1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 途絶えかけた島の伝統を次世代へ。沖縄県・西表島〈紅露工房〉の石垣昭子さんを訪ねて

途絶えかけた島の伝統を次世代へ。沖縄県・西表島〈紅露工房〉の石垣昭子さんを訪ねて

  • 2023.3.29
  • 550 views
山・川・海・人が心地良く繋がる、沖縄県・西表島<紅露(くうる)工房>

自然資源の宝庫・西表島

フェリーから島に降り立つと、潮風が力強く通り抜け、木々の緑は深さを増していく。東京・羽田から南西へ約2000km、日本のほぼ最西端に位置する西表島。野生の動植物や、自然を楽しむカヤック、ダイビングなどで人々を魅了する八重山諸島は、2021年世界自然遺産に登録された。

原生林
島の面積の約90%が原生林で、国内最大級のマングローブは野生的で唯一無二の景色を見せてくれる。「呼吸根」と呼ばれる根がタコ足のように出ている。
川
島には大小40以上の川とプリミティブなマングローブ林が広がり、最前線で森や動物、人々の暮らしを守っている。
海
山々の標高は最高469.5mと、遠浅の海が見渡せる。
カンムリワシ
早朝、倒木にじっと止まっていたカンムリワシ。国の天然記念物であり、島に君臨する王者としての風格を感じさせる。
植物
緑豊かな奥深い自然の宝庫には、希少な動植物が生息する。
花
子供の顔くらい大輪に咲くハイビスカスの花。カルメンイエローとレッドの色彩が鮮やか。

手を伸ばせば天然染料が、布をさらす海もすぐそこに

今回〈紅露(くうる)工房〉で特別にお会いすることができた染織家・石垣昭子さん。人間国宝・志村ふくみさんに師事し、途絶えていた島の染織文化を掘り起こすため40年以上西表島で活動。現在は仲間たちに支えられながら、自給自足で染織物を創作している。

石垣昭子さん
石垣昭子さん。鮮やかなブルーの羽織は自身で染めたもの。自然素材をさらりと着こなす潔さ、優しい佇まいから、素敵な生き方が滲み出ている。
紅露工房入口
紅露工房入口。1000坪ほどある敷地内に自生する植物や木には、染料に必要なものがほとんど備わっている。桑(絹)、苧麻(ちょま)、芭蕉などに加え、珈琲や絶滅危惧種の西表蘭なども育てている。
織物の原料となる繊維
織物の原料となるさまざまな繊維。
交布
手で糸を紡ぎ、昔ながらの織機で丁寧に交布を織りあげる。ハリがあり丈夫で艶やかな素材に。
琉球芭蕉
人の背丈以上に育つ琉球芭蕉。バナナの祖先種ともいわれ、工房の敷地で何年もかけて育てているという。
芭蕉紙の団扇
芭蕉紙の団扇は現代作家のもの。「幹と茎は糸、皮はかごに。紙を漉く作家もいて、芭蕉には捨てるところがない。琉球の文化的なアイデンティティがここにあると思います」と昭子さん。
手紡ぎの布
色彩の中でも黒にこだわり製作中の最新作。手紡ぎとは思えないほどの薄さで軽く、蝉の羽根のよう。

しなやかな布が生まれる糸の素材も、鮮やかな色を出す染料も、工房の畑から。琉球藍や紅露(くうる)、福木(ふくぎ)といった染織をアジアに誇る文化芸術ととらえ、次世代への育成に励んでいる。「自然から、必要な分をいただく。風を感じながら季節やその日の変化を捉える。雨が降ったら中に入るし、太陽が出たら布を染める、その日の光で仕上がる色も変わります」。 昭子さんは自身の活動を「特別なことではなく、あたりまえのこと」と語る。お話を伺いながら、庭から今朝採ったばかりというレモングラスのお茶を淹れてくれた。良い香りが鼻にぬけ、ほっと身体が緩む。

布を染める様子
まっ白な布を入れた瞬間、紅露色に染まる。
紅露
紅露(くうる)は、八重山地方の伝統染料。ソメモノイモ科で、山に自生している。
布を染める様子
気候の変化や素材を見ながら創作していく。これぞ手仕事の理想系。
紅露で染めたストール
柔らかく染め上がったストールは渋みのある赤茶色に。
琉球藍
琉球藍。山から引いた湧水と石灰と糖分と泡盛、そして太陽光で泥藍を発酵させる。
ユウナの木
ユウナの木の下に藍釜を作ると発酵が進み、いい藍になるというのも先人たちの知恵から学んだという。
藍甕を混ぜる昭子さん
藍甕を手際良く混ぜる昭子さん。
手紡ぎの艶やかな糸
手紡ぎの艶やかな糸の数々。さまざまな植物から、自然の色で染め上げている。
昭子さんの大切な道具
昭子さんの大切な道具のひとつ。その道具から生まれる芭蕉交布(ばしょうぐんぽう)は八重山地方の伝統織物で、糸芭蕉の繊維でできた糸に苧麻(ちょま)や絹を組み合わせてできる。
藍の色に染まる昭子さんの手
藍の色に染まる昭子さんの手。この手から数々の美しい染織物が生まれてきたのだ。

古謡・儀礼が文化をつなぐ

四季折々に、島では豊かな恵をいただくさまざまな祭事が開催される。昭子さんにお会いする日の朝、御嶽(うたき)という場所へ特別に連れていっていただいた。御嶽は島の人々にとって儀礼をし、祈りを捧げる大切な聖域で、一般的な観光客は入れない場所だ。昨年逝去されたパートナー・石垣金星さんや先祖代々のお墓も。金星さんは三線の名手でもあり、古謡から学び西表島の歴史や文化継承に貢献、そして昭子さんと染織を復興させるために環境づくりを一から行った。

石垣さん達の御嶽
特別に訪問させて頂いた石垣家の墓。祖納岳のふもとにあり、自然の岩壁を掘ってつくられている。
まるまぼんさん
〈まるまぼんさん〉は祖納集落の「節祭」の舞台となる、前泊浜の沖に浮かぶ小島。

「ここに工房を構えたときには一帯が竹林だったんですよ。そこから木を植えて、稲作をして自分たちが暮らすために必要なものを少しずつ取り入れていって」。40年以上の年月をかけて、豊かなマングローブの自然を生かし、あらゆる命を大切に暮らしながら、工房を変化させていった。

工房の「海ざらしの道」
昭子さんの布が生まれる、工房の「海ざらしの道」。工房の間近にある海にも植樹し、少しずつ木々を増やした。太陽が照りつける暑い日には沐浴をし、身体を労わる。5月になり真南風(まーぱい)が吹くと、初夏が始まる。
工房で育つ木
工房で生き生きと育つ木々たち。藍甕や海に漂流してきたものを拾ってきたという硝子製の浮き、年代もののパナリ焼も空間に溶け込む。

島とともに、次世代へ

「暮らしも、仕事も、“気持ちよく”。健康で、心が喜ぶ循環ってなんだろうと考えます。手仕事はそこそこに、頑張りすぎないことが大切。そうしないと続けられないからね。皆得意なことがあって、つながり合っていて。それぞれの中にあるクリエイションを生かして、信念を持てるように子どもたちにも話すんです。作ったものを国宝級に飾るだけではしょうがない。日常で生きるものを、時間と人の手をかけて変化させていけたら」と次世代への想いを語る昭子さん。

工房のスタッフ
力仕事もこなす工房のスタッフも布の海ざらしに参加。肌は日に焼け、ワイルドだ。
ヤエヤマヒルギの芽
海の潮で育つヤエヤマヒルギの芽。

昭子さんの息子・建さんは、稲作や畑仕事など工房を支える一人。都心で音楽関係の仕事を経て現在は西表島に戻り、昭子さんのもとで染織の修業をする。両親の偉大さに謙遜しつつ、「将来は工房を継続できるようにしたい」と工房の広大な敷地を案内してくれた。1月から2月にかけて日本でいち早く田植えを行う稲作も、島の生態系を育むために必要な行事の一つ。工房を始めた初期から無農薬で、自然な栽培方法でお米と真摯に向き合っている。

工房の男性
建さんは幼い頃から祭事や金星さんの三線を耳にしながら育った。糸芭蕉の手入れなど昭子さんの仕事を支えている。
水田
水田で稲作を行うことで、自分たちの食糧だけではなくイリオモテヤマネコにとって餌となる虫や蛙、海老といった食物連鎖をつくり出す。

山・川・海・人すべてがつながっていて、循環する上で欠かせない存在。そんなシンプルなことを教えてくれる西表島は、恵みある環境の持続性を高めつつ変化していき、希望ある未来へと多様ないのちを育んでいくのだろう。愛情と時をかけ、互いに支え合いながら。

profile

石垣昭子(染織家)

いしがき・あきこ/1938年、沖縄県竹富島生まれ。1970年京都で志村ふくみさんに師事し、1980年 西表島にて夫の石垣金星氏と共に紅露工房を開設。 島の植物による伝統的な染織の復興に取り組む。

元記事で読む
の記事をもっとみる