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リナ・サワヤマが「地獄に華金」をもたらしてくれた金曜日の夜【ライブレポ】

  • 2023.1.31

リナ・サワヤマが初となるジャパンツアーを開催。エンパワーメントに満ちていた最終日の東京公演の模様をレポート。(フロントロウ編集部)

そこかしこで見つけることができたレインボーアイテム

あなたと一緒ならこの地獄もマシ/私たちは一緒に燃える」。リナ・サワヤマは最新アルバム『ホールド・ザ・ガール』からのファーストシングル「This Hell」でそう歌う。リナが同作を引っ下げて行なった初のジャパンツアーの最終日として1月20日に東京ガーデンシアターで行なった公演を観ながら感じたのは、“リナと一緒ならここが地獄でもほんの少しはマシかもしれない”という、一筋の希望のような感情だった。

画像: そこかしこで見つけることができたレインボーアイテム

ファンが音楽ライブに足を運ぶのは、必ずしも生で歌唱を聴きに行くことだけが目的ではない。そこに楽しいエンターテイメントを求める人もいるだろうし、ある人は日々の人生で疲弊した心を癒すことを求め、またある人は日常では見つけることが難しい、自分らしくあれるセーフスペースやコミュニティをそこに求めに行く。この日の東京ガーデンシアターでは、レインボーアイテムを身につけたオーディエンスをそこかしこに見つけることができたが、日本で行なわれる1人のヘッドライン公演でこれほどレインボーな光景が広がっているというのは過去のライブでは記憶がない。日本での初ライブとなった昨年のサマーソニックのステージからもう一段階ギアが上がっていたパフォーマンスはもちろん、東京ガーデンシアターに広がっていたそうしたレインボーな光景や、「癒されて帰ってください」と語ったリナのMCを踏まえれば、この日の彼女は、ファンがライブに求めるあらゆる期待のすべてに応えていたように思う。

開演前に会場に流れていたBGMもインクルーシブなもので、ゲイであることを公言しているオリー・アレクサンダー率いるイヤーズ&イヤーズの楽曲などが会場を包んでいた。開演の予定時間を10分ほど過ぎた頃に客電が落ちると、最近のライブではすっかり定番の衣装となっている、デニムのセットアップにカウボーイハットを合わせた衣装をまとったリナがオーディエンスの前に登場した。

「安全でリスペクトに満ちた場所にしてください」と呼びかけたリナ

大きな拍手に包まれながらオープニングを飾ったのは、『ホールド・ザ・ガール』の1曲目でもある「Minor Feelings」。2曲目にはアルバムと同じ曲順でタイトルトラック「Hold The Girl」が披露されたのだが、このアルバムのテーマは、昨年に行なったインタビューで語ってくれたリナ本人の言葉を借りれば、「私を抱きしめてあげること”についてのアルバム」

内側まで手を伸ばしてあなたを抱き寄せる/あなたを1人で置いて行ったりはしない」と、自身のインナーチャイルドに呼びかける歌詞を歌う、ツアータイトルにもなっている「Hold The Girl」をパフォーマンスした後で、新潟県出身のリナは観客に、「音楽って癒す力があるなって気づきました。だから今夜はこの会場に入った時よりも皆さん、より癒されて、より幸せで、より自分らしくなって帰ってほしいです」と日本語で語りかける。

「まずは近くの人たちにハローしてください」と、共通の目的のために集まった観客同士でお互いに挨拶してほしいと促し、「ここは安全でリスペクトに満ちた場所にしてください」と呼びかけると、会場は大きな拍手で包まれた。

画像1: 「安全でリスペクトに満ちた場所にしてください」と呼びかけたリナ

「金曜日なのでみんなで騒いでほしいし、楽しんで行ってください」と伝えた上で、「私と一緒に出かけましょうか」と観客を自分の世界に招待した後で披露したのは、かつては複雑な感情を抱いていた時期もあった母親に宛てて、「ママ、今の私たちを見て/雲よりも遥か高くにいる/ママが誇りに思ってくれているといいな」と歌う「Catch Me In The Air」。幼少期に新潟県からイギリスのロンドンに引っ越したリナは、アジア系として苦労してきたことを隠さないが、リナと一緒にステージに立つのは、多様な肌の色をした女性たち。リナはドラマーのシモーンとギタリストのエミリーによるバンドをバックに、プロナウン(代名詞)としてノンバイナリーの人が使うことの多い“they”と女性を示す“she”をインスタグラムのプロフィールに記載しているサマーと、シャンテという2人のダンサーを従えてこの日のステージに立っている。

稲妻のようなライトに照らされながら続けて披露した「Hurricanes」で観客のジャンプを煽り、文字通り会場を揺らしたリナは、バンドによる長めのイントロを経てダークな「Your Age」をパフォーマンスした後で、「脱ぎたくない/感情が裸になる」という歌詞に合わせるようにパーカーを羽織り、「Imagining」を披露。いずれも自身のトラウマに言及した3曲だが、リナの楽曲が観客の心を掴むのは、それが無防備な感情をとことん掘り下げたもので、心から共感できるからこそ。

画像2: 「安全でリスペクトに満ちた場所にしてください」と呼びかけたリナ

もちろん、リナが乗り越えてきたバトルは内面との葛藤だけではない。リナは社会の理不尽とも闘ってきた。この時には赤い衣装へと着替えていたリナは、「この世界では最悪なことがたくさん起こっています。みんな怒りを感じてるでしょ? だからちょっと聞かせてよ」と観客に促して、アジア人として経験してきた差別や偏見に「黙れ!」と何度も突きつける、「STFU!」をパフォーマンス。ダークな雰囲気のなかで早いテンポでロックな楽曲が立て続けに披露されたこのセクションは、「もう一度私を一つにして/永遠に私を愛して、私を修理して/あなたのフランケンシュタインになってあげる」と切実に歌い上げる「Frankenstein」で締めくくられた。

宇多田ヒカルのカバーや「Chosen Family」をアコースティック披露

“聖”を表現するかの如く白い衣装へとここでチェンジして、「あなたに悪魔って言われた時、私は純粋だった」と歌う「Holy (Til You Let Me Go)」で自分らしさを肯定したリナは、「東京」という歌詞が登場する、セルフタイトルを冠した前作に収録された人気曲「Bad Friend」へとなだれ込む。「手を上げて」というコーラスに合わせて手拍子を促しながらパフォーマンスして同曲を締めくくると、ここからはギタリストと2人でのアコースティック・セッションへ。

画像: 宇多田ヒカルのカバーや「Chosen Family」をアコースティック披露

ギタリストのエミリーとのセッションでは、ハイライトがいくつも生まれることに。『ホールド・ザ・ガール』に収録のバラード曲「Send My Love to John」をパフォーマンスするにあたり、「私の母国でこうやって6,000人の前でコンサートできるなんて、本当に信じられないし、こうしていられることを本当に光栄に思っています」と観客に感謝を伝えると、「本音で語り合いたいんですけど」と前置きした上で、リナはこう語りかけた。

「私の音楽のモットーは、ありのままの自分を受け入れるということ。でも、そんな私たちを受け入れてくれない人も時々います。私たちをバカにしたり、怒らせたり、気分を悪くしたり、悲しくなるようなことを言ってくる人もいます。時にはそういう人たちが私たちの家族であったりとか、信頼している人だったりもする。そして時にはそういう人たちが、政府や社会だったりもする。でもこの世界には、そのままのあなたを愛して、そのままの自分を受け入れてくれる人もいます。だから、諦めずに自分を貫いて生きていきましょう」

観客がスマホに灯したライトに照らされながら「Send My Love to John」を披露したリナは続けて、「次の曲はLGBTQコミュニティに捧げます」として「Chosen Family」をパフォーマンス。「遺伝子や苗字を共有していなくても家族になれる」と歌い、LGBTQ+コミュニティのアンセムとなっているこの曲だが、Setlist.fmによればこの曲は今月にジャパンツアーがスタートするまで、他の国での公演では半年以上パフォーマンスされていなかった。リナが同性同士の結婚が未だ法制化されていないここ日本でツアーを行なうにあたって、あえてこの曲をパフォーマンスすることを選んだ理由は明白だろう。「東京、きっと何もかも大丈夫になります」と曲中に語って優しく寄り添ったリナは、ここで観客が持ち寄ったアイテムにも触れて、「レインボーフラッグがたくさん見られて嬉しいです」と喜びを分かち合った。

アコースティック・セッションを締めくくったのは、この東京公演が単独ではキャリアで最大の公演であることを記念して、事前にSNSでファンに募集をかけていた邦楽曲のカバー。リナは「このアーティストがいなかったら、この曲がなかったら、私はたぶんミュージシャンとかアーティストになっていないと思っています」と、これから披露するのは自身のルーツとも言えるだと説明した上で、「しかもこのアーティスト、昨日40歳の誕生日を迎えたらしいので、それもちょっと記念に歌ってみたいなと思いました」と紹介して、宇多田ヒカルの名曲「First Love」のカバーを披露。東京公演だけで実現した記念すべき瞬間となった。

地獄での華金は「This Hell」でフィナーレ

ライブはここからクライマックスへ。「ちょっとシティポップでも聴きたくてね」「これは私のカミングアウト・ソング」という紹介から披露されたのは、リナがその名前を広めるきっかけになった曲の1つである「Cherry」。

色とりどりのライトに照らされながらのパフォーマンスでもう一度会場をあたためたリナは、セルフタイトルの前作より「Comme Des Garçons (Like the Boys)」と「XS」を立て続けにパフォーマンス。観客のテンションを最大限まで高めて、「バーイ!」とステージを後にした。

本編を終えて一度ステージからはけて再び戻ってきたリナ。「みんな一緒にいるんだから、今日は地獄で華金だ!」と観客のボルテージをさらにあげて、「This Hell」で約80分におよんだこの日の公演のフィナーレを迎えた。

画像1: 地獄での華金は「This Hell」でフィナーレ

冒頭にも記したように、「This Hell」では「あなたと一緒ならこの地獄もマシ/私たちは一緒に燃える」という歌詞が歌われる。リナはこの曲について以前行なったインタビューで、「根本的に愛されていないように感じていたり、自分らしさを認めてもらえていないように感じていたりする人たちのためのコミュニティ」のような曲だと語ってくれたが、間違いなくこの日の東京ガーデンシアターには、そんなコミュニティが生まれていたと思う。リナは自分らしさを認めてくれない環境を“地獄”と例えているが、彼女の言葉を借りればこの日のライブはまさに、リナが力強くてあたたかいパフォーマンスで地獄にもたらしてくれた、誰もが自分らしさを肯定される束の間の“華金”のようなセーフスペースだった。

残念でならないのは、これが毎週金曜日にオープンが約束されている空間ではないということだ。もちろん、普段の月〜金を何の心配もなく過ごせる社会が実現すればいい話なのだが、現代社会に“華金”として降臨したリナはエンパワーメントに満ちた圧巻のパフォーマンスで、日常のなかで音楽が果たしている多くの役割を改めて証明してくれた。今回の東京公演はリナにとってキャリアで最大規模の単独公演となったが、願わくば次はもっと大きなところで、このコミュニティを創り出してほしい。

<リリース情報>
リナ・サワヤマ
セカンドアルバム『ホールド・ザ・ガール』
発売中

画像2: 地獄での華金は「This Hell」でフィナーレ

(フロントロウ編集部)

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