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糸井重里さんの考える東京。どこでも4km歩けば、映画が1本できるような街

  • 2023.1.31
コピーライター・糸井重里

切り方によっていろんな見え方や味がするのが東京。僕もやっぱり、東京的なものを目指してるんです

糸井重里

社名に東京ってつけたのは、ダサくていいと思ったんです。東京が好きっていうのは恥ずかしいことだったんですよ、当時は。「パリが故郷だよ」とか言うのがかっこいいんですよね。だから僕はそこを逆転勝ちしてみたい気持ちがあったわけ。東京って言葉がダサくなくなるまで頑張りたいなと。

BRUTUS

社名を変えたのは、東京はもうダサくなくなったということですか?

糸井

一回リセットされちゃった感じがありますよね。昔はみんなアメリカとかイギリスからの新譜を心待ちにして、あっちに源がある感じでいつも見てた。でもそういうのがなくなってきて、何かを消費する重心が向こうじゃなくなったんです。日本にもいいものはあるし、比べるもんじゃないよねって。文化の流通に高低がなくなったんです。

B

欧米コンプレックスから脱したんですね。糸井さんはそんな今の東京は好きですか?

糸井

好きですよ。しょうがないじゃない。いちばん付き合いが長くて世話にもなったし、お前の良いとこも悪いとこもいっぱい知ってるよって感じでしょ。家族みたいなもの。僕は前橋出身だけど、故郷っていうのは主体が自分にないときに住んでた場所ですから。

B

上京してみて強烈に感じた「東京らしさ」って、どんなものがありましたか?

糸井

少年時代に野球を見に連れてきてもらったことが何度かあったんだけど、当時は電車で片道2〜3時間かかったんですよ。だから試合の途中で帰らなきゃだめだった。でも原宿の事務所にいると、窓から神宮球場のライトが見えるんです。今から行こうと思ったらタクシーでも、走ってでも行ける。で、さっき窓から見た景色の中に自分がもういるの。「これが東京だ!」と思いましたね。

B

東京に長く暮らすにつれて、「東京らしい」と感じることは変わりましたか?

糸井

東京の街自体が変わってきてますから。僕は新幹線で関西方面から帰ってくるときに東京を感じる瞬間があって。品川が近づいてくると「東京始まったな」って思うんです。以前は多摩川を渡るときに下町が見えて、アパートが並んでるあたりを通って新橋に着く。

でも今はビルになっちゃった。僕がその光景にじーんとしてたのは、普通の人がいっぱい住んでて、電気をつけてるっていうのがよかったんですよね。みんな生きてるんだって、人への気持ちがうわーっとこみ上げてくる。あったかさみしいものがあったんです。

B

街の変化とともに、東京を感じられる瞬間が少なくなってきたということですか?

糸井

必ずしもそうじゃなくて、最近は路地を縫うように歩くのが楽しい。そうすると、こんなラーメン屋ができたんだとか、ビールケースが昔と変わらず積んであるとか、変わるものと変わらないものがごしゃごしゃに行ったり来たりしますよね。それを観察するのが楽しいんです。

だから「下町が大好き」っていう人たちが住んでるような下町よりは、本当はこうしたかったとか、もう諦めてんだよとかさ、“しょうがなくこうなっちゃった”っていうのが真ん中にある街がいい。そういうところには、なんていうか、人らしい小ささ、弱さがあると思うんです。

B

東京ならではの雑多な街ですね。

糸井

このあいだ初台から南青山まで歩いたんですけど、代々木のあたりもいいですよね。代々木ゼミナールがあった場所に新しく何が建ったとか、うごめいてるんですよ、いろんなものが。たった4km程度だけど、そのプロセスの中に全部あるんです。もしかしたらどこでも4km歩いたら“全部ある”っていうのが東京なんじゃない?

B

“全部”というのは、つまり?

糸井

いろんなケーキの余り生地を集めて作ったケーキってありますよね?クラムケーキっていうの?余りものを固めてるから、重くて詰まってて、ナッツとか入ってる。で、急にサクランボの甘煮が出てきたり、干しブドウにあたったり。切り方によっていろんなスポンジが地層みたいに見える。それがウマイんだよ!

東京の街ってそういうところがあって、雑多なものの寄せ集めで見栄えはよくないけど、切り方によって違った見え方とか味がする。それは新宿でも水道橋でもどこでもそう。4kmの中にたくさん味が詰まってて、さまざまな切り方で楽しめる。

B

まるで糸井さんのようですね(笑)。

糸井

僕はやっぱりそのへん目指してるんですよね、きっと(笑)。何がどうあってもおもしろいみたいな、東京的なものを。まだあるもの、にょきっと出てきたもの、つまんなくなったと思ったらどっこい頑張ってるもの。どこの街にもあります。そんな風景を見ながら4km歩けば映画が1本できるくらい。

定食屋のおねえさんの話も、犬一匹だって主人公になれるわけだから。物語を編んでいくということから言ったら東京は最高ですよ。

B

変化の速さに疲れることもありますが、それも含めて糸井さんは楽しんでるんですね。

糸井

観察したり発見したり、想像したり驚いたり。むかし開高健さんがサントリーのCMでニューヨークに行って、ハドソン川で大魚を釣るっていうのがあったんです。当時の僕は、あんな都会の川で⁉って、常識がひっくり返ったんですけど、向こうでは当たり前だったわけです。ああいう驚きはしょっちゅう誰かがほじくり返した方がいいですよね。

B

でも住み慣れた人にとっては、東京の街で改めて発見を得るのは難しそうです……。

糸井

それは時間の使い方の問題じゃないかな。ほかのことに時間を使う方が大事だと思ってるから歩かない。でも歩けばおもしろい。東京はつまらないって言う人がいたら、それはもっとおもしろいことがあるのに気づいていないだけじゃないですか?それを東京の街に押しつけちゃダメだよね。

B

移動中はみんなスマホ見てますしね。

糸井

きっとゆとりがないんでしょうね。もし今、東京のおもしろさを発見し直そうとするなら、自分の肉体を使って東京を“縫い直す”んです。着物ってクリーニングできないから、全部ほどいて反物の状態にして洗って、糊づけしてまた縫うんですけど、そんな発想で、もう一度東京を自分の目で見て作り直したらいいんじゃないかな?そしたらどこを歩いてもおもしろいし、見ていたつもりで見ていなかったものに気づけるかもしれない。

B

東京らしさはどこにでもある、と?

糸井

4km歩けばだいたい見つかる。でも“映え”を意識しすぎるとよくないですね。自分だけの東京物語って他人には地味でつまらないものだから“映え”しない(笑)。そもそも小さい四角い枠の中に収まっちゃうようなものは、たいていおもしろくないんだよ。

コピーライター・糸井重里

profile

糸井重里(コピーライター)

いとい・しげさと/1948年群馬県生まれ。「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。広告・作詞・文筆など幅広く活躍する。著書に『忘れてきた花束。』(ほぼ日ブックス)など。幼い頃に持っていた東京のイメージは、「少年が車に乗って野球に行くのか、東京は!(=花形満)」だったそう。

Twitter:@itoi_shigesato

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