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本屋大賞ノミネート『#真相をお話しします』。普段小説を読まない人にも刺さる。

  • 2023.2.13

「でも、何かがおかしい。」

結城真一郎さんの『#真相をお話しします』(新潮社)が話題だ。昨年最も売れたミステリー小説(2022年発売作品・三省堂書店調べ)で、累計20万部を突破。このたび、2023年本屋大賞にノミネートされた。大賞は4月12日に発表予定。

結城さんは2021年に「#拡散希望」で日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。二転三転するプロット、伏線回収の巧みさ、YouTuberというテーマの現代性が評価され、平成生まれ初の受賞者となった。

本書は、その「#拡散希望」を含む5篇を収録した短篇集。「ミステリー小説界の超新星」と注目される著者が仕掛けた罠を、見破ることができるか――。

「惨者面談」(さんしゃめんだん)
家庭教師の仲介営業マンとしてしのぎを削る大学生が、ある母子の異変に気付く。
「ヤリモク」
娘のパパ活を案じる一方、マッチングアプリでの出会いをやめられない、中年男が辿る顛末。
「パンドラ」
不妊に悩む夫婦がようやく授かった我が子。そこへ「あなたの精子提供によって生まれた子どもです」と名乗る別の娘が現れる。
「三角奸計」(さんかくかんけい)
リモート飲み会に興じる腐れ縁3人組。しかし、久しぶりの再会にはある思惑が。
「#拡散希望」
島育ちの仲良し小学生4人組。人気YouTuberを夢見た3年前。すべてはあの日から始まった。

沈黙する家

ここでは、1つめの「惨者面談」を紹介しよう。結城さん自身、大学生の頃に主人公と同じようなアルバイトをしたことがあり、結末以外はほぼ実体験なのだとか......。

「実行犯は小6児童・オレオレ詐欺の最前線」という、週刊誌の中吊り広告の見出しが目に入った。「小6」の文字を見た瞬間、僕の脳裏にある少年の姿が蘇る。

「怯えながら、それでも必死に何かを訴えかけるようにこちらを見やる二つの瞳。彼もまた、小学六年生だった。あのとき、彼は何を考えていたのだろう」

僕は東京大学の3年生で、家庭教師の営業のアルバイトをしている。家庭を訪問し、子どもの課題や家庭教師の必要性を力説して契約をとってくるのが仕事。都内の私立男子校御三家の一角である麻布高校卒、現役東大生という「素晴らしい経歴」は、中学受験を考えている親にウケる。

ある日、新しいアポが入った。矢野悠くん、12歳。御三家のどこかに通わせたいが成績が振るわず、テコ入れの必要性を感じた母親からの問い合わせ。電話を受けたスタッフによると、落ち着いた理知的な雰囲気の母親だったという。

約束の日。矢野家の玄関前まで来て、僕はあることが気になった。やけに静かなのだ。すると突然、家の中から女性の金切り声が響いた。母親がヒステリーを起こしているのだろうか。だとしたら悠くんが気の毒だと思い、ドアホンを鳴らした。

「しばしの沈黙――(中略)まったくの無反応。まるで、家全体が息を潜めてこちらの様子を窺っているかのようだった」

溢れる違和感

すると、ドアホンから女性の声がした。約束を忘れていて、家の中を片付けたいという。20分超待たされ、ようやく扉が開いた。母親は慌てて出てきたのか、手にゴム手袋をしている。その後ろから、浅黒く日焼けした少年がこちらを覗いている。

リビングに通され、母子と向かい合って席につく。自己紹介を始める僕と、頷き返す母子。普段通り......のはずなのに、なぜか「一抹の違和感」があった。特に母親。話を聞いているふうでいて上の空。「麻布」「東大」の名を出しても反応が薄い。

「――本当に、僕の言葉は彼らに届いているのだろうか。(中略)どうしてだ、まったくわからない。こんな感覚は初めてだった」

要領を得ないやりとりが続くなか、教育熱心な母親と、その表情を常に窺い縮こまる息子、という構図が見えてきた。そしてさきほどから、悠がこちらを凝視していることに気付いた。

嚙み合わない会話、予想とは違う反応、何かを訴えかけるような悠の目......。「この家に溢れる違和感」に耐えられない。混乱した僕の背筋に悪寒が走る。「――まさか、そんなわけ......」

歪だけど、私たちと地続き

本書は、小説を読み慣れていない若い読者にもよく読まれているという。騙されないぞ......と感覚を研ぎ澄ませて読んでいくと、いくつもの引っ掛かりが。そうして違和感が積み上がってきたところで、丁寧になされる伏線回収。まさにタイトルどおり、「真相をお話し」してくれる。

そして最大の特徴は、マッチングアプリ、リモート飲み会、YouTuberという現代的なテーマがてんこ盛りであること。結城さんは、ミステリーで誰も開拓してこなかった新しい境地を攻めたい、すこぶる歪だけどいまを生きる私たちと地続きのようにも思えてしまう事件・人間模様を描いてみたかったという。

「いまの私たちの生活のすぐそばにあるものを題材にして、どんでん返しや気持ちの良い伏線回収が味わえる5篇になっているんじゃないかなと」
(『#真相をお話しします』特設ページより)

わかりやすく、とっつきやすい。ひょっとしていまもどこかで同じことが......と思わせるところが、多くの読者に刺さっているのかもしれない。何に違和感を覚え、どう推理するか。あなたも試してみては。

■結城真一郎さんプロフィール
ゆうき・しんいちろう/1991年、神奈川県生れ。東京大学法学部卒業。2018年、『名もなき星の哀歌』で新潮ミステリー大賞を受賞してデビュー。2021年、「#拡散希望」で日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。

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