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幸福感に包まれる温かい酒|世界の日本酒

  • 2023.2.12

自転車で世界一周を果たした旅行作家の石田ゆうすけさんは、燗酒にして飲む日本酒においしい原体験があり、今でも燗酒が好きとのこと。世界にも酒を温めて飲む習慣がある地域はあったそうですが、その味わいとは――。

幸福感に包まれる温かい酒|世界の日本酒

■笑顔を生む温かい酒

日本酒の旨さに気付いたのは大学に進学して京都に住み始めた頃だった。
当時は端麗辛口が脚光を浴び始めていたものの、今のような日本酒ブームからは程遠く、学生のあいだではまだおっさんの酒というイメージがあったように思う。時代はチューハイだった。でも僕は日本酒の味をなんとなく好んでいたし、端麗辛口は何がいいのかよくわからなかった。

冬のある日、安居酒屋に入り、体が冷えきっていたので、おでんと熱燗を頼んだ。料理と酒の調和なんて考えもせず、ドラマやコントのイメージだけで「おやじ、おでんと熱燗」と言いたかっただけのような気もするが、熱々の大根をほおばり、はふはふ言いながら熱燗を呑んだ瞬間、ふたつの旨味の溶け合い方に「あれ?」と思った。さらに、底冷えのする京都の寒さの中、冷え性の自分の体が内側からポカポカと温まっていくことが、もう幸福と直結するようであり、「うめえなあ」と全身で感じた。目の前のおでん鍋から湯気が絶え間なく上がる情景も、何かとても愛しいものの象徴のように染み入ってきた。

その後、月日が流れておっさんになり、「善知鳥」などお燗の名店で精妙に温められた酒の旨さに開眼したりもしたのだが、それとは別に、廉価な酒をただひたすら熱くしただけの熱燗も変わらず好きで、それは京都のおでん屋で飲んだ原体験がいまだに残っているからだなと思う。

海外にも場所によって酒を熱くして飲む習慣はある。
忘れられないのはイギリスで飲んだホットワインだ。
自転車世界一周の旅を終えた数年後、所用でイギリスに行ったついでに英国人の友人に会いにケンブリッジの近くの村を訪ねた。イギリスの多くの田舎同様、この村も蜂蜜色の古い家が立ち並び、童話の世界のようなかわいい雰囲気に包まれていた。しかもクリスマスまであと数日という時期で、各家がそれらしい飾りつけを施しているのである。
友人の家にも大きなツリーがあった。子供たちはおそらく初めて見る生の日本人に高揚し、目を輝かせていた。

その夜、クリスマスキャロルという村のイベントにみんなで出かけた。
暗い路地を抜け、村の広場に出た瞬間、思わず息を呑んだ。イルミネーションをつけた家が並ぶ広場に村人が集まり、聖歌を歌っているのだ。まさに夢に描いたヨーロッパのクリスマスが目の前に広がっているのだった。
家の屋根の上には吸い込まれそうな闇があり、無数の星が瞬いていた。天の川もくっきりと見える。

耳が凍りつくような寒さで、村人たちも分厚いダウンジャケットなどを着こみ、フードを被っていた。広場ではホットワインが配られている。友人が僕の分もとってきてくれた。飲むとオレンジやシナモンが香り、甘い。モルドワインというもので、赤ワインに砂糖や果物や香辛料を入れて温めるらしい。体が内側から急速に温められていく。

聖歌が何曲か歌われたあと、ブラスバンドの演奏が止んだ。同時にみんながざわつき始める。
一軒の家の屋根にスポットライトが当たった。屋根の上にサンタクロースが現れて手を振り、広場から拍手喝さいが起こる。
サンタクロースは一旦屋根の向こうに隠れると、しばらくしてトナカイ(の格好をした親父たち)に導かれ、村の広場にやってきて子供たちにお菓子を配り始めた。蝋燭の光に子供たちの笑顔が浮かぶ。親たちも笑っている。みんなの口から白い息が吐き出されている。
僕はホットワインを飲みながら、温かいお酒はやはり幸福感と親密だな、とぼんやり考えていた。目の前の夢のような情景が、体の芯まで染み入り、手足の指先にまで広がっていく。人々の口から上がる無数の蒸気が、厳寒の夜を温かくしているようだった。友人の息子が両手にお菓子を抱え、はちきれんばかりの笑顔で僕たちのところに駆け寄ってくる。

※画像はイメージです(イギリスのコッツウォルズです。筆者がクリスマスキャロルを見た“ケンブリッジの近くの村”ではないけど、だいたいこんなイメージ)

文・写真:石田ゆうすけ

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