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15年いても飽きないウクライナ。「戦禍の国」じゃない、ありのままの魅力知って――平野高志さんインタビュー

  • 2023.3.30
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濃い緑が広がる森と豊かな水をたたえた湖、中世の古城、伝統の祭りに興じる人々――。私たちがニュースで目にする灰色の町とはまったく異なる「本当のウクライナ」がここにある。日経ナショナル ジオグラフィックから3月に発売された『美しきウクライナ 愛しき人々・うるわしの文化・大いなる自然』は、ボランティア団体<ウクライナー>が2年半をかけて全土を2周し、自然や文化、人々の暮らしを記録した写真集だ。

2016年、ウクライナの「人と場所の物語」をウクライナ人自身が知り、世界にも伝えることを目的に発足した<ウクライナー>は、観光地だけでなく、これまで注目されてこなかった地域や文化の再発見に力を入れている。ウクライナとはどんな国なのか、ウクライナ人とはどんな人々なのか。本書の日本語版監修を担当した平野高志さんにお話を伺った。平野さんはウクライナ国営通信・ウクルインフォルム日本語版の編集者で、ウクライナに通算15年在住、<ウクライナー>には2020年から参加している。今回は、首都キーウのご自宅から、オンライン取材に応じていただいた。

「戦争」と「日常」の間の現実

――キーウの町はいま、どんな様子ですか?

時々空襲警報が鳴ったり、ごくまれにミサイルが着弾したりすることもありますが、キーウ周辺からはもうロシア軍は撤退しているので、多くの人が町に戻ってきて日常もかなり回復しています。戦争状態ではあるのですが、その中で日常生活も続いている。日本の皆さんが思い描く「戦争」と「日常」の間に現実があるという感じですね。買い物へも普通に行きますし、カフェやレストランで食事もします。昨日も友人とビールを飲んで、その後本を買いに行きました。

――平野さんは、<ウクライナー>ではどのような活動をされているのですか?

ウェブサイトの日本語版制作プロジェクトの立ち上げなど、<ウクライナ―>の活動を日本語で発信するお手伝いをしています。私自身はここ1年ほど仕事が忙しく参加できていないのですが、全面侵攻中でも「何かしなければ」という強い思いで活動しているメンバーもいて、ロシア軍に占領されていた地域が解放されるとすぐに現地へ赴き、動画を撮ったり人々に話を聞いたりして雰囲気を伝える「脱占領」というプロジェクトを進めています。

壁の刺繍に仮装祭り。町の魅力を再発見!

――写真集では、緑豊かな風景が印象的です。平野さんが実際に訪れた中で、特に好きな場所はどこでしょう?

どことは特定できないのですが、広い平原を車や電車で走っていると、青い空の下に草原や畑がどこまでも広がっていて、ウクライナの国旗のような青と黄色の景色が見られます。そうした原風景を作っているのが「黒土」と呼ばれる肥沃な大地です。農業が盛んで食材が豊富なので、料理のレベルが総じて高い。どこへ行っても美味しいものが食べられますよ。
冬には<ウクライナー>のメンバーと一緒に、カルパチア山脈のエコハウスで年越しをしたことも。冬山をみんなで散歩するのですが、雪景色がとても美しい。日本の山とはまた違った魅力があります。

――お城や歴史的な建造物もたくさんあるんですね。

そうなんですよ。あまり知られていないのですが、実はウクライナにはお城が多くて、きれいな状態で残っているんです。町の中も、ポーランドやリトアニア、ロシア、オスマンなどさまざまな国に支配されてきた歴史があるので、いろいろな文化が混じり合っているのが魅力です。もちろん、コアな部分はウクライナ独自のものですが、周辺の国々の影響と相まって、非常に独特な建物や文化が各地で見られる。自然を満喫した後に、町で歴史や文化を体験しながらおいしいごはんを食べる、という楽しみ方ができるのです。

――一方で、廃墟をリノベーションして文化施設に改装したり、若い人たちの感性で伝統文化を蘇らせたりといった動きも見られます。

非常に面白いですね。ウクライナ全土を周った私も、この写真集を見て初めて知ったことがたくさんあります。私はバスで町から町へ、点を結ぶように周ったのですが、<ウクライナー>は点ではなく面でとらえて、町以外の空間もじっくり巡って紹介している。普通は立ち寄らないような小さな町に、こんな面白い光景があるんだと知りました。

――行ってみたいところはありますか?

伝統的な刺繍をモチーフにした装飾細工を施した「壁の刺繍」がある南部・タウリヤ地方の小さな町は、ぜひ訪れたいですね。いまはロシア軍に占領されていて行けないのですが、建物が壊されたという話は聞きませんし、職人がいなくなるということもないでしょうから、解放されたら行ってみたいです。

また、西部の町で新年を仮装して祝う「マランカ」や、クリスマスの「コリャダー」といった地域特有の習わしも見てみたい。キーウからは遠くて行きづらい場所にあるのですが、写真を見るとみんなとても楽しそうで、惹かれます。

――みなさん、いい表情をしていますね。ほかにもつい行ってみたくなるような素敵な場所や、会ってみたい人々がたくさん掲載されています。

ウクライナでは独立してから長い間、観光に力を入れてこなかったのですが、それは人々が自分たちの国には「魅力的なものがあまりない」と思い込んでいたから。でも、当然ながらきちんと探したら、この国にしかない美しい自然や文化があり、魅力的な人たちがたくさんいる。それを<ウクライナー>が見つけて紹介したことで、自分たちが住んでいる町ってこんなに面白いんだと気がついて、自分のふるさとを誇れるようになった。ウクライナの魅力を世界に発信することも<ウクライナー>の目的の一つですが、まずはウクライナ人自身が自分たちの良さを再発見するきっかけになっていると思います。

「人と場所の物語」の中にある本当のウクライナ

――ウクライナの人々は、自分たちのアイデンティティをどのようにとらえているのでしょうか?

非常に明確だと思います。自分たちは遠くからやってきたわけではなく、この土地にずっと住んでいるんだっていう、その思いはとても強い。この大地で育んできた文化や食べ物、伝統、考え方というものは、生活に深く根づいています。「私たちはこの大地の主(あるじ)なんだ」という強い思いが、アイデンティティの核になっていると思います。

――平野さんから見たウクライナ人の国民性とは?

感情表現が豊かで歌ったり踊ったりするのが大好き。縛られるのが嫌いで、自由を愛するという印象があります。ビジネスでも何でも思い立ったらすぐに行動に移す人が多く、当然、計画不足で失敗することも多いのですが、走りながら修正してゴールを目指すというような、ベンチャー気質がある人たちですね。そこは慎重な日本人とは対照的に映ります。

――高校時代にウクライナに興味を持ち、以来ずっと関わってこられたそうですね。それほどまでに惹かれる理由はなんでしょう?

私、飽き性なんですよ、基本的に。いろんなことに手を出してはすぐに放り投げてしまう。そんな私が飽きずにいられることの一つがウクライナです。なぜかというと、どれだけ掘っても面白いものが見つかるからなんですよね。10年以上住んでいるのに毎年何かしら新しい発見がある。本当に奥が深いのです。
ウクライナ人が自分たちの国を宣伝するのが得意じゃないこともあって、気付きにくいものも多いんですが、でもよく調べると知られざる面白い事実がどんどん出てくる。宝石の原石みたいで、新たな魅力を発見するのが面白いですし、またそれをきちんと多くの人に伝えないといけないなとも思っています。ウクライナ語を話せるからかもしれませんが、外国人だからとよそ者扱いされることもなく、皆が身内の者として温かく迎え入れてくれる。ウクライナの新しい時代を一緒に作っていく喜びを分かち合えるのがいいですね。

――この写真集を通して、日本の読者に一番伝えたいことは?

私は以前に『ウクライナ・ファンブック』という本で、観光客向けのシンボリックな場所を紹介しました。でも、本当のウクライナはそれだけではなく、この広大な土地に無数にある素敵な場所や、そこに住む人々の中にある。<ウクライナー>が見つけた数々の「人と場所の物語」は、戦時中でも全部が失われているわけではないんです。占領されているところもあるし、避難している人もいるけれど、避難先やそれ以外のところで「人と場所の物語」は今も続いているし、これからも続いていく。美しい写真から、ありのままのウクライナの魅力を感じ取っていただけたら嬉しいです。

■平野高志さんプロフィール
ひらの たかし/1981年、鳥取県生まれ。東京外国語大学ロシア・東欧課程卒。2013年、リヴィウ国立大学修士課程修了。2014~18年、在ウクライナ日本国大使館専門調査員。2018年よりウクルインフォルム通信日本語版編集者。<ウクライナー>にボランティアとして参加。著書に『ウクライナ・ファンブック』(パブリブ)がある。

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