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町の本屋さんに教わる「待つこと」の効用

  • 2023.2.21

「待つ」ということは、難しい。とりわけ現代のような「タイパ」重視の社会では、待たされると時間を無駄にしているようで、損をした気分になる。せかせか、イライラ、ギスギス。そんな日々に疲れた時にお薦めしたいのが本書『本屋で待つ』(夏葉社)だ。

夏葉社は、2009年に島田潤一郎さんが起業した出版社で、「ひとり出版社」の先駆け的存在だ。本書は広島県庄原市の書店「ウィー東城店」の佐藤友則さんとの共著で、島田さんが佐藤さんの話を2年にわたって聞いた話を1冊にまとめたもの。1、2章は佐藤さんの、3章は関係者の一人語り形式で書かれている。

人口7000人ほどの町にある「ウィー東城店」は、美容院やエステ、コインランドリー、パン屋などを併設したユニークな町の本屋さんだ。いまでこそ個人書店の成功事例としてメディアでもたびたび取り上げられているが、佐藤さんが店長になった当初はマイナスからのスタートだった。

能動的に「待つ」ということ

「ウィー東城店」は、明治時代に佐藤さんの曽祖父が創業した老舗書店の支店として、3代目にあたる父が1998年に営業をスタートした。というのも当時、本店のあった油木町は人口が減少していることもあり、活路を求めて隣町の東城町に支店をオープンしたのだ。大学生だった佐藤さんは、いずれ跡を継ぐべく他店へ修行に出た。しかし、途中で父から「すまんけど、帰ってきてくれ」と呼び戻される。オープン3年目で赤字になり、従業員にも辞められてしまい、窮地に陥っていたのだ。

佐藤さんはそこから毎日店に立ち、お客さんを待った。しかし、ただ待っていたわけではない。とにかくお客さんの話を聞き、要望を聞くことに徹した。店に置いていない本は他店を探し歩いて定価で購入し、そのままお客さんに販売する(もちろん利益はゼロだ)。業者に頼んだ写真の現像が期日に間に合わず、閉店後に高速道路を飛ばして大阪にある工場まで受け取りに行ったことも。さらには壊れたラジオを預かり、メーカーに問い合わせて修理に出したり、「普通免許が取りたい」というブラジル人に日本語を教えたり、さまざまな相談に応えていくうちに、少しずつ町の人々の信頼を得て、店を立て直していった。

当初は「父が息子を店長に据えたいから、従業員の首を切った」と噂され、町の人々に歓迎されていなかった佐藤さんだが、お客さんが心を開いてくれることを気長に、しかし能動的に待ち続けたのだ。

一方で、「ウィー東城店に行けば、何とかしてくれる」という信頼は、本への信頼の証でもあると佐藤さんは言う。

<本への信頼とはつまり、そういう多種多様な問答の積み重ねによって築き上げられたもので、一朝一夕でできあがったものではない。学者や、作家や、マンガ家といった人たちが、長い時間をかけて、その信頼を築いたのだ。
毎日レジに立っていると、そうした本への信頼をひしひしと感じる。>

その人のままで働いてほしい

佐藤さんの「待つ」力は、不登校の子どもたちの救いにもなった。ウィー東城店では、学校へ行けなくなった若者を雇用し、社会へ出るための後押しをしている。過去に自分の理想とする働き方を求めたことで、何人かの若者に辞められてしまった苦い経験から、「その人のままで働いてほしい」と思うようになったという佐藤さん。学校に行けなくなって自信を失くした彼ら彼女らが元の自分を取り戻し、自分たちのペースで仕事ができるようになるまで静かに寄り添い、辛抱強く待った。彼らは皆、ゆっくり元気になっていった。

いま、ウィー東城店の店長を務めているのはその中の一人、大谷晃太さんだ。第3章で大谷さんは、中学3年生の時、愛媛の松山市から東城町の学校へ転校してきてクラスになじめず、学校へ行くことができなくなった経験を明かしている。自分にも弱さがあることを知っているからこそ、「そういう性質を持った人のことを少しは理解できます」と言う大谷さん。いま、店に来ているアルバイトの若者たちにも「少しでも自分が幸せになるように働いてくれたらいいな」と、温かい目で見守っている。

待ってもらえたからこそ、待つことができる大人が育つ。町の本屋さんを中心に、素敵な循環が生まれている。

■佐藤友則さんプロフィール
さとう・とものり/1976年広島生まれ。大阪商業大学中退。愛知の書店チェーン「いまじん」にて修行後、2001年よりウィー東城店に勤務。現在、株式会社総商さとう代表取締役。

■島田潤一郎さんプロフィール
しまだ・じゅんいちろう/1976年高知県生まれ。日本大学商学部卒業。2009年に株式会社夏葉社を創業。著書に『あしたから出版社』、『古くてあたらしい仕事』、『父と子の絆』などがある。

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