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東京都内、家賃5万円。住める街は?どんな物件が?

  • 2023.4.1

本書『銀座に住むのはまだ早い』(柏書房)は、銀座好きを公言する作家が、家賃上限5万円を条件に、東京で住むことができる町はどんなところか、と東京23区を探索したエッセイである。

千葉在住で、東京に住みたいと昔から思っているのに、まだ住めない。それなのに自作小説の登場人物の多くは東京在住というペーソス漂う好ルポルタージュに仕上がっている。

著者の小野寺史宜(ふみのり)さんは、1968年千葉県生まれ。法政大学文学部卒。2006年「裏へ走り蹴り込め」で、第86回オール讀物新人賞を受賞。2008年、第3回ポプラ社小説大賞優秀賞受賞作の『ROCKER』で単行本デビュー。『ひと』で2019年本屋大賞2位。

「ノー銀座、ノーライフ」というエッセイで、「銀座がないなら人生じゃない」と書いた小野寺さんに、「家賃5万円以内で住めそうな町を巡りましょう。東京23区すべての区に行っちゃいましょう」という依頼が、住宅関連サイトからあった。

足かけ3年がかりの連載をまとめたもので、第1回の千代田区神保町から最終回の中央区月島まで23回分が収められている。興味のある区や町どこを読んでもいいようになっている。いくつかピックアップして紹介しよう。

いま、23区の平均家賃は8~9万円だそうだ。ワンルーム、管理費・共益費込みで5万円という条件は厳しい。毎回住宅関連サイト「SUUMO」で検索する。第1回は千代田区。いきなり難所を選んだが、案の定、該当する物件はない。

いきなりのルール破りで、6万円で見つかった3畳の物件のある神保町へ行く。物件紹介ではないので、町を探索し、雰囲気をつかむのが主眼。神保町周辺には日本大学や専修大学、共立女子大学などがある。

小野寺さんは、自分の小説の中に、これらの大学の学生を登場人物に出しているという。「東京を舞台にした小説を書くうえでとても便利なのだ」と書いている。

物件の近くには小さな公園があった。ビルが立ち並ぶ町であっても、公園に来ると、「ある程度まとまった空を見られるのはいい。そしてそれがアパートの近くにあり、常に意識できることが大事」と評価している。

その後、古書店街を歩き、激戦区で知られるカレー店に入り、カフェへ。「ちゃんと空もある。本の香りもある。神保町は好きな町になった。もうね、住めますよ」と結んでいる。

江戸川区小岩では、150件ヒットした中から東小岩にある6畳のワンルームを選んだ。商店街をチェックし、目的の江戸川河川敷へ向かう。海抜が低い地域なので、階段を上り、ようやく河川敷に出る。目の前に広がる河川敷と川、その上の空を見た爽快感を讃えている。

川に関する記述は別の町でも出てくる。北区浮間舟渡では荒川へ。河川敷がゴルフコースになっており、「川が遠い」。でも、物件からは往復で1時間強。散歩コースにするという。

大田区蒲田では多摩川へ。自宅に近い江戸川や荒川しか知らなかったそうだが、野球場が16面もあるという多摩川緑地を知り、驚く。東京は「狭いけど広い」。

豊島区要町に行き、検索する範囲に川がないことを知った。かつては谷端川という川があったが、昭和37年に廃止され、暗渠の下水道幹線になり、上は緑道になっている。東京の町は、より暮らしやすいようにつくりかえられていったが、「町に川がないのはちょっとさびしい」。

葛飾区お花茶屋でも、川がなかった。かつてあった曳舟川が延長3キロの親水公園となっている。東京の各地に緑道や親水公園と名の付くものが多いという。かつての川の跡だ。

本書を読み、川や暗渠のことばかり目に入ってくるのは、先日、『水のない川 暗渠でたどる東京案内』(山川出版社)を取り上げたせいだろう。

言うまでもないことだが、それぞれの町の商店街や名店などにも触れているので、実際に住む町を探しているという人にも役に立つ。

住みたくない町は一つもなかった

東京23区すべてを回った結果、「住みたくないと感じた町は一つもありませんでした」と書いている。初めから小野寺さん自身が住みたそうな町を選んでいるので、それはそうだろうが、行ってみたら悪い方へ印象が変わった、ということもなかったという。

「静かに元気な西荻窪」「都電が愛しい東尾久三丁目」「ジャズもそよぐ中野新橋」「駅前キュートな下落合」「なんともほどよい新大塚」など、各町のタイトルにも小野寺さんの町への愛がにじみ出ている。

通読して驚いたのは、ほとんどの区や町に、小野寺さんの小説の登場人物が住んでいることだ。実際に小野寺さんが東京都内に住んだことはないにもかかわらずだ。小説家の取材力、想像力に驚いた。

冒頭で触れた「ノー銀座、ノーライフ」というエッセイによると、2019年段階で、小野寺さんが書いた小説本は21冊あり、そのうちの13冊に「銀座」という言葉が出てくるという。

登場人物たちは、やたらと銀座に行く。小野寺さん自身、銀座が好きだからだ。今回、東京23区を回ったが、銀座に住むことをまだ、あきらめていないそうだ。

東京初心者の「東京案内」にふさわしい本である。住むことを前提に町を歩いているので、生活者の目線で地に足がついた記述になっている。銀座ではないが、橋を渡った中央区月島に家賃7万5千円の物件があった。駅から徒歩3分、築55年、8.6畳。どんな物件だろうと気になるが、探せばあるのである。部屋はともかく、町に住むということを考えれば、東京は懐が深いと思う。

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