最低でも1年は思春期ブロッカーを試したことといった条件がある。トランスジェンダーの人々全員がこういったケアを経験するということではなく、その人にとって何が適切なケアかは、適切な資格と知見を持った専門家との話し合いで決められていく。そして上記の医療ケアに関しては、米国小児科学会、全米医師会、ホルモン研究の専門家たちである米国内分泌学会も、必要な医療ケアだと認めている

もちろん、副作用のない薬はこの世には存在しない。そのリスクは主要医療機関によって説明されており、研究が続けられている。では、専門家が主張する、そのリスクを超える利益とは何か? うつ病や自殺願望の低減だ。トランスジェンダーの若者は、LGBTQ+コミュニティの中で最も自殺の危険性が高いとされている。若者のうつ病や自殺願望を調べた調査では、LGBTQ+の若者は非LGBTQ+の人々に比べると4倍とされているが、トランスジェンダーはさらに、シスジェンダーのLGBQ+と比べて2~2.5倍であることが調査から分かっている。そして、ジェンダー適合ケアはそのリスクを低減する“命を救うケア”であることを主要医療機関がさまざまなエビデンスや調査結果から認めているのだ。

そのような状況のなか、ローリング氏をはじめとしたジェンダー・クリティカル派のリスクばかりに焦点を当てた論調や恐怖を煽るような論調は、アメリカにおける18歳以下へのジェンダー適合ケアを全面禁止する法案の流行(次のページで記述)といった危険な動きへの土壌を作り出している、と批判を浴びている。

一方で、ロイター通信が2022年12月に報じた記事では、ジェンダー移行を後悔した人がその経験談を語ると、オンライン上で「トランスフォビア」だと批判を受けたり、オンライン上でその経験を過小評価するような発言を受けたりするという問題も浮き彫りになっている。ごく一部であっても、ジェンダー移行を後悔している人の経験を理解することはより優れたジェンダー適合ケアの提供につながるため、その声に適切に向き合うことが求められている。

現実社会ではトランスジェンダーの人々への脅威が広がる

アメリカでは反トランス法案の提出が800%増加

アメリカではジェンダー論争の議論に追い風を受けて、トランスジェンダーの人々の権利を奪うような法案が次々と保守派議員によって州議会に提案されている。ACLU(米国自由人権協会)は「ここ数年、各州では、LGBTQの権利、とくにトランスジェンダーの若者を攻撃する法案が過去最多で進められています」と問題提起しており、ACLUのデータを基に『The Problem with ジョン・スチュワート』が算出した数字では、2018年から2022年の間でアメリカにおける反トランス法案の提案は800%増加したという。

LGBTQ+の権利団体HRCによると、2023年2月15日の時点でアメリカの州議会に提出されていた反LGBTQ+法案は340以上。うち150がトランスジェンダーの権利を制限するもので、「トランスジェンダーを対象とした法案の数としては、単年度では最多です」としている。

画像: ミーガン・ラピノー米サッカー代表は「トランスの子どもたちを守ろう」というメッセージをピッチから送った。
ミーガン・ラピノー米サッカー代表は「トランスの子どもたちを守ろう」というメッセージをピッチから送った。

「専門家」や「大多数の当事者」が不在のまま議論

保守派議員は“子どもたちを守るため”という大義名分で法案の提出を続けているが、これは、本当に子どもたちのためなのだろうか? 実際の議論では、専門家や当事者の意見が反映されていないどころか、議員が州内の実際のデータさえ知らないというケースが多く、強い批判が挙がっている。

例えば、米国小児科学会に子どものメンタルヘルスや発育に悪影響だと反対されている、幼稚園児の段階からトランスの女の子が女子スポーツに参加することを禁止する法案。2021年3月に米AP通信が、学校スポーツにおけるトランス排除法案を支持する議員24名を対象に聞き込みを行なったときには、自身の地域において女子スポーツに参加しているトランスジェンダーの女子生徒の存在を答えられた議員は、いないか、返答がなかった。同じような法律が提案されたサウスダコタ州では、議論中に、そもそも過去10年において同州でトランスジェンダーの生徒が女子チームが参加した事例はたったの1件で、法案を支持する議員たちが問題視していた女子生徒から“勝利を奪う”事実はないことが認められたものの、それでも法案は可決された。

18歳以下にジェンダー適合ケアを提供することを禁じたアーカンソー州では、アメリカ医師会や米国小児科学会をはじめとした主要医療機関の強い反対を無視して、この分野で治療経験のない整形外科医(Patrick Lappert医師)、この分野では専門家ではない社会学の教授(Mark Regnerus博士)、信仰を理由にジェンダー適合治療に反対する小児内分泌学の教授(Paul Hruz教授)、トランスジェンダーを「ナルシスト」と呼ぶ精神科医(Stephen Levine医師)という“専門家”の見解を支持して法案を可決。

こういった法案が可決されたあとは、誰かが州を相手取って訴訟を起こすことで判決が出るまで法令の施行が先延ばしされる。アーカンソー州の同法案でも訴訟が続いているが、2022年末には連邦地裁の判事が、“結局、主要な医療機関の見解と対立している専門家はどこにいるのか”という点を何度も聞いていたと、NPOメディアArkansas Advocateは報じた。

「票集め」のために子どもたちが犠牲に?

では、一体政治家たちはなぜこのような行動に出ているのか? 2020年にTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた、ACLUの弁護士でありトランスジェンダーであるチェイス・ストランジオは、『The Problem with ジョン・スチュワート』の中でこう分析する。

「なぜ人々はこのようなことをしているのか? 2つの根本的な理由があると私は思っています。1つ目は、中間選挙や2024年の大統領選が迫っていることです。2000年代初期に戻ってみてください。同性カップルや同性婚への攻撃が激化したのはいつですか? 選挙の年です。票集めですよ。2つ目は、極右のクリスチャン思想です。それも背景にあります」。

2019年に国連本部でジェンダー多様性に関するハイレベルの会合が初開催されたときに進行を任されたトランスジェンダーのジャーナリストであるイマラ・ジョーンズも、米NPRの特番で、ストランジオ氏と同じような見解を示している。「重要な原動力になっていることは2つあると思います。1つ目は思想。反トランス法案やLGBTQ+に焦点を当てる行為は、共和党内で過激な信仰心が拡大していることからきていることを過小評価してはなりません。(中略)2つ目は、政治とお金です。共和党の議員は理解しているのです。国民の8割がLGBTQやトランスの権利を支持していたとしても、その8割はそれを重要な課題の1位、2位には位置づけないことを。でも、反対する2割の人は課題の1位、2位に位置づけます。そうすれば、少数派を動員して多数派の意思を鈍らせることができるわけです」。

画像: リシ・スナク英首相は女性の権利向上を訴えている一方で、女性の中絶の権利を保障する法案のほぼ全てで投票を棄権し、2015年に提案された給与格差を是正するための法案に反対するといった経歴も持つ。
リシ・スナク英首相は女性の権利向上を訴えている一方で、女性の中絶の権利を保障する法案のほぼ全てで投票を棄権し、2015年に提案された給与格差を是正するための法案に反対するといった経歴も持つ。

英国では、スコットランドで可決したジェンダー認定証明書(GRC)の取得簡易化法案の正式な法制化をイギリス政府が阻止すると2023年に発表。この件はヨーロッパでも大ニュースとなり、独ニュースメディアGWの記者は、「イギリス政府が反対する法案としてこれを選んだことは意外です。なぜなら、スコットランドは過去にも、ウェストミンスター(※英国議会)が支持しなかった法案を可決しましたがそれらは阻止されなかったからです」としたうえで、「過去数年、イギリス政府は伝統的な保守派な投票層から支持を受けるために、反トランスなカルチャー・ウォー議論になびいています。ご存じの通りイギリスにはリシ・スナクという新しい首相がいますが、支持率は高くなく、あまり状況は良くないです。彼は党代表の立場を維持するためにも、なるべく多くの票を必要としています。この動きは、伝統的な保守派の投票層から彼が必要とする支持を集める目的がある可能性があります」と分析した。

メディアの報道の仕方でも論争、The New York Timesが炎上

トランスジェンダーを巡る論争では、保守派・リベラル派に限らず、メディアの報道の仕方でも批判が相次いでいる。メディアには客観的に物事を報じる責任があるため、ジェンダー・クリティカル派の意見を報じたから「トランスフォビアだ」となっているわけではない。問題は、「ごく一部」の見解や経験が「大多数」に見えるような報道をしてしまっているところにある。

その例のひとつとして挙げられているのが、リベラル系の新聞であるThe New York Times。前述のとおり、主要な医療機関はトランスの子どもに対するジェンダー適合ケアのポジティブな効果を認めており、年齢に合わせたガイドラインを様々なエビデンスをもとに設けている。しかし、ザ・ニューヨーク・タイムズ紙は、2022年5月頃からの8ヵ月間で、トランスの子どもに対する医療の妥当性についての議論を一面で1万5,000字以上報道。これに対して2023年1月、1,200人以上のザ・ニューヨーク・タイムズ紙寄稿者と3万人以上のメディア関係者と読者が「タイムズ紙では多くの記者がトランスジェンダーの問題を公平に扱っています」としたうえで、新聞側の「編集上の偏りについて深刻な懸念」があるとしたオープンレターに署名。タイムズ紙はライターが他のライターの記事を公に批判することを禁止しているため、これは非常に珍しいこと。

画像: メディアの報道の仕方でも論争、The New York Timesが炎上

タイムズ紙での騒動を受けて、左派系政治コメンテーターのHasan Parker(通称Hasanabi)は、この件を反ワクチンの動きと比較して、こう批判。「(タイムズ紙は)ワクチンについては(主要医療機関の見解から外れた思想は)ひと言も報じなかった。ザ・ニューヨーク・タイムズ紙はワクチンについては、客観的に、フェアに、誠実に報じましたから。それに対して、『あのカイロプラクターがワクチンを接種するとゲイや自閉症になるって言っていることは報じないんですか!?』なんて文句言いませんでしたよね? ホルモン療法や思春期ブロッカーでは何が違うんですか?」と批判した。

さらに社会風刺メディアThe Onionは、「優れたジャーナリズムとは、たとえそれが存在しない場合でも、そのようなストーリーを見つけることである。厳しい質問をし、気に入らない答えは無視し、あらかじめ決められた編集の結論のために誤解を招くような証拠を提供することです」と皮肉を交えて、ジェンダー適合ケアに関するごく一部のネガティブな情報を拡散させるような報道を揶揄した。

ちなみにタイムズ紙は本件に対して、社内で社員に向けて報道の妥当性を主張したほか、オープンレターに参加した記者たちを個別で呼び出したとSemaforが報じており、それを受けてジャーナリストの組合の代表がタイムズ紙を批判し、組合からの批判をタイムズ紙のホワイトハウス特派員やピューリッツァー賞受賞記者が批判しと、内部で揉め事となっているとVanity Fairが報じている。

この他にも、トランス論争について多く報じている英The Timesや英The Sunday Times紙が誤解を与えると情報やデータを報じているとファクトチェック機関Logicallyに指摘されたほか、調査質問が偏っていて誘導的であると複数の機関から指摘を受けている統計会社Rasmussen Reportsの調査結果(※)がメディアでデータとして使われるといった問題も指摘されている。

※統計会社Rasmussen Reportsは質問が誘導的だという指摘が過去にも複数回出ている機関。トランスジェンダーに関する意識調査では、例えば、「最近、生物学的に男性であるトランスジェンダーのアスリートが、女子スポーツにおけるあらゆるレベルで勝利を収めています」としたうえで、トランス女性の女子スポーツへの参加についての質問をしている。米LGBTQ+スポーツメディアOut Sportsは、『あらゆるレベルで勝利を収めています』という前置き情報は「まったく真実ではありません」と批判している。

画像: スコットランド国民党(SNP)のマイリ・ブラック議員は、ツイッター上のトランス論争について「誤認が非常に多く、トランスの問題に対する無知を強く感じます」とJOEに語った。
スコットランド国民党(SNP)のマイリ・ブラック議員は、ツイッター上のトランス論争について「誤認が非常に多く、トランスの問題に対する無知を強く感じます」とJOEに語った。

2015年に過去350年間で最年少となる20歳でイギリス議会の国会議員となって話題になったマイリ・ブラック議員は、英国の右派メディアのトランス論争に関する報道について、「事実ではない情報が多くあり、後日、うしろの方のページで謝罪するケースが多いです」と皮肉交じりに批判したうえで、右派メディアをこう分析した。「(英保守派の)トーリー党のロジックと一緒です。保守派が成功しやすい理由は、彼らが自分たちの思想を一文で示すと反論の余地がないように感じるからです。例えば、『働いていない人には金銭を支払わなくて良い』。これは合理的に聞こえますよね。では、その一文を具体化して私たちが住む社会に当てはめてみましょう。そうなると、なんてひどい人だとなります。なぜなら人はそれぞれ固有の状況にあり、(それを認めることで)私たちは福祉国家として成り立っているのです。トーリー党のポリシーはいつもそうです。一文を読むとまともに聞こえますが、具体化してみると社会に危害を加えることが多い。右派メディアもこれと同じです。彼らは、簡単に分かり『それはひどいに決まっている』と思える一文を記事の題名に使います。でも細かくひも解いてみると、実際にはそのような問題がないことが分かってくるのです」。

本当に必要な議論の在り方とは

ツイッターは世論を表していない可能性

ジェンダー・クリティカル派とトランス・インクルーシブ派の議論は、ツイッターで最も過熱しているように見える。では、ツイッターでの熱量は実際の世論をどこまで適切に反映しているのか?

例えばイギリスでは、2022年に「KeepPrisonsSingleSex(※)」というハッシュタグが数日にわたりツイッターでトレンド入り。イギリスの上院にあたる貴族院でもこの件が議題として挙がった。ただその後、ファクトチェック機関であるLogicallyの調査で、匿名のアカウントたちが、ツイートを投稿し、お互いをリツイートし合い、数日後に消滅するという行為に及んでいたこと、つまり、ボットアカウントがハッシュタグの使用数を増幅させていたことが明らかになった。

2022年に5,000人のイギリス国民と20のフォーカスグループを対象に詳細な調査を行なったMore In Commonは、「ほとんどの英国人は、トランスの人々が受け入れられ、快適に過ごせるよう、社会ができる限りのことをするという思いに根付いた、微妙に異なる、思いやりのある向き合い方をしています」としたうえで、ジェンダー論争はイギリス人が考える“国が抱える重要課題”の調査では選択できる16項目中最下位(2%)だったというデータを公開。「英国議会やソーシャルメディア上で展開されている分断的な議論は、この問題に対する国民の向き合い方とはリンクしていない」とした。

※「#KeepPrisonsSingleSex」は、英The Timesが『トランスの囚人、女性用刑務所から釈放されると「また性別が入れ替わる」』という記事を掲載したことを受けて誕生した、女性用刑務所にトランス女性を入れることに反対するハッシュタグ。この記事では、この分野における数少ない調査論文が引用されているのだが、実際の論文に書かれている内容のうち記事の主旨に合わない情報は完全に除外されており、ファクトチェック機関Logicallyは、情報を「都合良く選ぶ行為」によって「有害な誤った表現を多くしている」と批判している。

画像: ツイッターは世論を表していない可能性

社会はツイッターよりも寛容、常識的な礼儀と思いやりで向き合うべき

これから議論はどこに進んでいくべきなのか? これに関しては様々な見解があるだろうが、前述のMore In Commonの調査結果とコメントは見過ごされるべきではないと思う。

More In Commonによると、イギリス国民を対象にした調査では、例えばオンラインでは意見が割れやすいトイレ問題においてはさまざまな意見が挙がったが、シス男性が制度を悪用するという意見は多数派ではないこと、トイレよりも更衣室の方が反発は強かったが、そもそも多くの回答者がトランス/シス議論の以前に個室ではない更衣室を好ましく思っていないこと、男性の間でもトイレが個室ではないことに不満を持つ人が多いことが分かったという。この結果から、「公共の場でのプライベートな空間の供給方法についてより広く考える機会がある」と団体は提案した。

トイレについて、ヨーロッパ最大のLGBTQ+人権団体Stonewallは、日本で言う誰でもトイレの導入を推奨しており、「ファミリー、障害者、そして多くのLGBTQ+の人たちにもメリットがあるため、多くの企業や施設が以前からこの方法を取っています」と公式サイトで説明している。More In Commonの調査では、イギリス国民は誰でも性別関係なく使える個室トイレの導入に前向きな人の方が多いそうで、「男女兼用トイレに抵抗がある少数派は、トランス女性/男性に対する心配や安全性よりも、男性の方が女性より衛生的でない傾向があるという事実を理由に挙げている」とのことで、ここでもネットでの論争と現実世界でのギャップが見られた。

そして調査のなかでは、ほとんどのイギリス人が、たとえトランスの人が男女別のスペースを利用することに反対している人であっても、更衣室やトイレをめぐる問題には、他者の存在を認めて敬意をもって接するという常識的な対処方法を求めていることが分かったという。

国際グループであるMore In Commonの英国ディレクターのLuke Trylはこの調査結果を受けて、「トランスの平等な権利に関する議論に関わる人々は、活動家もコメンテーターも、普通のイギリス人の意見に耳を傾ける時間を取るのがよいでしょう。彼らの共通の基盤、常識的な出発点は、この分裂的な議論の炎を消し、トランスの人々の生活をより良くする有意義な進歩をもたらす機会となります」とした。

フェミニスト小説『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』の著者であり、2020年にJ・K・ローリング氏のトランスジェンダーに対する考えが物議を醸していた時に、スティーヴン・キングなどの著名な作家たちと共にトランスコミュニティを支持するオープンレターに署名したマーガレット・アトウッドは、トランス論争が陥ってしまった「怒鳴り合い罵り合うという議論の仕方」に疑問を呈する人のひとり。2023年にBBCの番組Newsnightで、「短文で、実際の意味合いが伝わりにくいソーシャルメディアはこの(怒鳴り合いの)議論の原因のひとつです」と述べたアトウッド氏は、一方で、「怒鳴り合い罵り合うという議論の仕方はベストな方法ではないことに人々は気づいてきています」としたうえで、「人々は、なんとか解決すると思っています」と希望を込めた。

そして女性の権利とトランスの権利を擁護する議員たちは、議論に参加するならば正しい知識を得ることが必要だと言っている。

アレクサンドリア・オカシオ=コルテス米議員は、2021年3月のインスタグラムライブで、「偏見は偽情報を必要」とするため、「私たちの無知が人々を傷つける法律を成立させるための武器となる」として、トランスジェンダーの人々の現状について自ら正しい情報を学ぶことをシスジェンダーの人々に求めた。

イギリス最年少で議員になったマイリ・ブラック議員は、ツイッターでのトランス論争に触れて、「誤認が非常に多く、トランスの問題に対する無知を強く感じます。しかし無知は悪いわけではありません。知識がない時に、それについて学ぶことを拒否することが悪いのです。ただとくに、中心にはトランスフォビアの集団がいます。社会が(トランスフォビックな)表現を正当化してしまうと、それがストーリーになってしまい、議論が進まなくなります。私たちが理想とする社会に行きつくためには、まずは他人に優しく接することから始めなくてはいけません」と、英メディアJOEに語った。

(フロントロウ編集部)

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