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「経済的に十分な相手でなければ結婚も恋愛もなし」そんな日本で真に"異次元"といえる少子化対策の中身

  • 2023.2.2

年初から少子化対策が話題になっている。『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』の著書がある中央大学教授の山田昌弘さんは「日本では欧米とは違うタイプの少子化が進行している。欧米流の両立支援を取り入れるだけでは不十分で、多数を占める非正規女性へのアプローチを含め、考えうる『全て』の手を打っていく必要がある」という――。

少子化対策/答弁する岸田文雄首相
衆院本会議で答弁する岸田文雄首相=2023年1月26日午後、国会内
なぜ今年なのか…

年初(1月4日)、小池都知事が、少子化対策として子ども1人当たり月額5000円給付案を発表した直後、岸田首相が「異次元の少子化対策に挑戦する」と宣言した(友人から、「異次元ってどういう意味?」と聞かれて即答できなかったが)。

少子化と言われて長い時間が経過しているのに、なぜ、今年なのか、ということについてまず考えてみたい。

少子化を表す数字には、2種類ある。一つは、女性1人当たりが産む子ども数の目安である「合計特殊出生率」、もう一つは、実際に産まれた子どもの数、つまり「出生数」である。

合計特殊出生率の低下は、1990年に「1.57ショック(1989年の合計特殊出生率)」という言葉が作られ、1993年に1.5を割り込んで以来、1.26(2005年)を底として低空飛行が続いている。人口が長期的に維持されるためには、女性1人が女性1人を産み育てることが必要なので、2.1が基準値になっている(自然出産では男性の方が多く生まれるため)。そういう意味で言えば、少子化はもう30年以上続いている。確かに2021年は、1.30で、2022年はそれを下回りそうではあるが、近年とりたてて低くなったわけではない。

出生数急減という緊急事態

しかし、もう一つの目安である「出生数」を見てみると、政府の心配の種が理解できる。少子化と言われながらも2000年頃までは、産まれる子どもの人数自体はそれほど変わらなかった。それは、人口規模が大きかった団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ、年約200万人出生)が出産期にあったからである。今世紀に入ってから出生数減少が顕著になり、2000~2010年の間に12万人、2010~2020年の間ではなんと23万人と減少が加速した。20年前の3分の2しか子どもが生まれていない。

そして、2022年の出生数は77万人程度になる見込みである。つまり、2年で7万人減と減少率が拡大している。

【図表1】出生数の推移
世話をする家族がいない高齢独身者が激増する

出生数の急減は日本の経済に大きな影響を及ぼす。それは、まず教育業界の危機として表れる。5年後には、乳幼児の激減によって、保育所待機児童問題が解消に向かう代わりに、経営危機に陥る私立幼稚園、保育所が増えるだろう。そして、15年後には私立高等学校、20年後には大学や専門学校の経営が厳しくなる。18歳人口が現在の約3分の2になるのである(ちなみに、現在の大学入学定員は約62万人である)。

そして、少子高齢化が進むことにより、現役世代が減る。今でさえ世界一の高齢化率(29.1% 2022年)がますます高まるのだ。要介護者人口が増え、介護労働力がますます不足する。今でも介護水準が徐々に低下しているが、これからは、お金がなければ十分な介護が受けられないという時代が到来する。それに備えて貯金に励めば、消費が縮小し、経済停滞が加速する。それだけではない。世話をする家族が誰もいない高齢独身者が増加し、孤立したり貧困に陥るケースの激増が見込まれる。

車椅子
※写真はイメージです
抜本的な対策をしてこなかったツケ

出生数の減少は、人口学者の予測範囲内であり、分かっていたことでもある。今までは、少子化のマイナスの影響は遠い将来のことなので、危機感は薄かった。少子化と言われて30年間、抜本的な対策をしてこなかったツケが、出生数の急減という事態を招き、20年後の日本社会の持続可能性に黄信号がともって初めて、政府が慌てだすのは、まさに泥縄といってもよいだろう。「異次元」という言葉を使いたくなる気持ちも分からないでもない。

西欧は「両立支援」という少子化対策をとってきた

少子化は、日本だけの現象ではない。

西ヨーロッパの多くの国では、1970年代を通じて少子化が進んだ。その大きな理由は、「男性1人の収入では子どもを多く育てるには不十分」であり「女性が働いて家計を支えたくても条件が整っていなかった」という点にあった。欧米でも1960年代までは、「専業主婦」家庭が大部分を占めていた。しかし、ニクソンショック、石油危機後の経済不況や女性の職場進出のため、1975年以降、少子化が起きる。

そして、いくつかの国々(フランスやスウェーデンなど)では、保育所整備、児童手当、育児休業制度、男性の育児参加推進など「女性が働きながら(共働きでもシングルマザーでも)子育てができる仕組み」を作り、社会保障を充実させることによって、少子化に一定の歯止めがかかった。これを「両立支援」と呼ぼう。

日本は、1970年代に第2次ベビーブームが起きていたので、出生率が多少低下しても、ヨーロッパの少子化は対岸の火事くらいにしか思っていなかったのだろう。1980年代までは社会問題となることはなかった。

床に散らばった赤ちゃんのおもちゃ
※写真はイメージです
欧米とは違うタイプの少子化が進んでいる

冒頭で示したように、1990年頃から合計特殊出生率の低下が顕著になる。しかし、その要因は、欧米のように単に「女性が子どもを育てながら働く環境が整っていないから」だけではない。それは、日本に続いて少子化が起きている東アジア諸国の状況をみればわかる。

今世紀に入ってから、香港、シンガポール、台湾といった国、地域の少子化が進む。これらの国、地域は、外国人メイドを安く雇うことができるなど、「共働きがしやすい」といわれている。また、近年は、それに加えて韓国と中国の少子化が著しい。韓国では、ここ2年、合計特殊出生率が0.8と、1を割り込むほどに低下した。

日本や東アジアでは、欧米とは異なったタイプの少子化が進んでいる。これこそ、ヨーロッパ諸国とは異なった「異次元の少子化対策」が求められる本当の理由である。

なぜ、日本の少子化対策は失敗したのか

日本で少子化対策(もしあったのなら)が失敗してきた理由は多様で複雑である。ただ、欧米と同じような対策「だけ」ではあまり効果がないことだけは、証明されたと思っている。

まず、日本など東アジア諸国は、「子どもにつらい思いをさせたくない」意識が強い。例えば、子の友達がみんな持っている物であったら、「うちはお金がないから買ってあげられない」とは言いたくない。子の友達が大学に親のお金で行っているのに「大学や専門学校のお金は出せない」とは言いたくない。それゆえ、「子どもに十分な経済環境を与えられる環境」が将来にわたって見込めないなら、子どもを多く産まない、そもそも結婚はしないという選択がとられる。

少子化の直接の原因は、結婚しない人が増えたことにある。それも、豊かな環境で育てられる見込みのある相手が現れるまでは、親と同居して独身のまま待つという選択が取られるのであって、決して出会いが少なくなったという原因だけではない。ちなみに中国では、男性の親がマンションや車などを用意できないと女性は結婚に応じないことがよく言われるが、それも子どもを何不自由ない環境で育てたいという「親心」がなせるわざである。

日本でも1980年頃までは、「子どもに十分な経済環境を与えられる」と思う若者が多かったから、結婚や子育てに踏み切ることが出来た。親が相対的に貧しく、男性の収入が安定して増大する見込みがあったからである。

経済的に十分な相手でなければ恋愛もしない

しかし、1990年代から、若年男性の収入低下と格差拡大が顕著になった。いわゆる氷河期世代以降、非正規や定収入が見込めない若者(男女ともに)が増大したからである。つまり、産まれてくる子どもに十分な経済環境を与えられないなら、子どもを産むどころか、そもそも結婚しないという選択がとられたのだ。最近は、経済的に十分な相手でなければ、そもそも恋愛もしないという若者が増えている。かれらの多くは、親と同居しているから、当面は生活に不自由することなく、よい条件が整うまで結婚を先送りしているなか、年齢を重ねてしまうのである。

【図表2】交際している恋人(婚約者含む)がいる人の割合
生活費と給与推移グラフ
※写真はイメージです

これでは、ヨーロッパ型の少子化対策は空振りに終わる。「保育所整備」「育児休業」「男性の家事育児参加」は、そもそも「正規雇用者として結婚している女性」への対策だからだ。これらは「正社員共働き」層にとって有効な政策であることは認める。しかし、1990年に比べ「正規雇用共働き」の家族は増えてはいない。共働きで増えているのは、非正規雇用の女性であり、彼女らに「育児休業」の恩恵はほぼない。そして、大きく増えたのは、未婚女性、特に、非正規雇用の未婚女性である。未婚、既婚の「非正規雇用(+フリーランスや自営業など)」の女性に響く対策でなければ、出生率の大きな改善は見込めない(ちなみにヨーロッパではアルバイトでも育児休暇が取れる国が多い)。

有効な少子化対策はあるのか

第16回出生動向基本調査(2021)によると希望する子どもの数の平均は減っているが、依然として多くの若者が結婚して子どもをもちたいと思っているのは希望である。老後の孤立不安が若い人にも共有されているからと考えられる。条件を整えれば、少子化を反転させる可能性はある。

ただ、「子どもに十分な経済環境を与えられる見込みがない」ことが少子化の主因であっても、若い人の立場によって、どのような対策をすればよいかは異なる。というより、各立場の人に合った政策を「全て」行う必要がある。一つの対策をすれば、子どもの数が増えるといった魔法のような対策は存在しない。

例えば、正規雇用共働きの夫婦に関しては、今までの政策の延長でかまわない。彼らは、子育てのための収入は十分であるが、子育ての時間がない。そのため、子育て期間中、例え管理職であっても男女とも労働時間を削減する「労働改革」は必要である。

一方、共働きでも多数を占める、正社員男性と非正規やフリーランス女性の組み合わせでは、時間はあってもお金が足りない。育休などの範囲拡大や児童手当の拡充などが不可欠である。

もちろん、出産一時金や児童手当を十分に出して、子どもを多く産んだら生活水準が下がってしまうという事態を防ぐことも重要である。

そもそも収入が少なくて結婚できないという事態も広がっているのだから、若い人の雇用の全般的底上げも必須である。

また、労働時間も不規則になっている。「接待を伴った飲食サービス業」で働く子育て世代の女性も多い。彼女らにとって、日曜や夜間に開いていない保育所は使いづらい。彼女らの子育てを支援するためには、保育所の開所時間の柔軟化が求められる。能登の旅館では仲居さん向けの「日曜や早朝も使用できる社内保育園」が既にあるので、それをモデルにすればよいだろう。

最大の課題は高等教育の費用

そして、最大の課題は、子どもの高等教育費用である。欧米は成人までが親の責任なので、子どもが大きくなればお金はかからない。一方、日本など東アジア諸国では、高等教育費は親負担が当然とされ、受験競争も厳しいので、子どもの数を絞らざるを得ないのだ。大学や専門学校(年20万人以上入学する)の負担軽減などの対策が必要である。

山田昌弘『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社新書)
山田昌弘『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社新書)

そして、奨学金返済の軽減も重要な課題だ。大卒者で奨学金の返済負担から結婚できない、結婚相手として避けられるという若者が多数存在している。彼らのサポートのためにも、結婚して子どもを産み育てたら奨学金返済免除などの策は必要だろう。

選択的夫婦別姓制度も「伝統的な家意識」の点からも少子化対策となる。名字を残したいから養子に来てくれる男性としか交際しないという地方の長女も多い。また、日本でも同性カップルで子どもを育てている女性も増えてきた(形式上は母子家庭)。同性結婚を認めれば、子どもをもちたいという女性カップルの出産を促進するだろう。人数的には多くはないが、底上げにはなる。

様々な理由で、産みたくても産めない人に対して、大胆かつきめ細かい対策をして初めて、異次元の少子化対策と言えるのではないだろうか。

山田 昌弘(やまだ・まさひろ)
中央大学文学部教授
1957年、東京生まれ。1981年、東京大学文学部卒。1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は家族社会学。学卒後も両親宅に同居し独身生活を続ける若者を「パラサイト・シングル」と呼び、「格差社会」という言葉を世に浸透させたことでも知られる。「婚活」という言葉を世に出し、婚活ブームの火付け役ともなった。主著に『パラサイト・シングルの時代』『希望格差社会』(ともに筑摩書房)、『「家族」難民』『底辺への競争』『結婚不要社会』(朝日新聞出版)、『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社)など。

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