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ロシア軍はなぜ市民を拷問し虐殺するのか…戦場ジャーナリストが「もはや前線と銃後の区別はない」という理由

  • 2023.4.2

ロシアによる侵攻が始まって数カ月間で、ウクライナでは多くの武器を持たない一般市民が犠牲になった。現地で取材したジャーナリストの佐藤和孝さんは「スマートフォンを略奪したロシア兵もいた。情報戦で出遅れたロシア軍はネットで投稿できたりGPS機能が使えたりする市民のスマートフォンを恐れたのではないか」という――。

※本稿は、佐藤和孝『ウクライナの現場から』(有隣堂)の一部を再編集したものです。

ブチャの瓦礫の中の住民(2022.4.4)
ブチャの瓦礫の中の住民(2022年4月4日)
侵攻開始から3カ月間残虐行為が多発した

首都キーウ攻略を諦めると、ロシア軍は東部のドネツク州、ルハンシク州の制圧に乗り出した。両州の北西部にあるハルキウ州の州都ハルキウは、キーウに次ぐウクライナ第2の都市である。一度はロシア軍に制圧されたが、5月中旬には奪還に成功している。

ハルキウでもロシア軍の残虐行為が、4月7日にハルキウ州検察から報告された。住民3名を拷問した上、証拠隠滅のために焼き払ったという。市民虐殺の実態が次々と報告されたイルピン、ブチャ撤退から間もない頃である。ロシア軍のこうした残虐行為は、この4月上旬ころまでがもっとも多く明らかになっている。

情報戦に遅れたロシア軍はスマホを恐れたのか

拷問するということは、何か情報を引き出そうとしているはずだ。一般住民になぜそんなことが必要なのか。これは私の想像だが、スマートフォンの普及がその一因になっていると考えている。情報戦で後れをとって短期決戦に失敗したロシアは、ロシア軍の位置情報をウクライナ軍に渡していると疑った人間を、市民でも容赦なく拷問したのではないか。現代の戦争で意外にも大きな脅威が、スマホなのかもしれない。盗聴リスクはもちろん、GPS機能などで部隊の布陣特定などが簡単にできる。一般市民がロシア軍を撮影してSNSに投稿するだけでも、様々な情報が公にさらされてしまうのである。

略奪するロシア兵がスマホで母国の家族に電話していた話なども含め、スマホをどう管理し、逆に言えばどう情報戦のツールとするかが大切な時代になったと痛感した。

私たち映像メディアのジャーナリストも、今ではテレビの現場レポートならスマホで十分だ。昔なじみの大きなテレビカメラは必要ない。中継がすべてスマホでできてしまうのだ。たったここ数年のことである。

拷問や強姦を行うロシア兵はどこから来たのか

しかし、無差別攻撃、略奪、拷問、強姦ごうかんという現代国家の軍隊かと思えるような蛮行が明るみに出るロシア兵とは何なのだろうか。よほど質の悪い兵士が前線に来ているとしか思えない。

たしかにロシア正規軍の、とくにモスクワから来た部隊にはほとんど死傷者は出ていない。辺境の少数民族や所得の低い地方出身者の志願兵を募り、編成した部隊が前線に送られていると聞く。生活が苦しく、やむにやまれず志願したような兵士たちだ。ロシア陸軍は600〜800名からなる「大隊戦術群」という単位で動いているが、略奪に関しては指揮官の考え方も大きいだろう。報告される事例の数を聞く限り、目標を制圧してしまえば、あとは大目に見ているケースが多いように思われる。

もっともロシア軍の戦場での残虐行為や略奪は今に始まったことではなく、第二次世界大戦末期の満州侵攻を見てもよくわかる。旧ソ連の時代から、民間人居住地に攻め込んだ場合は原則「やりたい放題」の文化なのだ。

キーウ周辺都市のブチャなどでは、後ろ手に縛られて頭を撃たれた遺体、焼かれた遺体が見つかっている。殺してからわざわざ焼いているのだから、何かを隠ぺいしようとしたことは想像できる。隠ぺいを目的としたのなら、ロシア自身が何をしたのかを理解しているから隠しているのだ。

非道な行為の責任はプーチンにある

スマートフォンの普及や兵士の質を問題にしたが、この戦争を始めたこと自体が「国際法違反」であり、指令したのはプーチン大統領である。個人的には、立証などしなくても戦争を仕掛けること自体が犯罪だと思っている。残虐行為が仮に末端の兵士の暴走であったとしても、市民を標的に攻撃する非道な戦いの大ボスがプーチンであることは、揺るがない事実として確認しておきたい。

この戦争は、どういう形で終わるのか。まったく先が見通せないが、はっきりしているのは、プーチンの勝利で終わらせるわけにはいかないことだ。

強権独裁主義の国家が武力をもって押し通したとき、世界がずるずる追認してしまうとわかれば、地球上のあらゆる紛争地域の独裁者たちは、お墨付きをもらったようなものになる。どんな手を使っても勝ちを取りに行き、紛争は世界規模で激化してしまうだろう。

ここが崩れた場合に、言論の自由、移動の自由など、あらゆる個人の権利が制限される世の中がやってくる。武力によって利得を得ようとする国家がやったもの勝ちで利益を得れば、その前では個人の権利などなんら尊重に値するものではなくなる。独裁者の弱肉強食の論理だけで、人類社会の秩序が踏みにじられていくのだ。

欧米から武器供与が続くウクライナは有利だが…

そのとき、世界の様相はガラリと変わってしまう。ウクライナのゼレンスキー大統領は、開戦からしばらくは国境線を2月24日の侵攻前の状態に戻すと述べていた。しかし、激戦地が東部から南部ヘルソン州などに移ると、7月ごろには南部のクリミア奪還を強く意識した発言に変わっている。

ロシアは西側諸国から経済制裁も受け、膠着こうちゃく状態が続けば、部品が手に入らなくなり、武器の生産や修理が追いつかなくなる。欧米から武器の供与が続くウクライナが有利になったと言われる。

ところが、もともとの軍事力で上回るロシアは、「経済制裁」の抜け道を見つけてなんとか経済を回し、武器は旧ソ連時代の古いものも投入しながら、物量で圧倒しつつ粘り腰の持久戦を展開するようになった。

また、7月ごろになると、西側諸国の支援疲れが聞かれるようになった。天然ガスの供給をロシアに依存するドイツは、パイプライン「ノルドストリーム」を故障などと称してしばしば停止され、国内にエネルギー価格の高騰という爆弾を抱えている。

「ロシアは、エネルギーを武器にして戦っている」とドイツは非難するが、戦争はどんな手を使っても勝とうとするのが当たり前なのだ。エネルギーを担保にとられたドイツの軍事支援は、EUの中心的な経済大国としては、必ずしも積極的だとはいえない時期が続いた。

第1次世界大戦のときもパンデミックだった

今回の戦争は、新型コロナウイルスの世界的パンデミックとのダブルパンチという事態になった。

約100年前、スペイン風邪と呼ばれたH1N1亜型インフルエンザのパンデミックと、第1次世界大戦が重なったことと奇しくも似た局面にある。

このときは、まず1914年に第1次世界大戦が勃発し、スペイン風邪の蔓延は1918年から20年にかけて発生した。

ロシアでレーニンによるボリシェヴィキ革命(十月革命)が起こり、帝政が打倒されたのが1917年である。翌年、ドイツが降伏して連合国側の勝利で第1次世界大戦が終わった。スペイン風邪の猛威で厭戦えんせん気分が高まり、終戦を早めたともいわれている。ロシアでソビエト社会主義共和国連邦が成立するのは1922年である。

パンデミックと開戦の順番は逆になっているが、人類初の世界大戦が発生し、大きく歴史が揺らいだ100年前との符号には、不吉なものを感じざるを得ない。

戦車部隊が歩兵の兵器で撃退される時代

2014年のクリミア侵攻から2年後、ロシア側のコーディネートで東部ドンバス地方に入った。その当時、民間軍事会社「ワグネル」の傭兵たちと話す機会があった。彼らのなかには、ロシア軍を退役した元将校や元兵士が多い。ある兵士に「なぜ傭兵になったのか」と聞くと、「ウクライナで一旗揚げれば、土地がもらえる」と教えてくれた。

2022年の今から思うと、兵士たちも市民を虐殺するような殺伐とした空気はなかった。と同時に、当時とは隔世の感があるのは武器の技術革新だ。

今回の戦争の開始早々から有名になったのは、アメリカが開発した歩行携行式多目的ミサイル「ジャベリン」である。本来は戦車などの装甲車両用に開発されたのだが、建築物やヘリコプターも攻撃できる。射程は約2000メートル、内蔵コンピューターによる自動誘導によって標的に着弾するので、高い命中率を誇る。

アメリカの最新兵器がウクライナを救った

ロシアの戦車は1台1億数千万円から約4億円のものが主力で、最低でも乗組員3名が必要になるため、2名で運用でき、命中精度が高く安価なジャベリンの方が、武器としてのパフォーマンスは数段上である。ロシアの戦車軍団のキーウ侵攻を止めたのはジャベリンの力が非常に大きく、「ウクライナの守護天使」とあだ名がついた。歩兵が戦車に圧倒されて手も足も出ない時代は、もはや終わっていたのだ。

佐藤和孝『ウクライナの現場から』(有隣堂)
佐藤和孝『ウクライナの現場から』(有隣堂)

安価なドローンの活用が進んでいることも、今回の戦争の特徴だ。アメリカが供与した自爆型ドローン「スイッチブレード」は、1機71万円という低価格である。小さなものなので破壊力はさほどではないが、戦闘機やヘリコプターとは比較にならない安さで、空からの攻撃を搭乗者なしで可能にしたのだから、まさに驚嘆すべき技術である。戦争の常識が明らかにこれまでと変わっている。

そして何より、ロシア軍の侵攻を阻止し、軍用機による空襲などを受けなかった首都キーウが、巡航ミサイルや砲撃によって、公共施設やインフラ、集合住宅までが破壊されたこと。市民は地下鉄構内やシェルターに逃げ込み、1カ月にわたる砲撃に耐えながら、早期に日常を取り戻したことも、戦争の様相が変わった点である。

もはや「前線」と「銃後」の区別はなくなった

1991年にソビエト連邦からロシア連邦に変わって以来、ロシアが領土的野心によって一国の首都に大規模侵攻を試みた初めての戦争なのである。様相が変わったというより、はっきりわかってしまったことは、現代の戦争では、侵攻を受ける側になった場合、前線と「銃後」といった関係性はなくなってしまうことだ。戦車に蹂躙じゅうりんされたり、市街戦の現場になることを免れた場合でも、前線の後方にある都市も最初から戦争に巻き込まれてしまうことを、今回の取材で改めて痛感した。

ロシア軍の戦費は1日に2~3兆円かかっているという。世界11位のロシアのGDPが約172兆円だから、1日3兆円とすれば2カ月で年間のGDPを上回ってしまう。追加の兵員の募集も随時行われており、戦争継続のための費用はまだまだ上がり続けるだろう。

この戦費をいつまで維持できるのか。しかしプーチン大統領は強気を崩さず、まったく終結の目途は立っていない。

佐藤 和孝(さとう・かずたか)
ジャーナリスト
1956年北海道帯広市生まれ。横浜育ち。ジャパンプレス主宰。山本美香記念財団代表理事。24歳よりアフガニスタン紛争の取材を開始。その後、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、アメリカ同時多発テロ、イラク戦争などの取材を続け、2003年にはボーン・上田記念国際記者特別賞を受賞。著書に『アフガニスタンの悲劇』(角川書店)、『戦場でメシを食う』(新潮新書)、『戦場を歩いてきた』(ポプラ新書)、『タリバンの眼』(PHP新書)など。

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