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「おうち」はいくつあってもいい――ポプラ社新人賞『つぎはぐ、さんかく』菰野江名さんインタビュー

  • 2023.1.29

第11回ポプラ社小説新人賞を受賞した『つぎはぐ、さんかく』(ポプラ社)は、家族の新しい形と、そこから自身のアイデンティティを見出していく主人公の姿を繊細な筆致で描いた意欲作だ。

まもなく24歳になる主人公のヒロは、小さな惣菜屋「△(さんかく)」を1歳上の兄・晴太(はるた)と営みながら、中学3年生の弟・蒼(あお)と3人で暮らしている。つつましくも穏やかな生活を送っている彼らだが、実はそれぞれに複雑な事情を抱えながら、ひとつ屋根の下で暮らしているのだ。

著者の菰野江名(こもの・えな)さんは、現役の裁判所書記官として働きながら本作を書き上げた。「家族」を主軸に据えたデビュー作は、どのように生み出されたのか。家庭裁判所での勤務経験と執筆活動との関わりや、菰野さんの考える「家族」のあり方についてお話を伺った。

家裁で目にした「いろいろな形の家族」

――本作は菰野さんにとってデビュー作となりますが、小説自体はいつから書かれていましたか。

菰野 実は本作が初めて書いた小説なのですが、書き始めたのは5年くらい前です。社会人3年目のころで、仕事が忙しくて1年以上手をつけていなかった期間もありましたが、書けるときに書くということをくり返し、完成させて今回応募しました。
以前から本を読むのも文章を書くのも好きでしたが、物語を書いたことはなくて。でも、なんとなくやってみたいなという気持ちはどこかにありました。そこに、仕事で文章を書いていて「わかりやすい」と褒めてもらったり、家族にも勧めてもらったりということもあって背中を押してもらいました。

――裁判所書記官として、お仕事でのご経験が作品に活きた部分はありますか。

菰野 最初に配属されたのが家庭裁判所だったので、いろいろな家庭の方たちと接する機会は多くありました。意識してそのときの経験や見聞きしたことを小説に盛り込んだわけではないのですが、今思えば、あのときに「家族には本当にいろいろな形があるのだ」と実感したことが、今回の話を書くことに繋がったのかもしれません。

――進路選択に直面した中学3年生の蒼が、全寮制の学校を希望し「家を出る」と宣言したことから、3人の関係に変化が起き始めるわけですが、物語の軸ともいえる「家族」とは、菰野さんにとってどんな存在でしょうか。どんな関係性を「家族」と呼ぶのでしょう。

菰野 イメージとしては、「同じ釜の飯を食う」という表現が近いかもしれません。あるいは、同じ場所へと帰っていく人たちは、「家族」と言えるのではないでしょうか。
たとえば、シェアハウスのようなところで共同生活をしている人たちにとっては、そこが自分の帰る場所で、そういう「おうち」はいくつあってもいいと思っています。むしろ、2つめのおうちとか、そういう気楽な感じの結びつきを複数もっていれば、孤独に悩むようなことも減るかもしれません。

親の不完全さを隠さない

――ヒロたちの場合、3人を「家族」にしている繋がりとはどんなものだと思われますか。

菰野 それぞれ複雑な生い立ちではありますし、自分たちはほかの家族と違うということにいちばん初めに気づいたのが蒼です。晴太もきっとそこに気づいていたけれど、ヒロは3人一緒にいる今の環境をすごく慎重に守ろうとしていて、ある意味では固執している。だからそこには触れずにいます。
それでも、彼らは同じ場所に帰って、同じごはんを食べている。深く考えたりしたわけじゃなく、自然にお互いを家族と認識しているんじゃないかな、と想像しています。家族になるのってそんなに改まって意識することではないのかな、と。

――作中では、惣菜屋を営むヒロがポテトサラダなどの家庭料理を作るシーンや、3人で一緒に食卓を囲む場面など、料理や食事がとても印象的に描かれています。

菰野 そのあたりは、私自身が料理をしているときの手元を思い出しながら書いていました。私は結婚してからも、仕事の都合で夫と離れて暮らしていた時期もあったのですが、やっぱり一人暮らしと食べてくれる人がいるのとでは、料理に向かう気持ちも作るものもかなり違いましたね。

――ある種、閉じられた3人の関係の外側で、「△」によく足を運ぶ刑事、花井さんが登場します。彼はよく店を訪れては晴太の淹れたコーヒーを飲んで帰っていくわけですが、ヒロたちの事情に立ち入ることなく絶妙な距離を保って話をしてくれますよね。ヒロは彼を「理想の大人」と表現していますが、菰野さん自身が思い描く、理想の大人とはどんな人でしょうか。

菰野 私には今1歳の子どもがいるんですが、お母さんにも抜けたところがあるということを小さいうちから見せていきたいと思っているんです。小さい頃って、自分の親は何でもできる全能な存在というふうに捉えがちではないでしょうか。でも、本当は大人だってもちろん完璧ではなくて、抜けているところもありますよね。そんなふうに、立派で欠点のない存在なんかでは全然ないけれど、困ったときには頼ることができる。信頼できる。そういう大人になりたいと思っています。それは自分の子どもだけでなく、その友達など周りの子たちにとってもそういう存在になりたいですね。

――本作は、ヒロたちの親の描かれ方も独特です。読者の同情を誘わず、あくまで3人の目線、特にヒロから見える世界で物語が進行していきます。

菰野 そうですね。親の事情については、もう少し具体的に書こうかと応募前の段階から思っていたのですが、子どもたちにしてみればきっと、そんなことは今更どうでもいいよって思うのではないかと。ヒロが自分のアイデンティティを獲得していく姿を書くにあたり、彼女が母親に対して甘くなりすぎないように気をつけました。ヒロの目線に立って考えて、悩んだ末に至ったのがあの結論です。

――次回作は、すでに構想されていますか。受賞後の1作目はプレッシャーもあるかと思いますが...。

菰野 今回は、家族との関わりや、そこからアイデンティティを得ていく話でしたが、次は家族以外の他者との関わりを考えていきたいです。たとえば、家族とは疎遠な状態にある主人公が自力で生活している状態から、自分1人では見えていないものを探しにいくとか......。まだ途中ではありますが、そんなイメージを温めています。
プレッシャーはないです(笑)。今回、本のかたちにしていただけたことが夢みたいなので、次回作は自分でもこれ面白い!と思いながら、すごく楽しく書いています。

■菰野江名さんプロフィール
こもの・えな/1993年生まれ、三重県出身。東京都在住。裁判所書記官。『つぎはぐ△』(受賞時)で第11回ポプラ社小説新人賞を受賞。作家デビュー。育児休暇中の現在は、1歳の娘の子育てに奮闘するかたわら次回作を執筆している。

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