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3人産んだらローンが帳消し、4人産むと所得税免除…ハンガリー大使に聞いた本当に"異次元"な少子化対策

  • 2023.2.7
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年明け早々に、岸田文雄首相が「異次元の少子化対策」を行うと表明。先月下旬に始まった国会では、児童手当などの少子化対策が議論の焦点の一つになっている。ジャーナリストの大門小百合さんは「ハンガリーは、GDPの5~6%を少子化対策に充て、ローンの返済免除や所得税免除などの大胆な施策を実施。約10年かけて、人口減少に歯止めをかけた。日本も“異次元”と言うからには、これくらい大胆な施策を行うべきではないか」という――。

病院の廊下に並ぶポータブルベッドに入った新生児たち
※写真はイメージです
議論すべきはそこなのか?

岸田文雄首相が「異次元の少子化対策」を打ち出してから、国会では少子化対策の議論が活発だ。

それは歓迎すべきことなのだが、各党の政策議論が、所得制限の撤廃や児童手当の拡充、「産休・育休中のリスキリング(学び直し)支援」などに集中していて、「議論すべきはそこだけじゃない!」と感じている人は多いのではないだろうか。

私も子育て経験者だ。わが家はすでに、子育ての一番大変な時期は通り越したが、思い返してみると娘が生まれたばかりの頃は、2時間おきの授乳で超睡眠不足。娘の睡眠リズムが乱れて夜になっても寝てくれない日が何日も続いた時は、私も連日1~2時間しか眠れず、ついに全身にじんましんが出た。顔まで腫れて、精神的にも不安定になった。

仕事に復帰してからは、子どもが熱を出すたびに病児保育施設を必死に探し、仕事を休めないときは、昼間のシフトを代わってもらって娘の世話をし、夕方に夫とバトンタッチして出勤して夜勤をこなしたこともある。すでに責任ある仕事を任されていた身としては、仕事を続けるために精神的、肉体的な限界までやり続けるしかなかったのだ。

それでも私は、夫の助けもありなんとか乗りきれたが、あの時、「私が見ていてあげるから、少しゆっくりしなさい」と言ってくれるベテランベビーシッターさんや、頻繁に家を訪問してくれる保健師さんがいたら、どんなに楽だったろうかと思う。

子どもが学校に行き始めると、教育にもお金がかかる。塾代や習い事など、子どもが1人でも大変なのに、2人、3人といればその分だけお金が出ていく。ローンが半分になるわけでもなく、学費が免除になるわけでもなく、月に5000円や1万円の児童手当をもらったところで、それだけで子どもを産もうと思う若い人たちがどれだけ出てくるのだろうか。

「異次元の少子化対策」というなら、もっと当事者の声に耳を傾け、大胆で意味のある支援策を出すべきだと思う。

フランスや北欧の子育て支援策はよく話題になるが、「大胆な少子化対策」で最近注目されているのがハンガリーだ。調べてみるとまさに「異次元」と言えるにふさわしい、ユニークな政策を実施していた。

GDPの5~6%を少子化対策に

ハンガリーでは1981年以降、人口減少に歯止めがかからず、2011年までの30年で人口の1割にあたる100万人減った。出生率も1.23で、当時のEUで最低となった。

これに対し、現在のオルバーン政権は、所得税免除や無利子ローンなど、大胆な少子化対策を次々と打ち出し、今ではGDPの5%から6%を家族政策のために使っているという。

その結果、2021年には出生率が1.59まで上がった。2022年の最新の統計では1.52に下がったが、それでも10年前に比べると高い水準だ。また、20歳から39歳の女性人口が過去10年で20%(28万3000人)減少したにもかかわらず、2021年の出生数は2010年より約3%増えているという。

政策の背景や具体的な中身について聞こうと、パラノビチ・ノルバート駐日ハンガリー大使に取材した。

「ハンガリーでは、子ども支援は未来への投資と考えています。出生率が低く、これが解決しないと、ハンガリー国家も守ることができない。家族を守ることは、国家を守ることだと理解することが大事だと思います」とパラノビチ大使は語る。

ツイッターを買収したイーロン・マスク氏が昨年ツイッター上に、「出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ消滅するだろう」と投稿し話題を集めたが、やはり少子化対策は国の存続を左右する重要な政策なのだ。

駐日ハンガリー大使のパラノビチ・ノルバートさん
駐日ハンガリー大使のパラノビチ・ノルバートさん
3人産めば返済不用のローン、450万円の住宅資金補助

ハンガリー政府が特に重要視しているのは、「子どもを産んだことによって家計の安定・安全が悪影響を受けないようにする」(パラノビチ大使)ことだ。

手厚い支援の一つとしてまず挙げられるのは、使途の縛りがなく、何に使ってもよい無利子ローンだ。妻の年齢が18歳から40歳までの夫婦は、国から1000万Ft(フォリント、日本円で約350万円)を無利子で借りられる。返済期間は最大20年で、最初の5年間に少なくとも1人の子どもが生まれた場合、返済が3年間猶予される。第2子を出産すると、さらに3年間の返済が猶予されるうえ、元本の3割が帳消しにされる。第3子を出産するとローン残高のすべてが返済免除となる。理論上は、3年ごとに子どもを3人産むと借金がゼロになる。

ただし、最低3年間は正規就労(医療社会保険料を納付)しなくてはならない。また、5年以内に出産しなければ、利子付きで返済する必要がある。

マイホームを買うための補助金もあり、こちらも子どもが増えるたびに得をするシステムだ。1人の子どもを持つ家庭が面積40平方メートルの共同住宅か面積70平方メートル以上の一戸建てを購入する場合、1930ユーロ(約27万円)の補助金が現金支給される。子どもの数が増えると補助金額も上がり、3人以上の子どもがいる家庭が60平方メートル以上の新築の共同住宅か90平方メートル以上の一戸建てを購入する場合は3万2260ユーロ(約450万円)が支給されるという。

所得税、学生ローンも優遇

子どもがいる母親は、所得税も優遇される。もともと、ハンガリーの所得税は一律15%と、EU諸国の中でもかなり低く、代わりに消費税が27%と世界最高レベルの高さだ。とはいえ、4人の子どもを持つ母親は、生涯所得税を払わなくてよいというのは、かなり斬新といえるだろう。

免除の対象はそれだけにとどまらない。若者の経済的負担を軽減しようと、2022年から、25歳未満の若者は男女関係なく、また、子どもの有無にかかわらず、所得税が免除されるようになった。

さらに、今年からは、満30歳の誕生日を迎える前に子どもを持った母親は、30歳になった年の12月31日まで所得税が免除になるという。これは、12週目以降の胎児より大きい子を持つ女性が対象で、既婚、未婚、ひとり親にかかわらず、出産前でも免税になる。また、養子縁組をした母親も免除になる。

また、大学の学費に充てる学生ローンを借りている女性が第1子を妊娠した場合、出産後3年間はローンの返済を休止することができる。そしてその後第2子を出産した場合は、返済額の半額、第3子を出産した場合は全額が免除される。また今年からは、30歳未満の女性が大学在学中、または終了後2年以内に第1子を出産した場合、それ以降の学生ローン返済が全額免除されることになった。

とにかく若いうちに子どもを産んでほしいという政府のメッセージが、これでもかというほど、伝わってくるようだ。

祖父母にも育児手当

もう一つユニークなのは、孫の面倒を見る祖父や祖母にも、孫が2歳になるまで育児手当が支給されるという制度だ。ハンガリーでは子どもが生まれると、母親か父親に「育児手当」が給付されるが、親が仕事に復帰した後は、家庭で孫の面倒を見る祖父母に手当が出るのだ。

「例えば、子どもが1歳になって母親が仕事に復帰した場合、その母親は育児手当がもらえなくなります。でもその後は、子どもの世話をしているおじいちゃんかおばあちゃんが、育児手当をもらえるのです」と語るのは、ハンガリーに25年在住し、ニュースレター「ハンガリー経済情報」を発行している日本人ジャーナリスト鷲尾亜子さんだ。この政策は、大家族政策を進めるハンガリーらしいものだといえる。

ただしこれは、子ども一人に対して給付される額が増えるわけではなく、あくまで両親の代わりに祖父母が受け取るというもの。受給条件の1つは、母親が正規労働者で医療社会保険料を納付していること。支給額は出産前の給与の70%で、上限は最低賃金の2倍の70%となる。そこから所得税などを引いて、実際にもらえる額は、日本円でひと月約8万5000円までになる。

少子化対策が政権の看板政策に

「どこにお金を配分すべきかについては、さまざまな意見がありますが、ハンガリーの政策は結構クリエーティブです。よくある所得控除だけでなく、マイホームの補助金や所得税の免除など、『そんなことまで?』とびっくりするような要素が入っています。やはり、小手先の政策くらいでは『はい、産みます』とはならないですから」と鷲尾さんは言う。

2013年から2019年のハンガリーのGDP成長率は4.1%で、EUの平均成長率の2.1%を上回る。ただ近年は、エネルギーが高騰し、インフレ率も上がっており、財政状況も厳しくなっている。昨年は、一部の公共事業を棚上げしたほか、エネルギー産業、航空業界、金融などの大企業の利益に対する超過利潤税を導入している。

「オルバーン政権は2010年に政権を握って以来、ずっと家族政策に力を入れてきました。政権としてもこれを象徴的な政策としてアピールしてきたので、たとえ財政が苦しくなっても何とか財源を捻出していて『家族政策は絶対に縮小しない』という意地を感じます」と鷲尾さんは分析する。

若者に手厚い経済支援をする理由

少子化対策の一環として、若者に手厚い経済的支援を行っているハンガリーの例は、日本にも参考になるのではないだろうか。

早く結婚して若いうちに第1子を生むと、第2子、第3子と生む可能性が高まる傾向があり、少子化対策に効果があるといわれている。ハンガリーの家族政策担当のホルヌング・アーグネシュ次官も、政府のホームページのインタビューで次のように語っている。「最も重要なのは、子どもが欲しい人誰もが安心して子どもを産めるようにすることですが、できるだけ早く、できれば母親が30歳になる前に出産してもらい、さらに弟や妹も迎えられるとなお良いと思います。母親が30歳までに第1子を出産すると、2人目、3人目を出産する可能性が高まることが、複数の研究からわかっています」。ちなみに日本の国立社会保障・人口問題研究所が2022年に行った調査によると、初婚年齢が低いほど子どもの数は多くなる傾向がみられた。

また、ハンガリーのオルバーン政権は、多くのEU諸国と違い、移民をなるべく受け入れないという方針を貫いている。多くのヨーロッパの国で見られるように、移民の増加は労働力が増える反面、その国の人口動態を変えてしまう可能性があるからだ。そのため、政府としては、ハンガリー人には、海外に移民するのではなく、国内に残って子どもを産んでほしいという意向が強く、子育て支援もその一環であるともいえる。

日本の外務省の海外在留邦人数調査統計によると、日本から海外に生活の拠点を移した永住者は20年連続で増加しており、2022年は前年比で2万人増加した。10年前と比べると14万人以上増えている。日本では少子高齢化が急速に進んでいる上、海外にも人が流出しているのだ。もちろん、日本とハンガリーの事情は異なるが、日本でも外国人の移住者が少ないということを考えると、ハンガリーのように若者支援にフォーカスした、かなり大胆な政策シフトが必要なのではないだろうか。

働き方改革は欠かせない

パラノビチ大使に、日本の少子化対策について聞いたところ「日本は高齢者に重点を置いた経済活動(シルバーエコノミー)をうまく進めてきていると思いますが、同時並行して、若年層や子どもたちのための『幸せな家庭』(ハッピーファミリー)経済活動も行われたらと願っています」という答えが返ってきた。

ハンガリーのブダペストでは、2年に1度、デモグラフィック・サミット(人口問題について議論する会議)が開催されているという。「今年9月にも開催されるこのサミットに、岸田総理にもいらしていただき、日本の家族政策や人口問題についてお話いただければ光栄です」

岸田首相が今年3月までに取りまとめると言われている少子化対策。海外に披露しても恥ずかしくないものを作り上げてほしいものだ。

ただし、政府の対策だけで少子化に歯止めがかかるわけではないと鷲尾さんは指摘する。

「日本はやはり、就労時間が長すぎます。ハンガリーでは、夕方5時を過ぎて働いている人は、一部のエグゼクティブを除けばごく少数です。夜9時や10時まで働いている人なんてほとんどいませんし、土日は家族と過ごすのが当たり前。幼稚園の送り迎えはもちろん、子どもを病院に連れてくるお父さんの割合も多いです。日本は、女性も男性も働く時間が長すぎて、まず仕事でエネルギーを使い果たしてしまっているのではないでしょうか」

少子化対策は、働き方改革でもあるのだ。

国からのメッセージが伝わるか

ハンガリーの政策は、かなり極端な部分もあるし、お金もかかる。しかし、国として「少子化を防ぐためにあらゆることをやる」という強いメッセージが伝わってくる。

近くに頼れる両親がおらず、夫は夜遅くまで仕事。たった1人で子育てをしている女性はまだまだ多い。「子育ては女性の仕事。育休は奥さんがとれば十分じゃないか」と、心のどこかで思いながら部下に接している昭和の化石のような上司は会社にいないだろうか? 子どもは2人の子どもなのだから、2人で育てるのは当たり前。女性は妊娠してから1年近くもお腹の中で赤ちゃんを育み、出産も命がけだ。せめて育児は、「男性にもがんばってもらいたい」と言いたくなる。

今や日本の共働き世帯は専業主婦世帯の倍以上で、多くの夫婦が共働きだ。育休から仕事に復帰してからも、仕事と子育ての両立に苦しむ夫婦もたくさんいる。シングルマザー、シングルファーザーの家庭なら、なおさら厳しい状況に置かれているだろう。

岸田政権も異次元の少子化対策というのなら、所得制限の撤廃や児童手当の拡充だけではなく、あらゆる大胆な政策を打ち出し、社会全体で子育てを支える仕組みを作るべきだ。大がかりな働き方改革の断行、父親の育児休業をさらに促進するなど、子育てする人を孤立させないためにどのような支援が求められているのかを真剣に探ってほしい。効果のある政策を今、打ち出さない限り、少子化を止めることは難しいだろう。

大門 小百合(だいもん・さゆり)
ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員
上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。

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