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「これじゃ、らしくない」ダイハツの開発陣がモデルチェンジで浴びた若い女性からの"ダメ出し"の中身

  • 2023.2.9

昨年フルモデルチェンジしたダイハツ「ムーヴ キャンバス」が好調だ。ユーザーの約9割が女性。かわいらしくて個性的なデザインのこの車種を、どう進化させたのか。マーケティングライターの牛窪恵さんが同社商品企画部に取材した――。

目標の4倍の売れ行き

近年、さまざまな分野で生じる消費者変化。クルマも例外ではないようです。

一般には、コロナ禍でマイカーを欲しがる人が増えた、との見方もあります。2022年、コロナ禍で実施された調査でも、「公共交通機関を避けるために(今後クルマを)利用したい」との回答が、約1割にのぼりました(デロイト トーマツ グループ調べ)。

一方で、コロナ前から、クルマの買い替え需要は落ち込む傾向に。22年現在、乗用車(新車)の買い替え年数(スパン)は、2人以上世帯で9.2年。30年前(5.5年)に比べ、なんと4年弱もスパンが延びたのです(22年 消費動向調査)。

買い替えが鈍れば、その分の需要は減る。自社ブランドに、新たなシリーズやタイプを加えるとなれば、「これまでとまったく別の、新規ターゲットを狙いにいこう」「顧客の裾野を、一気に広げよう」と考える企業も少なくないでしょう。

フルモデルチェンジしたダイハツ「ムーヴ キャンバス」
フルモデルチェンジしたダイハツ「ムーヴ キャンバス」(写真提供=ダイハツ)

ところが、「ムーヴ キャンバス」(ダイハツ工業)は違いました。

22年7月、フルモデルチェンジを行う際、従来のファンが抱く「かわいらしい」といった思いや愛着を尊重。そのかいあってファンから口コミも広がり、発売後わずか1カ月で約2万6000台を受注しました。これは当初月販目標の4倍に当たる数です。

ユーザーの約9割を占める女性を徹底調査

初代ムーヴ キャンバスの発売は、2016年9月。もともと女性ユーザーが多いダイハツですが、オシャレな軽トールワゴンである同車種は、なんとユーザーの約9割が女性。

人気を集めた背景には、ターゲット女性たちへの徹底したマーケティング調査があったようです。

「近年、クルマの価値は所有そのものより、所有によって広がる『生活や体験』に置かれる傾向にあります。だからこそ私たちの会社でも、ターゲットの生活実態に寄り添った開発を重視しています」と話すのは、同営業CS本部・国内商品企画部の李晃潤(リ・ファンユン)さん。

営業CS本部・国内商品企画部の李晃潤(リ・ファンユン)さん
営業CS本部・国内商品企画部の李晃潤(リ・ファンユン)さん

初代の開発過程では、ターゲットの「ポスト・ロスジェネ(氷河期第2)世代」(当時の20、30代)の女性を中心に、全国各地で数百人にグループインタビューを実施。

その結果、彼女たちの多くが、自分磨きや女性らしさを重視し、愛らしいモノを好む傾向にあることが見えてきた。

また晩婚化が進むなか、親と同居するシングル女性の多くは、クルマも家族(おもに母親)と共用。購入段階でも、彼女たちとそのお財布を握る両親、その双方の意見の一致が大切であることが分かりました。

女性がクルマに求める2つの要素

さらに詳しく見ていくと、彼女たちが求める2つの要素が浮かんだ。

それが、機能性と個性的なデザインです。機能性の象徴が、クラス初の両側スライドドアと、必要に応じて組み立てられる「置きラクボックス」の採用。スマートな動線で後席にサッと荷物を置ける仕組みで、活動的な女性の使い勝手をイメージしたものでした。

一方、デザインのキーワードとして見えてきたのが、「愛着のわく、かわいらしさ」です。

フルモデルチェンジ後にも採用された、置きラクボックス
フルモデルチェンジ後にも採用された、置きラクボックス(写真提供=ダイハツ)

初代で「かわいらしい」を具現化したのが、スマイルフェイス、おおらかでシンプルな丸みあるシルエットと、2色を配したツートーンカラーのデザイン。累計販売台数38万台を超える大ヒットを記録したのは、ひとえに個性的な「かわいらしい」のおかげでしょう。

「このクルマが街中を走るのを見て、『なにあれ?』『かわいい』と興味を持ち、実際に購入してくださる女性も数多くいらっしゃった。フルモデルチェンジを行うにあたり、まず考えたことは、『彼女たちに、これからもムーヴキャンバスのファンでいてほしい』ということです」と、同国内商品企画部の松田梨江さん。

ダイハツ国内商品企画部の松田梨江さん
ダイハツ国内商品企画部の松田梨江さん

ムーヴ キャンバスへの愛着は、SNSからも垣間見えます。インスタグラム上にも、「#ムーヴキャンバスがある暮らし」とハッシュタグ付きで愛車を呟く投稿が、5000件以上(23年1月末現在)。これは当初、ダイハツが仕掛けたものではなく、ファンによる自然発生だったそうです。

ユーザー家族からの「かわいらしすぎる」の声

また、改良点を探るうえでは、既存ユーザーを守ることに加えて、将来の顧客、すなわち「こうなら買うのに」という潜在顧客の声に応えることにも目を向けた。

ムーヴ キャンバスを家族と共有する大人世代から多く挙がったのは、「デザインがかわいらしすぎる」との声。また山間部に住む人たちを中心に、「軽(自動車)にはターボがないと、馬力の面から買いづらい」との悩みも聞かれました。

新デザイン案に女性たちからの反発の声

そこで、フルモデルチェンジでは、「ターボエンジン」をラインナップに加えようと決断。さらに、大人世代や男性ユーザーも意識して「もう少し『上質感や落ち着き』を感じさせるシリーズも追加しよう」と考えたそうです。

多くの企業はこの段階で、まず初めに新規顧客へのアプローチや新たなターゲットに向けたデザインの追究に入るのではないでしょうか。

ところが、ダイハツは違いました。それまで築いてきたポジションを確固たるものにするため、まずは守るべき既存顧客の20、30代女性を開発ターゲットの中心に置き、何度も意見を仰いだのです。

このとき、松田さんたちが意識したのは「かわいらしい」の進化でした。

たとえば、ファッション。以前のようにケータイや雑貨を“デコる”文化は去り、ゆったりとした自然体の洋服やムリしすぎないペタンコ靴などが人気を集めるようになった。

現代では、より「自然体・健康・快活」といったことが重視されるようになり、愛らしいながらも「すっきり・洗練」された清潔感あふれるデザインこそが、等身大の自分らしさを大切にする女性たちに受け入れられるのでは、と考えました。

ところが、既存顧客にデザイン案を見せると、初めは「すっきりしすぎてスポーティ」「(ムーヴ キャンバス)らしくない」と反発する声が次々と上がったのです。

「かわいらしさ」と「かわいすぎない」の境界線はどこか

彼女たちは、このクルマのファンであり、おそらくこれからも家族や周りに薦めたいとの思いを強く抱いていた。だからこそ、「ムーヴ キャンバスらしさ」にこだわったのでしょう。

松田さんたちは、悩みました。既存顧客が求める「かわいらしさ」と、潜在(将来の)顧客が求める「かわいすぎない」の境界線はどこか。

その境界線を見極めるために、何度もデザイン画を描き直してもらい、そのたびに女性たちに意見を求めたそうです。

「かわいらしさ」の進化系

その結果、導き出された答えが、初代の開発当時から時代を経て進化した「かわいい(かわいらしい)の時代進化分」だけを、デザインに反映すること。

そこで、フルモデルチェンジでは、初代ムーヴキャンバスのかわいらしさに「すっきり・洗練」の“エッセンス”を加え、細かな部分に“凝っている”といった遊びゴコロをプラスした。

具体的には、スマイルフェイスを残しつつ、線づかいを減らしシンプルに。また、ロゴも「すっきり・洗練」に似合うアルファベットに変えました。

左が初代、右がサイドモールを配した新型
左が初代、右がサイドモールを配した新型

これなら、若い女性が「なんとなくスッキリしていて、かわいい」と感じる一方で、大人世代も「ちょうどいい、かわいらしさ」だと、進化した「かわいらしい」に気づいてくれるはず、との思いを込めたそうです。

1:5の法則

マーケティングの世界には、有名な「1:5の法則」があります。

既存顧客とはまったく別の新規顧客に、ゼロからモノを売ろうとすれば「5倍ものコストがかかる」とする概念。提唱者はライクヘルド、米国コンサルティング会社(Bain & Company社)でディレクターを務めた人物でした。

一般に、人や企業は短期的な販売目標やノルマを達成しようと思うと、つい新規顧客の獲得にばかり目を向けがちです。

ですが、そこから始めるとなれば、まず自社商品を認知してもらう必要があります。マス広告を打ち、手あたり次第にDMを出し、セミナーやイベントを実施し、信頼関係をゼロから醸成し……と大変な手間と時間(コスト)がかかる。

ライクヘルドは、そうしたコストを省くためにも「新規よりまず、既存顧客を大切にすべき」だと説き、その際に「顧客ロイヤルティ」に注目せよ、としました。

すなわち企業や商品、サービスに対する既存顧客の“愛着と信頼”を示す指標。この指標を上げることでリピート率が向上し、単価も上がり、ひいては新規顧客への口コミも呼べると言われます。

既存顧客のロイヤルティを上げる取り組み

近年、その成功例とされる企業に、カード会社のアメリカン・エキスプレス・インターナショナルや、プロ野球・ヤクルト球団などがあります。

前者は、ある調査によって「カード紛失時の対応」が、既存顧客への“信頼”に大きく影響していることを解明。そこで紛失時、速やかにカードを再発行できるシステムを導入することで、顧客ロイヤルティを高めました。

後者は、既存顧客のチケット購入データを分析し、新たなチケット販売システム(「スワチケ」)を構築。その結果、チームに“愛着”を抱くファンクラブ会員への先行販売などが可能となり、評判が上がり、新規会員の募集への反応もよくなったといいます。

先の「1:5の法則」やこうした顧客ロイヤルティが示すとおり、新規顧客をゼロから取りに行くより、既存顧客の“愛着と信頼”を守るほうが、はるかに効率がいい。

ムーヴ キャンバスも、既存顧客がこのクルマに抱く「かわいらしい」や“愛着”を守ったからこそ、彼女たちの口コミや後押しを呼ぶことに成功したのではないでしょうか。

牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ)
マーケティングライター、世代・トレンド評論家、インフィニティ代表
立教大学大学院(MBA)客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか多数。これらを機に数々の流行語を広める。NHK総合『サタデーウオッチ9』ほか、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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