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〈100人のママプロジェクト〉2人目漫画家、鳥飼茜さん前編

  • 2023.2.7

第二回のゲストは鳥飼茜さん。読者の内面を抉るリアルで鋭い作品を次々と手がける漫画家だ。京都市立芸術大学在学中に雑誌の漫画賞を受賞し、23才で『別冊少女フレンドDX Juliet』でデビュー。その後、少女漫画誌から青年誌に転向し、27歳で結婚、長男を出産する。息子が2歳のときに離婚。いわゆるシングルマザーの子育てと漫画家としての活動に奔走してきた。子どもは、2歳から10歳まで平日を鳥飼さんと、週末を父親と共にし、ここ4年ほどは平日を父親と、週末を鳥飼さんと過ごす。悩みながら、その時々での最善を模索してきた鳥飼さん。今は、再婚と2度目の離婚を経て、「これまでで一番穏やかな時間」という。紆余曲折の子育てを、振り返って聞いた。

「私、本当に子育てが苦手なんです」

取材第一声、鳥飼さんはそう切り出した。27歳のときに産んだ息子は今春、中学3年生になる。子育ての15年近くを振り返ると、そこには、「やらなきゃ、やらなきゃ、でいっぱいいっぱいになっていた」自分と、「実態のない理想の母親像と現実の私とのズレ」に立ち尽くし、勝手に期待して勝手に失望している「ひとり戦争状態」の自分がいるという。

生活のすべてに手をさしのべなければ生存も危うい乳児への責任は重く「こわかった」し、きちんとした論を立てるまでの言葉をもたない幼児との関係には「行き詰まることも多かった」と語る鳥飼さん。正直で、真面目な性格が言葉の端々から伝わってくる。子育てが得意だなんて言える母親はいないんじゃないかと思うが、「なかでも特に、私は苦手」と言い切る。

「自分が幼稚なので、子どもを優先するのがすごい苦手なんです。幼児期は特に、子どもの気分と状況次第になるじゃないですか。一緒に出かけても、見たいものが突然変更になったりとか、確認したのに後出しで急なトイレとか。私のようなわがままな人間でも、子ども都合で動かざるをえない。その、『常に子どもを優先しなきゃいけない』という気持ちで参っちゃってる状態が続いていました。本当はもっと楽に考えればよかったんだけど、母親なら子ども優先ですよね? と、外から圧力をかけられているような感じで、その外圧に耐えられなくて自爆することがよくありました」

積もり積もったストレスから、子どもにキツくあたって自己嫌悪する日々。夫はいないし、離婚直後の数年以外は実家のサポートもなく、ひとりでなんとかしなくちゃいけない、というプレッシャーもあったはずだ。そのプレッシャーやストレスは、子どもが小学校に通うようになってからも減るどころか、むしろ増していったという。

「学校のことは母親のサポートとセット、みたいなところがあるし、とにかく余裕がなかったですね。例えば、『明日弁当かどうかで今日のスケジューリングが変わる!』ってキーキーしてたけど、今思えば、途中のコンビニで惣菜を買ってもらってもよかった。弁当箱の中身のほとんどがご飯で野菜を入れられなくても、その日の夜に野菜を食べればいい。彩りも栄養バランスもよくおかずたっぷり、が『正しい』のだと、ガチガチになっちゃうのが、一番まずい。結果、子どもにあたっちゃうから。そうならないようにするには、自分が楽をするしかない。習い事も塾も、ほとんど何もさせてこなかったけど、もっとちゃんと率先して連れて行かなきゃいけないんじゃないかと、常に焦りや罪悪感を抱えていました」

一番辛かったのは、子供が9歳から10歳の頃。子どもがつく「嘘」に耐えられず、「疑心暗鬼で仲が悪くなり最悪だった」と振り返る。子どもの嘘については諸説あるが、相手を貶める嘘でなければ、成長の証とされることも多い。その場を丸く収める「賢さ」の現れと言うこともできる。

「そうなんですよね。嘘をついたほうが角が立たないと思って言っていることもある。でも私は、日頃から『嘘だけはつくな』と言っていて、その場を収めるためであっても、誤魔化されるのが嫌なんです。ドタキャンするのに嘘の用事が入ったって言うとか、大人であってもそういうの、好きじゃない」

宿題を「友達の家でやっている」と言いながら半年間ずっとやっていなかったことがわかったときには、ちょっとした修羅場になるほど怒り、失望した。

「人に言うと、そんなこと? って笑われるけど、子どもになめられてる!? って思うとショックが大きくて。これはひとえに私の性格、私の問題で、どうしても嘘が許せない。子育てって、自分が許せないものが何かってことが時に明白になるところがありますよね。自分の嫌なところや弱点も突きつけられる。特に若いときは潔癖なもの。潔癖さっていいことだと思っているけど、でも、いろんな人間と生きていくうえで、私はそこに厳しすぎたのではないかと、今になっては思います」

子どもに対する怒りが抑えられなくなることが増え、そのことについて悩み、「これは病気だ」とカウンセリングも受けた。

「虐待のニュースだってぜんぜん他人事に思えなかった。そういうお母さんたちを擁護しているわけではなくて、自分だって、もっと進んでしまったらそうなるかもしれないから、絶対ならないようにしなきゃと、アンガーマネージメントやコーチングの本を読んだり、虐待のルポをたくさん読んだりしました。何が境目なのかを探り、カウンセリングで話しを聞いてもらいながら、張り詰めていた空気をちょっとずつ抜いていくしかなかった。ちょっとずつ、今日は100までは怒らないで済んだ、今日は50で済んだ、それだけでよかった、よかった、と」

そして、鳥飼さんと元夫との話し合いのうえ、子どもとの暮らしをシフトチェンジをすることに。

「怒りの制御に悩んでいた頃って、私が子どもに近づき過ぎていた。子どもも息苦しいという感じだった。だから、お父さんのところに住みたいと本人も思ったし、お父さんも、もっと子どもと一緒にいたいと言っていたので、じゃあ、平日と週末の割り振りをひっくりかえしましょう、と。当時息子は『お母さんのことは、好きでも嫌いでもない』と言っていて、言われたときはキツかったけど、そういうことが言えないよりは、言えるほうがいい」

伝えること。たとえ、耳障りのいいことではなくても、言葉にすること。鳥飼さんは子育てで、それだけは譲らずにやってきた。

「事実というか、本音を共有しようよ、と。だからできる限り、言葉にする。私には、それしかやれることがないから。思ったことは全部言います。そういう考えは差別なんじゃない? とか、友達にそういう言い方って違うよね、とか。息子も息子で、最近はちゃんと反論してくるようになった。やっと私に言いたいことを言うようになったなぁ、と嬉しく思うし、そういう息子の言葉を尊重したいという思いはすごくあります」

お互いの意見が分かれた話題について、「じゃあ、私がもう一度考えるね」と次の日までひっぱって、また話すこともある。

「人として、必要なときには腹を割れる人でいたいし、子どもにも、腹を割って話すという経験を積んでほしい。誰にも腹を割れない、本心を見せられないという人は、しんどい。『いい家庭』を壊さないためにニコニコして取り繕う人もいる。それは一見素晴らしいけど、うちはそうじゃなかったから、ぶつかる。でも、ぶつかった先には、理解がある。そこは諦めたくないんです。お母さん面倒……って、子どもは思っていると思うけど(苦笑)、本音を言わない限り解決しない状況は、誰の人生にも必ずあると思うから」

子どもと様々なことを語れるようになった今は「子育ての時間という意味では、これまでで一番ラク」と穏やかな表情を見せる。

「人間同士として子どもと対せるようになって、この人は、自分よりもすごく理性的だな、とか、すごく理屈が通っているなと、感心することがむちゃくちゃ増えました。今は、人として好きです。自分が持っていないところを、たくさん持っている。そういう尊敬を抱けるようになりました」

子どもを自分の付属物だと思ったことはないが、小さい頃は、自分がお世話をしなくちゃいけない、自分に属している存在という感じが少なからずあり、「もっと私が、引っ張っていかなきゃいけないんじゃないか、私のせいで、彼の人生、ミスっちゃったんじゃないかと不安で不安で仕方なかった」と言う。

「でも、子どもって育つんですね。子どもは勝手に自分にとっていいものを選び、育った。小学校時代、うちは本当に勉強をしなかったんだけど、中学になってから自分で塾に行きたいと言い出し、すごい勉強もするようになった。モードが変わる瞬間って、親のおかげでは絶対にないから、そういう意味で子どもって勝手に育つ。それを昔はなかなか信じられなかったなあ……。ほんと今になって思えばですが、信じられれば、もっとラクだったのかもしれません」

後編は2月13日公開予定。

photo:Eri Kawamura text:Tami Okano鳥飼茜 漫画家

1981年生まれ、大阪府出身。1男の母。京都市立芸術大学在学中から漫画を描き始め、2004年に少女漫画誌でデビュー後、青年漫画誌に転向。以後『月刊モーニングtwo』や『週刊ビックコミックスピリッツ』などで連載を続ける。作品に『おんなのいえ』、『地獄のガールフレンド』、『先生の白い嘘』など。最新作『サターンリターン』は鳥飼さんが繰り返し描いてきた男女の性差、そして「死」と「喪失」に向き合った問題作。物語の完結を迎える9巻、10巻が2月28日同時発売予定。『サターンリターン』はこちらからチェック

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