1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 坂本龍一と福岡伸一が追い求めている「共通のテーマ」とは?

坂本龍一と福岡伸一が追い求めている「共通のテーマ」とは?

  • 2023.3.28

音楽家・坂本龍一さん、愛称「教授」。生物学者・福岡伸一さん、愛称「ハカセ」。ニューヨークに拠点を置く2人が、20年来の交流を持っていることをご存じだろうか。

坂本さんと福岡さんの対談をおさめた、『音楽と生命』(集英社)が発売された。PART1とPART2は、NHK Eテレ『SWITCHインタビュー達人達』(2017年6月3日)で放送された内容を、未放送分も含めて加筆修正したもの。加えて、2020年にコロナ禍を語った対談が収録されている。

音楽と生物学という全く異なる専門分野を持つ2人だが、コロナ以前は2~3か月に1度くらいの頻度で会っていたそう。不思議なことに、話すと毎回同じ話題に行き着くのだそうだ。それは「ロゴスとピュシスの対立」。音楽と生物学をつなぐこのキーワードの意味するところとは。

【目次】
世界をどのように記述するか――刊行に寄せて
PART1 壊すことから生まれる――音楽と科学の共通点
PART2 円環する音楽、循環する生命
Extra Edition パンデミックが私たちに問いかけるもの

ギリシャ語で、ロゴス(logos)は人間の言葉や理性の意。ピュシス(physis)は人間を含む自然そのものだ。2人は、ロゴスを星座、ピュシスを星と宇宙にたとえている。

いくら星座を見ても宇宙のことはわからないし、そもそも、星座も星のことを間違って見ているわけですから。
星座というものは平面に張り付いている星の点ではなく、実際にはまったく距離が違う星々を図形として見ているだけなんですよね。(中略)そういったものを星座という、ある種の図表や秩序として見ていることが幻想だということです。(福岡さん)

坂本さんは音楽、福岡さんは生物学において、人々がロゴスに寄りすぎて、ピュシスを忘れがちなことに危機感を募らせてきたという。

ピアノを「もの」に戻してあげたい

「PART1 壊すことから生まれる――音楽と科学の共通点」は、坂本さんの活動を中心に語っている。音をコントロールする音楽という営みは、ロゴス的な側面が強くなりがちだ。坂本さんはそれに抵抗感を持ち、ピュシス的な音楽を追求してきた。対談当時の最新アルバム『async(アシンク)』には、雨音などの自然の音や、ものをこすったり叩いたりした音が使われている。

福岡さんが以前訪れた坂本さんのライブでは、ピアノの弦を硬いものでこする「内部奏法」をしていたそう。これについて、坂本さんはこう語っている。

以前の僕はピアノをとても厳密に調律していたんですが、あるときから、人工的に作られたピアノを元の自然に戻してあげたい、ピアノに自然の「もの」としての音を出させてあげたいと思うようになって、調律することをやめたんですね。もちろん音程は狂いますが、そもそも音程というのは人間が勝手に決めたというだけで、自然の音としては別に狂っていないわけですから。(坂本さん)

そのライブでは、演奏中にパトカーや救急車のサイレンが聞こえてきたり、客の時計がピッと鳴ったりしていた。クラシックのコンサートなら迷惑がられるようなハプニングも「坂本さんの即興のパフォーマンスの中に溶けていった感じ」があったのだと話す福岡さん。予測不可能なノイズを取り込む、その場限りの「一回性の音楽」は、まさにピュシスそのものだ。

坂本さんが使い続けているシンセサイザーも、ロゴス的なように思えて、実はピュシスの要素が大きいという。70~80年代にさかんに作られたアナログ・シンセサイザーは、電圧によって周波数が変わり、音も変わる。たとえば家で弾くのと外で弾くのとでは音が微妙に違い、さらに個体差もある。まさに電気という「もの」の音なのだ。しかし、デジタル・シンセサイザーは均一な音しか出ない。デジタル・シンセサイザーは便利だが、「もの」の音でないことに抵抗感があるのだと坂本さんは語る。

ハカセが味わった、大きな「挫折」

「PART2 円環する音楽、循環する生命」では、福岡さんが活動の拠点としているロックフェラー大学を訪れ、福岡さんのこれまでの生物学研究を糸口に話を始める。福岡さんは若い頃、分子生物学という「ロゴスの極みのような研究」をしていた。しかし生物をロゴスばかりで捉え、「情報」として見すぎることに疑問を持ち、40代後半頃に、ピュシスを重んじる考え方に方向転換したのだそうだ。

ピュシスの力を感じた印象的な研究テーマが、福岡さんが世界で初めて発見した「GP2」遺伝子だ。福岡さんは、たくさんの研究費と時間を費やして、GP2遺伝子のないマウスを作り出した。このマウスで、GP2遺伝子がない場合にどのような異常を引き起こすのかを調べようとしたのだが......そのマウスには、どこにも異常がみられなかったのだという。

「部品を取ったら、必ず何か故障するはずだ」と仮説を立て、検証し尽くしたが、寿命も短くなっていないし、きちんと交配し、次世代も五体満足で異常がない。これは福岡さんの大きな挫折体験、そして大きな学びとなった。

最初こそ落胆しましたが、気持ちのどこかで、部品を一つ欠損しているにもかかわらず何事も起こらない、その可塑性のほうに驚かなければいけない、という思いもありました。なぜなら、それこそが生命を生命たらしめているものだということですよね。(福岡さん)

今までの理論(ロゴス)では説明しきれない自然(ピュシス)の力があると感じた福岡さんは、その後、生命の可塑性に着目した「動的平衡」という理論を編み出した。動的平衡の肝は、生命は「作ることよりも分解、壊すことのほうを絶えず優先」しているということ。「作ること」ばかりに目を向けていたこれまでの研究から離れ、福岡さんが考えたこととは。

動的平衡の理論を、本書では図を用いてわかりやすく説明している。ピュシスを重要視しながらも、ロゴスで説明できないと、オカルトに近くなってしまう。それは避けたいと語る福岡さん。

ただし、そこにアプローチするモデルとしては今までのロゴスではダメなんです。やはりいったんロゴスを壊し、解像度の高い新しい言葉でピュシスに接近しなければいけないと思っています。(福岡さん)

パンデミックが人間に教えることは

巻末の「Extra Edition パンデミックが私たちに問いかけるもの」のテーマは、新型コロナウイルス。福岡さんは開口一番、パンデミックは「『ロゴス VS ピュシス』の問題性と深く関わっている」と話す。ウイルスを何とかロゴス化しようとする人間と、ピュシスとしてのウイルス。2人はパンデミックから、やはり「考え方をピュシス側に引き戻さなければ」というメッセージを読み取る。そして話題は、自然環境全体との共生へと広がっていく。

ピュシスをおざなりにすることで、生まれてきた数々の歪み。それでもロゴスをなかなか手放しきれない、人間という存在。2人の視点を通して、世界の至るところにロゴスとピュシスのジレンマが見えてくる。読みながら、自分自身の考え方や生き方を見つめ直せる一冊だ。

〈著者プロフィール〉

■坂本龍一さん
さかもと・りゅういち/音楽家。1952年東京生まれ。1978年「YELLOW MAGIC ORCHESTRA(YMO)」を結成。映画『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞作曲賞、映画『ラストエンペラー』でアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞ほか受賞。2021年に直腸がんの罹患を公表。闘病中、日記を書くようにスケッチした楽曲を収録したアルバム『12』を、2023年1月にリリース。

■福岡伸一さん
ふくおか・しんいち/生物学者・作家。1959年東京生まれ。京都大学卒業および同大学院博士課程修了。ハーバード大学研修員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。サントリー学芸賞を受賞したベストセラー『生物と無生物のあいだ』や、『動的平衡』シリーズなど、"生命とは何か"を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。

元記事で読む
の記事をもっとみる