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ミシェル・ヨーが語る映画『エブエブ』。主人公エヴリンは「チームワーク」と「アジア・フェミニズム」でできている。

  • 2023.3.6

ケイト・ブランシェットとの対談で、ミシェル・ヨーがリスペクトを込めて言った「あなたみたいなキャリアを送りたかった」という言葉は、いかにハリウッドでアジア系女性が活躍するのが難しいかを物語ってもいる。それでもたゆまず歩んできたからこそ、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』という作品に出合い、自身初のアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、受賞の期待がかかる「今」がある。輝かんばかりのミシェルさまに話を聞きました!

──『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の主人公は、山盛りのトラブルを抱えた“普通のおばさん”エヴリン。ある日、夫に乗り移った“別の宇宙の夫”から「強大な悪を倒せるのは君だけだ」と全宇宙の命運を託されます。奇想天外MAXな本作の監督・脚本は、ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートの二人組〈ダニエルズ〉。脚本を読んだとき、どんなふうに思いましたか?

最初に脚本を読んだときのことはよく覚えていて、「え!? “ホットドックの指”って何!? ……とりあえずメモしておくか」という感じ(笑)。さすがに最初はダニエルズに「このホットドッグはどうかと思うけど」と伝えました。だって「マスタードとケチャップを交互にたっぷり指にかけて……」だなんて(笑)。でも結局、一度作品に入ったら、私からは一切、何も注文しなかったと思います。
唯一、脚本上で変えてもらったのは役名です。というのも、元の役名はミシェルだったので。観客にこの主人公を私だと認識させたくなくて、ダニエルズに「別の名前にしてちょうだい」とお願いしました。彼女はすばらしいキャラクターで、自分だけの「声」を持つのに値します。この映画は、今まで語られることのなかった物語ですから。アジア系移民の女性がアメリカンドリームのために、そして子どもたちのために戦うんです。
夫ウェイモンド役のキー(・ホイ・クァン)はオーディションのとき、まだ私の役名が「ミシェル」なままの脚本を使っていたから、本番で苦労したみたい。キーが間違えて「ミシェル」と言うたびに、「ねぇ、それは私自身の名前だからね」と伝えて、キーが「ゴメンゴメン!」って謝るのがお決まりでした(笑)。

主人公のエヴリン(ミシェル・ヨー)。

娘ジョイ(左 ステファニー・スー)、夫ウェイモンド(右 キー・ホイ・クァン)と。

エヴリンは税金問題からギクシャクした家族仲まで、多くのトラブルを抱えている。

国税庁の役人(ジェイミー・リー・カーティス)からもとことん絞られる始末。

そんなある日、夫に乗り移った“別の宇宙の夫”から全宇宙の命運を託される!

カンフーの宇宙で厳しい修行に励むエヴリン。

ついには華麗なアクションスターになる。まさにミシェル・ヨーのごとく。

歌い手の宇宙のエヴリン。これまた大喝采を浴びるスター。

どこかで観たような気もする劇中映画『ラカクーニ』の宇宙のエヴリン。

岩の宇宙のエヴリン(笑)。

──いくつもの宇宙が並行して存在する、マルチバースの中でもとりわけ奇妙なのが、先ほども挙がったホットドッグの指の宇宙です。シャイナート監督は「ミシェルをコンフォートゾーンから最も遠く引き離すような宇宙を設計したいと思って書いた」と話していましたが、実際に演じていかがでしたか?

最初こそ戸惑ったけど、ダニエルズと一緒に旅をしているうちに、不思議と腑に落ちてくるんです。他にもたくさん分からないことがあったけど、すべてがこの物語には必要不可欠なんだと。
ホットドッグの指の宇宙は、実は切ないラブストーリーです。このシーンに登場する二人の女性は、いつかまた一緒になるために一度別れる必要があって。別れのシーンは一見おかしいですよね。この宇宙の住人は手が使いものにならない分、足が信じられないくらい進化していて。だから、ジェイミー・リーが部屋から出ていくときは、左足でスーツケースを引いて、右足でピョンピョン跳ねながら去っていく(笑)。なのに、胸が張り裂けそうなくらい切なくて、もはや笑えないんです。
ダニエルズはこういう両義的なシーンをつくるのに長けていて、本当に独創的でクリエイティブだなと感じます。そして何よりすばらしいのが、相手役のジェイミー・リー・カーティス。大好きなジェイミー・リーとだから「さぁ行くわよ!」と、向き合って指をブラブラさせながらダンスするシーンも難なくやれました。

ホットドッグの指の宇宙のエヴリン。

この宇宙では手の代わりに足が独自の脅威的な進化を遂げていて…。

──マーシャル・アーティストとして体を鍛錬してきたミシェルさんにとって、エヴリンのギクシャクとした動きは、逆に難しくはなかったですか?

いえ、エヴリンとしてどう動けばいいかは明確でしたから。彼女はごく普通の中年女性です。夫は優しいだけで頼りにならず、経営するコインランドリーの税金問題、疎遠になった娘との関係、父の介護など、あらゆる重い責任を一人で背負っています。だから姿勢は猫背ですし、やや前かがみで、足を引きずるようにして歩くんです。もちろんコインランドリーの仕事で、文字どおり重い荷物を運ぶ習慣があるのも関係しています。
それからエヴリンのビジュアルは、衣装デザイナーのシャーリー(・クラタ)、ヘアのミシェル(・チャン)、メイクのアニッサ(・サラザー)と一緒に考えました。エヴリンにはスパに行く時間も、髪を整える時間もない。だから、私たちは徹底的な老けメイクを施すことにして、白髪混じりのウィッグを作りました。また、衣装のそれぞれもキャラクターづくりにものすごく役立っています。ジェイミー・リーのおかっぱ頭や、手首につけている矯正リストバンドも意図的です。理由なく採用したものは何一つありません。ダニエルズやシャーリーとともに、一つ一つ細かく計画していきました。
シャーリーがアカデミー賞にノミネートされて本当に嬉しいですし、当然だとも思います。劇中で衣装やメイクがチェンジする回数を考えれば、シャーリーやヘアメイクの女性たちの苦労が想像できるはず。特にステファニー(・スー)が演じた娘のジョイ、もとい宇宙の巨悪ジョブ・トゥパキは、どの衣装もとてもクリエイティブ。ゴルフウェアのようでゴルフウェアじゃないスタイリングだとか(*1)。あのジョイたちはいったいどの宇宙から来たんでしょうね?(笑)

──エヴリンが春節パーティのシーンで着ている、背中に「PUNK」と書かれた赤いセーターがまた絶妙なのですが、シャーリーさんはインスタグラムでこのセーターを選んだ理由を「エヴリンはパンクだと思うから」と話していました。ミシェルさんはどう思いますか?

シャーリーは、エヴリンのことをパンクだというより、「パンクになりたがっている」と考えていたような気もします。娘の前でクールぶっているというか。それに、エヴリンはたぶん「PUNK」の文字に気づいていなかったんじゃないかなと。春節では赤い服が好まれるので、せっかちなエヴリンはきっと、お店でセーターを見つけるやいなや「よし、赤だ! いい色だ!」って即決したはず(笑)。
キャラクターを理解した上での衣装選びが、シャーリーのすごさです。衣装がかかったラックを見た瞬間、「これこそ私がエヴリンになるために必要としていたものだ!」と感激しました。ミシェル・ヨーが絶対に着ないような色やデザインばかりですが(笑)、これこそがエヴリンなんです。

ジョブ・トゥパキ。エルヴィス・プレスリー風のビジューがきらめくジャンプスーツ姿。

強めメイクを施しての、女子プロ風コスチュームもお似合い。

ルネッサンス風の襞襟に、パールのつけ襟を重ねたオールホワイトルック。

春節パーティのエヴリン。実は背中に「PUNK」の文字が。

*1【ゴルフウェアのようでゴルフウェアじゃないスタイリング】衣装デザイナーのシャーリー・クラタは、ジョイ/ジョブ・トゥパキのプレッピーなゴルフルックについて、文武両道というアジア系移民のパーフェクトな娘のステレオタイプを表現したと話している。

──昨日ハリウッドデビュー作『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』(97)を観返しました。ミシェルさんの役はミステリアスでセクシーなボンドガールですが、それだけじゃなく、生き生きと血が通ったキャラクターとして成立していました。それはミシェルさんの中に当時から、アジア人女性として演技する上で、男性のまなざし、もっと言えば白人男性のまなざしに絡みとられまいとするパンクスピリットがあったからではないか?と感じました。その推測は合っていますか?

そうですね。そう見えたのは、私自身の目に、自分たちアジア人女性の姿がそう映っているからだと思います。私たちは自立していて強いんです。欧米では、自立した強い女性=「魔女」「神経質」などと思われているようですが、まったくそうではありません。自立した女性ほど、洗練されていたり物腰が柔らかかったりするものです。“ドラゴン・レディ”(*2)といったレッテルを貼られる筋合いはありません。タフだからといって、必ずしも意地悪だとは限らないんですから。
この間、大笑いしたことがあって。才能ある女性の映画人仲間で集まって、女子会をしたんですね。そのときに話したのが、経験上、女性同士で打ち合わせをするときは「オーケー、単刀直入にいこう」みたいに話が早い。でも、そこにお偉方の男性が混じっていると、まず15分ほどかけて、いかに自分がすごいかを語らなければ気が済まず、「ねぇ、早く本題に入ろうよ!」という感じになりがちだと(笑)。そんな話で共感し合いました。
私はいつも、女性はお互いに力を与え合うべきだと信じてきました。女性は賢いんです。そして、わきまえません。そうあることを恐れてはいけないんです。

──今回の映画はまさに、母娘関係のダイナミクスを通じて、女性をエンパワーメントする物語ですよね。

はい、それがこの映画の一番すばらしいところだと思います。若い世代の方たちに共感してもらえて嬉しい反面、一つ印象的だった出来事を話しますね。ある年配の女性が私のところにやってきて、「あなたの映画、よく分からなかったんですけどね」と言うんです(笑)。「大丈夫ですよ」と答えたら、彼女の話には続きがあって、「実はしばらく話していなかった娘から、『この映画観に行かない?』と誘われて、映画館で一緒に観たんです。そのおかげで、また連絡をとるようになりました」って。娘さんはきっと本作を観ることで、「そうか。お母さんはちゃんと私のことを見てくれてるんだ。ただ自分の気持ちをどう表現したらいいか分からないだけなんだ」と思えるようになったんじゃないかなと。こんな素敵な作品に関われた上、観てくれた方から人間味と優しさにあふれたエピソードを聞けたことを、とても嬉しく思います。

*2【ドラゴン・レディ】アジア人女性のステレオタイプ。ハリウッドで有名になった初の中国系アメリカ人女優、アンナ・メイ・ウォンが演じた役柄から着想を得て、強くて嘘つきで傲慢でミステリアスな女性像を表す。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

経営するコインランドリーの税金問題、父親の介護に最近疎遠な娘、優しいだけで頼りにならない夫と、盛りだくさんのトラブルを抱えたエヴリン。そんな中、夫に乗り移った“別の宇宙の夫”から、「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と世界の命運を託される。まさかと驚くエヴリンだが、悪の手先に襲われマルチバースにジャンプ! カンフーの達人の“別の宇宙のエヴリン”の力を得て、闘いに挑むのだが、なんと巨悪の正体は娘のジョイだった…!
2023年の米国アカデミー賞では、作品賞やミシェル・ヨーの主演女優賞など最多10部門11ノミネートを獲得。受賞が期待される。

監督・脚本: ダニエル・クワン ダニエル・シャイナート『スイス・アーミー・マン』
出演: ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン、ステファニー・スー、ジェイミー・リー・カーティス
配給: ギャガ
2022年/アメリカ/140分/ビスタ/5.1chデジタル/原題:Everything Everywhere All At Once

3月3日(金) TOHOシネマズ より公開中
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