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本屋大賞ノミネート。クイズ番組で何が起こったのか? 一気読み必至です。

  • 2023.2.16

「クイズプレイヤーの思考と世界がまるごと体験できる。そして読後、あなたの『知る』は更新される。」

小川哲さんの『君のクイズ』(朝日新聞出版)は、「競技クイズ」を題材にした一気読み必至のクイズ小説だ。

今年1月、日露戦争前夜から第2次大戦までの知略と殺戮の50年を描いた『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞を受賞した小川さん。講評した宮部みゆきさんは、「最初の投票から『地図と拳』が飛びだして高い点を取った」と話した。『地図と拳』とは題材も分量もまったく異なる本作が、同じ著者によるものと知って驚いた。

1行目から読者はクイズプレイヤーになる。主人公が数々のクイズと最大の謎を解いていく過程を、一緒に体験する。帯コメントに「面白すぎ!!」「面白い小説」とあるが、まさに。こんなふうに進行していく小説は読んだことがなく、新感覚で面白い。

不可解な「ゼロ文字正答」

僕は生放送のテレビ番組『Q-1グランプリ』のファイナリストとして、解答席に立っていた。7問先取の早押しクイズ。僕と対戦相手の本庄絆(ほんじょうきずな)のポイントが、6-6で並んだ。次の問題で優勝者が決定する。

「問題――」。アナウンサーが息を吸い、口を閉じる。その瞬間、「パァン」という音が聞こえた。本庄絆のランプが光っている。「ああ、やっちまったな」と僕は思った。早押しボタンを誤って押してしまったのだろう。まだ問題は一文字も読まれていないのだから。「残念だったな、本庄絆」

想定外のトラブルにスタジオがどよめくなか、本庄絆は言った。「ママ. クリーニング小野寺よ」――。「え?」。「極度の緊張で、本庄絆の頭がおかしくなってしまったのではないか」と僕は疑った。ところが、まさかの「ピンポン」。本庄絆が勝った。僕は呆気にとられた。本来読まれるはずだった問題は......

「Q. 『ビューティフル、ビューティフル、ビューティフルライフ』の歌でお馴染み、(中略)山形県を中心に四県に店舗を構えるクリーニングチェーンは何でしょう?

A. 『ママ. クリーニング小野寺よ』」

僕がこれから解くクイズ

本庄絆は、東大医学部の4年生。「世界を頭の中に保存した男」「クイズの魔法使い」などと呼ばれている。僕にとっては「広辞苑を丸暗記しただけのテレビタレント」だが、人智を超えた暗記力の持ち主であることは間違いない。一方の僕は10年以上、毎日クイズをしてきた。本庄絆に言わせると、「現在、日本で一番クイズの理(ことわり)に近づいている人物」だ。

「ビューティフル~」の最終問題は、千葉出身の僕には答えようがないものだった。では、一体なぜ東京出身の本庄絆が知っていたのか。全国のクリーニングチェーンを丸暗記したとでもいうのか。しかも「ゼロ文字正答」。これはヤラセか、魔法か、それとも――。

「僕は誰よりも真実に近い位置にいる。僕はあの場にいた。あの場にいて、本庄絆と戦っていた。決勝の舞台で何があったのか、その空気を知っている。僕はこれからクイズを解く。」

「Q. なぜ本庄絆は第一回『Q-1グランプリ』の最終問題において、一文字も読まれていないクイズに正答できたのか?」

僕は本庄絆について調べ始める。そして『Q-1グランプリ』決勝戦の映像を見てみることにした。1問目から振り返りながら、本庄絆のことを考え、僕自身のことを思い出していく――。

戦慄の数が、クイズの強さになる

考え事をしていても、いつの間にかクイズのことを考えてしまう「クイズオタク」。そんな僕の思考と僕が知覚する世界を、読者は疑似体験できる。

たとえば、ボタンを押すタイミング。クイズプレイヤーは答えがわかってから押すのではなく、「わかりそう」と思った段階で押すという。そしてボタンを押した瞬間から、頭を必死に回転させる。

「とりとめのない思い出が記憶の海を漂う。僕はその中に腕を入れ、答えがないか探しまわる。あった! 僕は答えの欠片(かけら)に触れる。指先にあった答えを手繰(たぐ)りよせ、しっかりとつかみとる。」

知らないことや気づかされることの、なんと多いことか。知的好奇心をくすぐられる。面白さを挙げたらキリがないが、こんなふうに生きたら楽しいだろうな、と思った描写がこちら。

「クイズに答えているとき、自分という金網を使って、世界をすくいあげているような気分になることがある。僕たちが生きるということは、金網を大きく、目を細かくしていくことだ。今まで気づかなかった世界の豊かさに気がつくようになり、僕たちは戦慄(せんりつ)する。戦慄の数が、クイズの強さになる。」

小川さんは大学のクイズ研究会出身かと思ったが、じつはクイズの知識は素人で、クイズ番組も全然知らなかったという。もう驚くしかない。ジャンルにこだわりはなく、「面白い小説を書きたい」という小川さん。その言葉どおりの作品だ。

「なぜ本庄絆は~」のクイズに、僕はどんな答えを出すのか――。

■小川哲さんプロフィール
おがわ・さとし/1986年千葉県生まれ。東京大学教養学部卒業、同大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト<大賞>を受賞し、デビュー。17年『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞を、22年『地図と拳』で第13回山田風太郎賞、23年同作で第168回直木賞を受賞。他の著書に、短編集『噓と正典』がある。

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