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あっという間に「所得制限なしの子育て支援」があたり前の空気に…小池都知事"5000円支給"の衝撃

  • 2023.2.12
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東京都は2023年度から0~18歳の子ども全員に月5000円を支給する案を固めた。教育行政学研究者の末冨芳さんは「国の改革を待たずして先んじた少子化対策を打ち出したかたちです。2023年4月の統一地方選挙に向け、政治家たちは所得制限なしの子育て支援にレジームチェンジした」という――。

東京都の小池百合子知事(左)から新型コロナウイルス感染症対策に関する要望書を受け取る岸田文雄首相
東京都の小池百合子知事(左)から新型コロナウイルス感染症対策に関する要望書を受け取る岸田文雄首相=2022年12月21日、首相官邸
小池都知事の勝負勘には舌を巻いた

1月4日に小池百合子都知事が公表した、0~18歳以下の子どもへの所得制限のない月5000円給付が、日本に与えた衝撃は大きかった。

「所得制限ありき」の日本のこども政策を、子どもへの支援に「所得制限なしがあたり前」へと一気に政治の流れを変えたのである。

そして、所得制限のない18歳以下への月5000円給付(いわば“チルドレンファースト給付”)を、今年度に実現する見通しも明らかにされた。

同じ1月4日に、岸田総理が年頭会見で「『異次元』の少子化対策に挑戦する」と述べたが、児童手当の所得制限が国会での論点になっていても、その実現の時期はまだわからない。

小池氏は、東京都知事というポストのアドバンテージを活かし「東京都では、今年から、所得制限のないチルドレンファースト給付を実現」という方針を明確にすることで、「自民党つぶし」「岸田つぶし」を図ったのである。

その政治家としての勝負勘には、舌を巻くほかはない。

政治が「ふつうのママやパパ」のロビー活動に反応

ところでなぜ、このタイミングで、所得制限なしのチルドレンファースト給付を小池知事は仕掛けたのか。

もちろん、超少子化が進み出生数80万人割れという、わが国の衰亡をいっそう加速させるショッキングな現状に対し、統一地方選挙に向け自民党の少子化対策のダメさを際立たせ、小池都知事率いる都民ファーストが優位に立とうとする意図は明確である。

しかし、児童手当や高校教育の無償化の所得制限に対し、子育て当事者として強く疑問を持ち、ロビイングに動いた「ふつうのママやパパ」の存在を忘れてはならない。

私自身は、子育て支援拡充を目指す会のみなさんから相談を受けて、都民ファーストや国政主要政党へのロビイングが必要である状況を説明した。

その他にも多くの「ふつうのママやパパ」が、SNSや地域の政治家に声をあげてくださったはずである。

高所得ゆえに給付が受けられない「子育て罰」

都民ファーストの都議会議員には、昨年の参議院選挙前から、子育て支援拡充を目指す会とともに、児童手当や高校無償化などの所得制限撤廃を実現してほしいと要望し、面会をしてきた。

拙著『子育て罰』(桜井啓太氏との共著・光文社新書)での批判についても、都民ファーストの都議会議員は、熟知しており、そのことは小池都知事にも伝えられた可能性は高い。

小池都知事の「所得制限が子育てに対しての罰」という子育て罰発言は偶然ではないのではないか。

「所得制限があることによって、夫婦で一生懸命働いて納税をしているがゆえに、逆に、そういった給付が受けられないというのは、ある意味で子育てに対しての罰、罰ゲームのようになってしまう」(2023年1月5日、テレビ朝日のインタビューで小池都知事)

研究者である私が訴えただけでは、小池都知事は東京都における所得制限のないチルドレンファースト給付を決断しなかったかもしれない。

「ふつうのママやパパ」たちが、所得制限という子育て罰をなくしてほしいと訴えたからこそ、このタイミングでの決断となったのだと、推測している。

このことは、少なくとも地方政治レベルにおいて、「ふつうのママやパパ」のロビイングに政治の反応性(レスポンシビリティ)が高まっている証拠でもあると言える。

東京都庁第一庁舎、2023年2月
東京都庁第一庁舎、2023年2月
「子育て罰」をなくすレジームチェンジは地方から

小池都知事の決断を読み解くもう1つの視点は、明石市と、維新(大阪維新の会・日本維新の会)の動きである。

すでに広く知られているが、明石市の泉房穂市長が実現してきた子育て支援の「5つの無料化」は、「所得制限なしがあたり前」である。所得制限ありき(しかもより厳しい所得制限を導入しようとしていた)自民党政治への、地方政治からの対抗軸を形成してきた。(「18歳まで所得制限なしで医療費無料」「中学校の給食無償」「第2子以降の保育料完全無料」「公共施設の入場料無料」「0歳児の見守り訪問・おむつ定期便」。)

また、2022年の参議院選挙の当時から、「教育の完全無償化」を掲げてきた維新(大阪維新の会・日本維新の会)も大阪府民である子どもたちへの、塾代助成、小中学校の給食の完全無償化、高校無償化での所得制限撤廃に加え、第1子からの保育料無償化、幼児教育無償化、大阪公立大学・大学院の無償化なども追加するという大胆な政策を1月20日に打ち出してきた。

統一地方選挙をひかえ、小池都知事、都民ファーストの所得制限のないチルドレンファースト給付に、吉村府知事率いる維新が対抗する意図は明確である。

地方の政治家が少子化対策で自民党を挑発

保育、教育、医療や児童手当など、自治体によって違いがあるものの「所得制限なしがあたり前」を、地方政治の有力政治家が公約に掲げたり実現することで、自民党を挑発する状況となっている。

統一地方選挙に向け、「子育て罰」をなくすための、政治のレジームチェンジは地方から、という流れが強まっている状況である。

少子化の要因の1つとされている、大学教育費についても、すでに連立与党が給付型奨学金の所得制限を緩和する動きを見せている。

統一地方選挙の結果や今後の国政の動向次第ではあるが、高校無償化や大学無償化も、所得制限撤廃に向かう可能性が、これまでになく高まっていると言える状況にあるだろう。

所得制限なしの支援を掲げる野党の動き

すでに公明党は、昨年11月に「子育て応援トータルプラン」を公表し、所得制限のない出産・子育て応援給付金、18歳以下の所得制限のない児童手当、医療の無償化などの実現の政策ビジョンを明確にしている。

国民民主党は、所得制限撤廃法案を国会に提出した実績があり、SNSを中心に「ふつうのママやパパ」の支持を拡大していることが確認できる。

一緒に歩く家族
※写真はイメージです

従来、所得制限のない教育無償化、児童手当等を重視してきた立憲民主党や、共産党の動きも、統一地方選挙に向けて目が離せない。

小池都知事が仕掛けたことにより、こども政策や子育て支援は、「子育て罰」をなくす、「所得制限なしがあたり前」という新しい政治のレジームに突入したのである。

この新しい政治レジームに、いままで「子育て罰」を親子に課し、超少子化を加速させ、日本を衰亡に導いてきた自民党が、どのように反応性を高めていくのだろうか。

児童手当や保育無償化が「異次元の対策」なのか

研究者だけでなく、自民党内部からも、児童手当や保育の無償化では少子化は改善されないという指摘がある。

エビデンスに基づけば、その指摘は正しい。

所得制限のない児童手当や教育の無償化は、これまでの政治が崩した子育て世代の負担と受益のバランスを正常化させるにすぎない。

保育の無償化は、家計負担の軽減という意味では重要であるが、少子化対策に対しては、いまだに充分ではない都市部における0~2歳の保育機会を十分に拡大すること、保育の質を向上することが至上命題となる。

山口慎太郎東京大学教授をはじめ、経済学や社会学分野の研究者が異口同音に指摘しているのは、十分な保育機会の確保(待機児童解消だけでなく、第1子と第2子以降が別々の保育所に通わなくて済むこと、育休退園を強制されない、就労していなくても保育にアクセスできる等)である。

それとともに、保育士の劣悪な待遇を改善し、保育士配置基準も改善し、保護者が就労していても、そうでなくとも、子どもたちが安全安心な環境で育つことが重要である。

子どもが安心できる保育を受けられることが、とくに女性の出産を促進するからである。

総理と都知事は若者の非婚化・貧困化にどう向き合うのか

また、岸田総理、小池都知事ともに少子化対策として見逃しているのが若者の非婚化、貧困化である。

日本の出生動向を分析した上田・坂元・野村(2022)によれば、深刻な少子化の原因は「子供を持たない人の割合の増加、及び子供を複数持つ人の割合が減っていることの双方」である。その要因は、若者の雇用の不安定化による貧困化、非婚化である。

失望して座っている男性
※写真はイメージです

「近年の特に若年層での雇用の不安定化が(そして結果として生じる低収入が)異性との交際、婚姻、そして子供の有無に影響を及ぼしていると考えられる」という分析結果が示されている。

岸田政権の「異次元の少子化対策」は、児童手当の所得制限に国会論戦のポイントが矮小わいしょう化されているが、そんなことでは、少子化対策は不発に終わるだろう。

若者の非婚化・貧困化こそ、少子化の最大要因であり、その視点は岸田総理肝いりの全世代型社会保障会議にも希薄である。

『子育て罰』というタイトルの本を世に送り出した研究者として指摘するならば、国内外のエビデンスに基づき、若者や子育てするママやパパに必要な投資を切れ目なく充分に行う、その財源と具体的な工程表が示されてこそ、はじめて「異次元の少子化対策」が現実になると言える。

そして、その先送りはもはや許されない状況にまで、日本の超少子化は進行している。

末冨 芳(すえとみ・かおり)
日本大学文理学部教授
1974年、山口県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学博士課程単位取得退学。博士(学術・神戸大学大学院)。内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任。専門は教育行政学、教育財政学。主著に『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書・桜井啓太氏との共著)、『教育費の政治経済学』(勁草書房)など。

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