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江戸っ子が使っている印象のある「べらぼうめ」とはどんな意味?どんな由来があるの?

  • 2023.3.21
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江戸言葉として広く知られているのが「べらぼうめ」です。 今は使う人もほぼいませんが、昔は普通に用いられる言葉でした。 しかし、そもそもこれらは何を指しているのでしょうか?

今回はそんな「べらぼうめ」について解説します。 ここでは併せて由来や語源なども説明します。

「べらぼうめ」とは

まずは「べらぼうめ」という言葉について見ていきましょう。

「べらぼうめ」の意味と使い方

「べらぼうめ」とは相手を罵って言う言葉です。 端的に馬鹿やたわけという悪口のニュアンスが強いです。 阿保などのようなあまり上品ではない言葉の一種となります。

ちなみに「べらぼう」は程度の酷いことや甚だしいことです。 また、普通では考えられないようなことも表します。 これらは漢字では「篦棒」と表記される場合もあります。

「べらぼうめ」から派生した言葉

「べらぼうめ」から派生した江戸言葉もいくつかあります。尾 ここからはそれら「べらぼうめ」から派生した言葉もまとめます。

べらんめぇ

「べらんめぇ」は「べらぼうめ」から派生した言葉の1つです。 そもそもの「べらぼうめ」は「べらぼう」に接尾語の「め」が付いて「べらぼうめ」となりました。 そこからさらに音が変化して、江戸言葉「べらんめぇ」となったとされています。

あたぼうよ

「あたぼうよ」も「べらぼうめ」から派生した言葉の1つです。 もともと「べらぼうめ」は「あたりまえよべらぼうめ」など使用されることがありました。 これらが次第に略されて「あたぼうよ」と変化したとされます。

「べらぼうめ」の由来

ここからは「べらぼうめ」の語源や由来を見ていきましょう。

語源となったのはある人物から?

「べらぼうめ」は江戸にあった見世物小屋にいた奇人から来たとされています。

江戸時代、寛文末年から延宝初年にかけて見世物で評判をとった奇人がいたそうです。 その奇人は極めて醜く、全身真っ黒で滑稽な姿をしていました。 頭は鋭く尖り、眼は赤くて円く、顎は猿のようだったとも言われています。

その奇人は「便乱坊(べらんぼう)」「可坊(べくぼう)」という名前で、当時は見世物小屋で活躍していたようです。 その「便乱坊(可坊)」が愚鈍な仕草をして観客の笑いを誘ったところから「べらぼう」という言葉が生まれたとされています。

穀物をつぶす棒から来たとする説も

「べらぼうめ」は穀物をつぶす棒から来たという話もあります。 その昔、穀物をつぶす棒のことを「へら棒」と呼んでいました。 これが次第に変化していって「べらぼう」となったのだとか。 そこに「穀潰し」の意味を掛け、相手を罵る言葉として使用されるようになったそうです。

べらぼうめなどを使った「江戸っ子」とはどんな人たち?

ここからは「べらぼうめ」などの江戸言葉を口にする江戸っ子たちがどのような人なのかについて見ていきましょう。

江戸っ子と呼ばれたのはこんな人たち

当時、江戸っ子と呼ばれた人たちは以下のような人たちです。

・山王権現、神田明神の信者(氏子、檀家) ・古町に生まれた者 ・親子3代にわたって江戸下町に生まれ暮らした町人

以上の人たちが主に江戸っ子と呼ばれていたそうな。 ちなみに江戸町人50万のうち、江戸っ子はざっと見て10%ほどしかいなかったとされています。

つまり、江戸の人すべてが江戸っ子だったわけではありません。 そこは注意が必要となってくるでしょう。

江戸っ子とされる人たちの性格

では、江戸っ子はどのような性格なのでしょうか? ここではその性格についても見ていきましょう。

・さっぱりとした態度 ・向こう見ずの強がり ・金銭への執着のなさ ・浅慮で喧嘩っ早さ ・歯切れの良さ ・軽薄で軽々しい ・独りよがり ・粋で勇み肌 ・見栄坊

以上がざっと挙げられる江戸っ子の性格です。 必ずしもこの通りとはなりませんが、おおよそこれらの性格のどれかに当てはまるもしくはいくつかの要素が当てはまります。

まとめ

「べらぼうめ」は江戸っ子たちが使った江戸言葉です。 昔も今もこれらの言葉は相手を罵る言葉とされています。 特に当時は江戸っ子と呼ばれる人たちがこぞって用いた言葉だったのだとか。

これらの言葉は見世物小屋にいた奇人から来た説が有力です。 ただ、単に穀物をつぶす棒から来たという説もあります。

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