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ドラマ『夕暮れに、手をつなぐ』。脚本家・北川悦吏子にインタビュー

  • 2023.2.8

ラブストーリーの神様、と言われる北川悦吏子脚本のドラマ『夕暮れに、手をつなぐ』が話題を呼んでいる。九州の田舎から上京してきた方言丸出しの快活な女の子、浅葱空豆(広瀬すず)が婚約を破棄されてしまい、失意のうちに作曲家志望の海野音(永瀬廉)と偶然出会い、音の下宿先に転がり込んで共同生活が始まるというストーリーだ。

──90年代から現代にいたるまで、各時代の大ヒット恋愛ドラマを書き続けてきた北川さんですが、今回のドラマの特徴とは?

これまで何本も恋愛ものを書いてきた私としては、「こうすればうまくいくよね」という鉄板のストーリー展開を何パターンか手に入れましたが、それを避けました。同じことをしても、自分が飽きてしまうので。

──登場人物の設定は、結婚式をドタキャンされた南(山口智子)が、偶然出会ったピアニストの瀬名(木村拓哉)の家でやむを得ず一緒に暮らし始めるという、北川さんが脚本を書かれた1996年の大ヒット作『ロングバケーション』を思い出します。

そうですか?でもこれはふたりが夢を追うお話なのです。ラブストーリーも進みますが、意外な展開が待っていたりもします。過去作にはない、いろいろな手立てを考えました。ロンバケのような二人きりの同居にせず、二人が住む家に家主を置いています。やや風変わりで実は資産家の役は、夏木マリさん以外あり得なかった。

──90年代の恋愛ドラマの舞台がおしゃれなマンションだったのに対し、音の下宿先は平家の木造住宅、しかも間借りですね。

23歳の男女をいきなり同じ空間に住まわせて、それで何もないというのはリアルじゃない、というのもありました。そして、なんだか昔懐かしい温かい感じが出ていると思います。夏木マリさん演じる響子という役柄は、ちょっと意地悪ばあさんみたい。以前、私の家の近所に大きな新築マンションが建った時、その角に一軒だけ古い日本家屋が残っていて。かたくなに立ち退きに応じなかったであろう家主を想像させ、なんか面白いなぁ、と思って、それがあの家の始まりです。私は徒歩圏内で見聞きしたことを脚本に活かすタイプ。若い子の話だからって、自分から遠い世界を想像して書くことはないです。

──時代性や、登場人物と自分との年齢差にギャップを覚えることはあまりないですか?

それはまったくないです。いつも私自身の心の中にある何かを引っ張り出して書いています。時代性を凌駕する自分の個性こそが、皆さんに“北川ワールド”と評価していただいていると思うから。古い、とか新しいとか人は言うけれど、人の感情って古かったり新しかったりしませんよね?どの時代に生きた人の感情も、人間だったら理解できると思っています。

──でも第1話で、二人がすれ違いざまにぶつかってワイヤレスイヤホンを落とし、取り違えるというシーンはとても現代的でした。

あれは私自身がワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら交差点を歩いていて、思いつきました。私は左耳が聞こえないので、片方しかイヤホンを付けないんです。他人とイヤホンを取り違えて、万が一、同じ曲を聴いていたとしたら、ものすごい偶然じゃない?と。いつかこの出逢いのシーンを使おうと考えていました。実際にどのぐらいスマホから離れたら曲が聞こえなくなるのかも自分で試してみました。

──ところで、タイトルにはどんな意味が込められていますか?

まず、今の子たちのキーワードは“夜”じゃないかな、と思ったんです。流行っている音楽も「ヨルシカ」「YOASOBI」「ずっと真夜中でいいのに。」とか、ユニット名は“夜”のつくものばかり。私の世代は、若い頃はリアルに友達と会ってわいわい騒いでいたのが、今の若い子たちは孤独な夜にSNSを介して気持ちを通わせるんだなと気づき、最初の案は「夜に、手をつなぐ」というタイトルでした。そこには「離れたままでいるのは、寂しくない?」「実際に会って手をつなごうよ」というメッセージを込めました。でも出演者がすずちゃんと永瀬君に決まった時、彼らと夕方がリンクしました。23歳の青春の終わりかけは二度と戻らない、鮮烈な時期。それをほんのつかの間の美しい夕暮れに重ねました。そして、夕暮れは、若者が夢を達成できないでいるモラトリアムな時間をも象徴しています。

──今回、一番苦労された点はどこですか?

“空豆語”を編み出したことかな。空豆が九州から上京して来ることは決まっていましたが、プロデューサーから、広瀬すずさんに方言を喋らせたい、訛らせたいと提案があって。そこで、九州のあらゆる地方の言葉を聞いたのですが、どの言葉にも魅力があり選びきれませんでした。そこで、「空豆」という人物を体現する言葉として宮崎弁と長崎弁のブレンドを思いつきました。空豆のおじいちゃんは宮崎出身で、おばあちゃんは長崎からお嫁に来ています。ドラマには出てきませんが、裏設定では、宮崎から長崎にクールファイブを聞きに行ったおじいちゃんが、そこでおばあちゃんに出逢って恋に落ちるんです(笑)。両親がいない空豆はおじいちゃんとおばあちゃんに育てられたので、宮崎と長崎の言葉が混じっている。住まいは、宮崎と鹿児島の県境にあるえびの市という設定です。私の知人がそこの出身だったので、彼女にいろいろ聞きました。霧島連山が綺麗に見える場所で、言葉には自然と鹿児島弁も混ざるそうなんです。「じゃっどん(それでも、という意味)」とか。というわけで、空豆の言葉は宮崎と長崎と鹿児島の言葉が混ざっていることになります。

──主人公の「空豆」という名前の由来は?

7〜8年前、私がTwitterでたまに書いていた「空から降るツイート」と娘が撮った写真を合体させて『恋をしていた。』という書籍にしたのですが、当時高校生だった娘が自分で考えたペンネームが「あさぎ空豆」でした。彼女はそれきり写真をやめてしまったので、その名前は、主を失くしてしまいました。でも、綺麗な名前だし、今回のヒロインにぴったりだと思って、娘から譲り受けました。ドラマでは「浅葱空豆」と苗字を漢字にしています。

──さて、今後の見どころは?

作曲家志望の音と、ファッションデザイナーを目指す空豆、夢を持つ二人の間に格差が生じていきます。その時二人はどうなるか?恋に落ちるのか、それとも恋じゃないほうがよかったのか。そんなことを示唆しつつ、物語は進みます。なぜ第1話では空豆があんなにダサい格好をしていたのか、なぜあれほどまでに訛っていたのか、そして彼女はただの猪突猛進女子ではない、ということが徐々に明らかになっていきます。「普通ラブストーリーってこうだよね」という常識をくつがえす展開が待っているので、ドラマをこれまでたくさん見てきた人にも、ぜひ見てもらいたい。「この手があったか!」と思っていただけたら嬉しいです。書く以上は、少しでもハードルを上げて高く飛びたい。作家として進化したい、と自分では思っています。

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