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コンサート手話通訳士を日本でも導入求める動き、海外ではどう?【特集】

  • 2023.2.18

聴覚障害者にとってライブ体験をよりアクセシブルにする手助けをするコンサート手話通訳士たち。海外のコンサートではどれだけ普及しているのか? そして、日本の現状は? 海外の事情を調べるとともに、音楽関係者や当事者に取材した。(フロントロウ編集部)

リアーナのハーフタイムショーの手話通訳士が話題に

史上3位の1億1,300万人が視聴したとされる第57回スーパーボウル。リアーナによるハーフタイムショーは試合よりも視聴数が500万人も多かったそうで、大きな話題を集めた。

画像: リアーナのハーフタイムショーの手話通訳士が話題に

そんなハーフタイムショーでリアーナと競る勢いで視聴者の視線を集めたのが、リアーナのパフォーマンスの手話通訳を行なったジャスティーナ・マイルズ(Justina Miles)さん。彼女は黒人の聴覚障害者として史上初めてスーパーボウルのハーフタイムショーとプレショーで手話通訳を担当したのだが、表情や仕草をコロコロと変えてリアーナの楽曲を表現するスキルに、世界中から拍手喝采が集まった。

ここ日本でも、ツイッターを中心にジャスティーナ・マイルズさんのパフォーマンスが拡散。それに合わせて、日本のライブコンサートでの手話通訳事情は?という声も聞こえている。そこで今回は、コンサート手話通訳とはどのような内容なのか、そして海外での事情、さらに日本の現状などを調べた。

準備に数週間~数か月かかることも、 コンサート手話通訳の世界

アメリカではひと昔前は、コンサート手話通訳士の仕事は歌詞やMCを純粋に手話で伝えるというものだったが、現在は、言葉だけでなく音楽体験を届けるという役割へと進化してきている。アメリカで最も有名なコンサート手話通訳士と言っても過言ではない、アンバー・ギャロウェイ(Amber Galloway)さんは、同じASL(アメリカ手話)でも、会話で使われる表現とコンサートで使われる表現は大きく異なると常々語っている。

画像: アメリカにおけるコンサート手話通訳の世界ではめちゃくちゃ有名人のアンバー・ギャロウェイさん。
アメリカにおけるコンサート手話通訳の世界ではめちゃくちゃ有名人のアンバー・ギャロウェイさん。

2013年のロラパルーザ・フェスティバルでケンドリック・ラマ―のパフォーマンスを手話通訳する姿がネット上でバズり、人気トーク番組『ジミー・キンメル・ライブ!』にも招待されるなどして、コンサートにおける手話通訳士の存在をアメリカで啓もうすることに貢献したギャロウェイさん。現在はエージェンシーを立ち上げ、手話通訳士の派遣も行なっている人物だ。

ギャロウェイさんは現代のコンサート手話通訳の手法を米Voxで詳しく説明している。20年以上のキャリアを持つギャロウェイいわく、昔のコンサートの手話通訳は歌詞を訳すことがメインだったという。しかし、例えば同じ「love」という言葉でも、「ラブ」「ラァーーブ」「ラァーーーーブーーーー」など歌い方は曲によって違う。さらに、曲のなかでその言葉が持つ感情や情景も異なる。そこでギャロウェイさんは、言葉を手話するだけでは伝わらない部分、曲の歌われ方や、楽器の音質、さらに曲のエネルギーも伝えるというカタチを構築していった。表現の仕方は手話通訳士によって多様にあるが、例えば、低音のときは身体の下の方で手を動かして低い音であることを表現する、表情や口の動きも加えてビブラートやその瞬間のエネルギーを表現する、といった方法がある。

画像: Forecastleフェスティバル2019で、ネリーと手話通訳士。写真からでも、この瞬間のエネルギーの明るさが伝わってくる。
Forecastleフェスティバル2019で、ネリーと手話通訳士。写真からでも、この瞬間のエネルギーの明るさが伝わってくる。

さらにコンサート手話通訳士たちは、難解な歌詞を適切に表現するために様々な研究をしている。ギャロウェイさんがラッパーのフューチャーの“F*ck up some commas”という歌詞を手話通訳したときには、一般的に人差し指で表現するコンマ(※英文で使う文章の区切り)をあえて中指で表現して、“ファック”という意味合いを持たせたという。このような複雑な表現のため、パフォーマンス前には予習に多くの時間がかかるという。

画像: Amber Gallowayさん(左)、Amazon Music Liveに出演したラッパーのA$AP Rokcyと手話通訳士のOtis Jones IVさん、Martise Colstonとポーズ。
Amber Gallowayさん(左)、Amazon Music Liveに出演したラッパーのA$AP Rokcyと手話通訳士のOtis Jones IVさん、Martise Colstonとポーズ。

例えば、2022年に日本財団が東京で企画した“超ダイバーシティ芸術祭”のライブコンサート「True Colors Festival THE CONCERT 2022(以下 THE CONCERT)」の時は、手話通訳士とのファーストミーティングが行なわれたのはイベントの半年以上前。このイベントでは、長年さまざまな舞台手話を手掛けている非営利団体シアターアクセシビリティネットワーク(TA-net)が日本語手話を、ギャロウェイさんがまとめたチームが国際手話を担当した。その舞台裏の様子を、True Colors Festivalでチームリーダーを務める青木透氏はフロントロウ編集部にこう明かした。

「THE CONCERTの本番は2022年11月でしたが、同年4月に両チームの顔合わせをオンラインで行なって作業の洗い出しを行ない、ステージで用いる楽曲や演目を8月までにおおよそ固めて、歌詞や音源、脚本などの情報を共有し、本番での手話表現の準備を進めていただきました。日本手話チームには、英語歌詞を日本語訳したものを共有して準備をしていただきました。両チームとも手話通訳パフォーマーは歌詞の中身や音楽だけでなく、舞台上の表現を幅広く理解していただき、それを咀嚼した上でパフォーマンスを行なっていただきますので、準備にはかなりの時間を要しました」。

そのような準備の結果、観客の反応はどうだったのだろうか?

「大変すばらしい反応をいただきました。ろう者の方から感想を伺っていると、歌や演奏などに込められている細やかな情感まで聞こえる人と同じくらいに伝わっていると感じました。こういったことを実現するには字幕を表示するだけでは困難です。手話という細かなニュアンスまでを表現できる言語によって情報保障をするということも重要ですが、同様に、舞台上での手話表現に精通したチームが、ただの通訳としてではなく『手話パフォーマー』として表現をすることも重要です。日本手話・国際手話チームともに、精鋭のメンバーにステージに立っていただき、準備をしていただいたことで初めてそのような伝達が可能になったと思います」と青木氏。

ちなみにギャロウェイさんのチームはAmazon Music Liveでもアメリカ手話の通訳を行なっているが、メンバーのひとりであるMartise ColstonさんがAmazon公式サイトで明かしたところによると、このイベントでは通常2週間ほど前から準備に取りかかるという。

画像: 第57回スーパーボウルで脚光を浴びたJustina MilesさんもAmazon Music Liveで手話通訳士を務めたひとり。ミーガン・ジー・スタリオンのパフォーマンスを担当した。 www.amazon.co.jp
第57回スーパーボウルで脚光を浴びたJustina MilesさんもAmazon Music Liveで手話通訳士を務めたひとり。ミーガン・ジー・スタリオンのパフォーマンスを担当した。www.amazon.co.jp

海外ではどれだけ普及している? フェス、アーティスト、会場の取り組み

アメリカでは「障害のあるアメリカ人法(ADA)」という法律のもと、コンサートやフェス会場には、聴覚障害者のために手話通訳士を手配する義務がある。ただ多くの聴覚障害者が改善を求めているのが、“通訳士が欲しいと求めたら提供されるが、逆に求めないと提供されない場合が多い”ということ。必要だと毎回言わせる責任を聴覚障害者側にたくすのではなく、いることがスタンダードである状態にするべきだという声が多い。

画像: イギリスのフェスティバルであるグラストンベリーのステージには、イギリス手話(BSL)の手話通訳さんが立った。
イギリスのフェスティバルであるグラストンベリーのステージには、イギリス手話(BSL)の手話通訳さんが立った。

欧米を見ていると、単独コンサートではいたりいなかったりだが、コーチェラやロラパルーザなど大型フェスティバルでは見かけるようになってきた。また、会場が全公演での手話通訳士の起用にコミットしている場合もある。イギリスのウェンブリー・スタジアムは、すべてのライブコンサートでイギリス手話(BSL)のサービスを提供すると2021年に宣言。これを常設サービスとした英国最大の会場となった。

画像: 英ウェンブリー・スタジアムでは、サッカーの試合の国歌斉唱を含めて、すべてのライブコンサートでイギリス手話(BSL)が提供されている。
英ウェンブリー・スタジアムでは、サッカーの試合の国歌斉唱を含めて、すべてのライブコンサートでイギリス手話(BSL)が提供されている。

そして、アーティストが手配するというケースもある。チャンス・ザ・ラッパーは2017年のBe Encouragedツアー中に、手話通訳士がいないアリーナもあることを理由に、著名なヒップホップアーティストとしては初めて手話通訳士をツアースタッフに起用した。また、英バンドのコールドプレイは、全公演で聴覚障害者をサポートすると2022年に発表。コンサート手話通訳士を起用すると同時に、SUBPACという、振動を通して低音などを感じることができるウェアラブルベストを提供するとした。

画像: 聴覚障害者にアクセスしやすいツアー公演にコミットしているコールドプレイ。
聴覚障害者にアクセスしやすいツアー公演にコミットしているコールドプレイ。
画像: 第60回グラミー賞授賞式では、ピンクと手話通訳士のバラード曲での共演が話題になった。
第60回グラミー賞授賞式では、ピンクと手話通訳士のバラード曲での共演が話題になった。

日本でも「#コンサートに手話通訳士を」求める声

日本でも、アーティスト側の意向で手話通訳士を起用するコンサートが少しずつ出てきている。とはいえ、それも一部での話。

日本国内でコンサート開催に関わる音楽関係者に何人か取材したところ、コンサート手話通訳士についての認識は全員が持っていた。ただ、「仕事として(コンサート手話通訳士がいる現場を)経験したことはありません。(アーティスト側からの)手配の依頼も自分の経験上はないです」(関係者A)、「関係するコンサートで手話対応は現在のところありません」(関係者B)という回答で、多くのコンサートに関わる音楽関係者の間でも遭遇したことがないほど、日本のコンサートシーンでは手話通訳士の起用はまだ珍しいのだ。

画像: 日本でも「#コンサートに手話通訳士を」求める声

ただ、この現状を変えるための活動も行なわれている。SNSで「#コンサートに手話通訳士を」というハッシュタグを立ち上げたのは、ツイッターで「なむちゃん」というハンドルネームで発信しているいる、聴覚障害があり手話が第一言語である当事者の方。なむちゃんさんは曲についてはダンスや振動で楽しめるものの、MCは何を言っているか一切分からず、いつもコンサートの後にツイッターなどのSNSを確認して把握することが多いという。

なむちゃんさんはこう話す。「耳が聞こえないため聴者のように情報が耳から入ることができません。聴覚障がい者の場合は、情報は目から入るので、見える情報保障が必要です」。こういう話題になると、一部で“特別扱いはできない”という声が出ることがある。しかし現時点で、すでにコンサートでの情報提供において聴者と聴覚障害者の間には差がついてしまっている。そこを平等にして欲しいというのがなむちゃんさんの思いだ。「特別扱いをしてくれと言うことではありません。コンサートでは全員が同じ料金を払っています。同じ料金を払っているのに同じ情報量が得られない」と語るなむちゃんさんは、「聴覚障がい者でもコンサートを楽しむ権利はあります」とフロントロウ編集部に続けた。

賛同のDM集まるが、関係各所から具体的な対応は乏しい

そこで、2022年にSNSで「#コンサートに手話通訳士を」というハッシュタグと共に声を挙げたなむちゃんさん。「同じように悩んでいるろう者や、事務所や運営へ問い合わせの協力をしてくださる聴者からたくさんのDMをいただきました」と語り、障害者のための相談窓口や、会場がある地域の障がい福祉課、権利擁護グループにも相談しながら「少しずつですが進展しています」という。ただ現時点で、なむちゃんさんが手話通訳士のいる公演に行けた回数はゼロ

画像: 賛同のDM集まるが、関係各所から具体的な対応は乏しい

アーティストのファンクラブに連絡すると会場に連絡するよう言われ、連絡をした複数の会場からは「できない」「難しい」「関係各所に連携し改善に努める」といった返事ばかりだという。また、連絡が返ってこなくなるケースも多い。手話通訳士の手配や費用は当事者の方で対応して欲しいとされた場合もあるという。ちなみにアメリカでは、手話通訳士の手配を拒むことも、当事者に費用を負担させることも、処罰の対象。「障害のあるアメリカ人法」で、手話通訳士の手配も費用の負担も事業者の法的義務として明記されているからだ。日本には障害者差別解消法があり、民間の事業者は障害を持つ人に合理的配慮を提供することが求められている。ただ、これまで民間事業者については合理的配慮は法的義務ではなく努力義務とされており、改正を求める声が強かった。そこで、2021年5月の改正で合理的配慮が民間企業でも法的義務となった。改正法は、公布日である2021年6月4日から3年以内に施行される。

またなむちゃんさんは、当事者が手話通訳士を手配すれば車いすスペースに案内できると言われたこともあるという。「聴覚障がい者なのになぜ車椅子スペースへの案内になるのか疑問です。正直、車椅子スペースへの案内となると、車椅子の方が余計に見にくくなるのではないかと心配です。そして私たちがそこへ座ると、側から見た人たち(聴者)に『なぜ車椅子じゃないのにそこにいるの?』『障がい者を演じてるの?』と誤解を生んでしまうかもしれないし、批判されるかもしれない。そこについても運営側は考えて配慮してほしいです」。

「今後増えてくると思います」エンタメ事業者の取り組みに期待

ただ、日本の音楽関係者に聴覚障害を持つオーディエンスの存在がまったく認知されていないというわけではないよう。今回の取材からは、日本国内での具体的なアクションの必要性が感じられると同時に、音楽関係者の間で少しずつながらも、聴覚障害者へのサポートの必要性に対する認知が上がってきていることも感じられた。

国内のコンサート運営に携わる関係者Bは、「コンサート業界全体で、聴覚障害をもった方々への対応を考えていきましょうという流れはあるので、今後増えてくると思います」と、その内情を語った。また、アーティスト側に関わる音楽関係者Cは、True Colors Festival THE CONCERT 2022で手話通訳士のパフォーマンスを生で観た時の衝撃を明かし、「通訳者としてだけではなく、音楽の表現者としての需要がある」と感じたという。

コンサート手話通訳士、日本らしい発展をしていくか?

そして、今後、日本で手話通訳士の起用が拡大してきたら、“日本らしい手話通訳”が確立される予感もしている。日本と欧米ではライブ観客の聴き方が大きく異なることは有名。その観客の違いが手話通訳士のパフォーマンスに現れていたと、True Colors Festivalの青木氏は明かす。

「国際手話チームは、たとえ楽器演奏のみでも、ダンスのみでも舞台に立ち続け、観客に伝わるように手話で表現をしたいという姿勢でした。一方で、日本手話チームは、楽器演奏やダンスのパートは、演奏家やダンサーの動きに集中して楽しんでいただいた方が良い場面であり、その時間は手話パフォーマーは舞台から降りて観客には演者に注目してもらいたいという姿勢でした。THE CONCERTでは、それぞれのチームの姿勢をそのまま受け止め、尊重して、それぞれのチームの希望するとおりに進行しましたので、たとえば楽器演奏では国際手話パフォーマーだけが舞台に残るようなイレギュラーな場面が生じました。両チームの姿勢について、一概に、どちらが良いとか正しいとかは言い難いと思います。また、単純に手話パフォーマー側が決めるものというよりは、観客側の期待が何なのかを推察して舞台全体の演出として手話をどうするのかを考えなければなりません。つまり、欧米と日本の観客の感覚のちがいがそれぞれの姿勢に反映されていると言えるかもしれません」。

独特のライブコンサート文化がある日本で、手話通訳にはどのような日本らしさが反映されていくのだろうか?

近年日本では、民間企業のSDGsへの取り組みが活発だ。そんなSDGsでは、障害者を取り残さない社会づくりも課題のひとつとなっている。とくに音楽は、さまざまなバリヤを超えて多様な人々を繋ぐエンターテイメント。そんな業界から、イノベーションを推し進めることに期待をしたい。(フロントロウ編集部)

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