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苦い現実を突きつける、映画『トリとロキタ』に見出した希望とは?

  • 2023.3.30
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静かな怒りと慈悲を込め、見つめることが呼ぶ希望。

『トリとロキタ』

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トリを入学させるため闇バイトに手を染め、少女ロキタは苦境に立つ。トリが彼女の救出へ。援護の役割を交換できる「姉弟」の関係が心奥に響く。ふたつの鼓動が即興演奏するよう。カンヌ国際映画祭75周年記念大賞受賞。

観たあと、文字通り、立ち上がれなかった。ダルデンヌ兄弟が一線を越えた。それを受け止める準備ができていなかった私は呆然と映画館の椅子に座ったまま、やり場のない感情を鎮めるのにしばらく時間を要した。これを撮らずにいられなかった彼らの静かな怒りと覚悟に圧倒された。

12歳の少年トリと17歳の少女ロキタ。アフリカからベルギーへ渡る移民ボートで出会ったふたりはビザを得るために姉弟であると偽り、ドラッグを売る仕事で糊口を凌ぐ。パニック発作を患い、常に不安に満ちた表情のロキタ。そんな「姉」にピッタリと寄り添い支えるトリ。絶望の淵で手を取り合って生きるふたりの素朴な歌声と、束の間に見せる笑顔が本作の唯一の光だ。無慈悲な世界で、相手を想い、求め合う気持ちがふたりを強くする。互いの存在だけが頼り。だからふたりは事あるごとに名前を呼び合う。「トリ」「ロキタ」。それはこの世でいちばん美しい名前。

映画を観ながら思う。「何かが間違っている」。こんなにも幼く壊れやすいふたりが、社会から拒絶され、誰からも守られず、冷酷非道な大人たちから搾取され虐げられるなんて。現実の世界にはどうかこんなひどい目に遭っている子どもがいませんように、と願わずにいられない。しかしその願いは、こう言い換えられることに気づく。こんな可哀想な子どもの姿は見るに耐えない。苦い現実は見たくない。できることなら彼らの存在を知らないでおきたい、と。不意に訪れるラスト。安易な楽観は打ち砕かれ、現実を見てみぬふりでやり過ごそうとした自らの甘さを突きつけられる。それでも、この映画に希望はあるか?と問われたら、ある、と答えたい。一点の曇りもない母性にも似たふたりの友情はこの上なく美しく、慈しみ深い。ふたりをただ見つめることで、世界に無数に存在するトリとロキタに思いを寄せ、無関心ではいられなくなる。

 

文:早川千絵/映画監督2018年、オムニバス映画『十年Ten Years Japan』の一編を監督。22年、同短編を再構築した初長編『PLAN 75』が、同年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品され、新人監督に贈られるカメラドールの特別表彰を受ける。

『トリとロキタ』監督・脚本・製作/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ出演/パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アウバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツほか2022年、ベルギー・フランス映画89分配給/ビターズ・エンド3月31日より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次公開https://bitters.co.jp/tori_lokita

*「フィガロジャポン」2023年5月号より抜粋

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