1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「経済成長すると子どもの幸福度は大幅に低下する」経済学の最新研究が示す不都合な真実

「経済成長すると子どもの幸福度は大幅に低下する」経済学の最新研究が示す不都合な真実

  • 2023.1.24

経済成長とともに人々の幸福度は上がるのか。拓殖大学准教授の佐藤一磨さんは「これまでの研究で、一国の経済が成長しても人々の幸福度向上につながっていないことが明らかにされてきました。それに加え、新しい研究では大人のみならず思春期の子どもの幸福度まで下げることがわかりました」という――。

「GDP」と書かれたニュースの見出し
※写真はイメージです
経済成長は子どもを幸せにするのか

経済成長は人々に多くのメリットをもたらします。

経済成長によって給与水準が上昇すれば、いろいろな物が買えるようになりますし、遠くに旅行へ行けるようにもなります。また、生活に余裕が出て健康にも気を使えるようになりますし、子どもにより良い教育を受けさせることも可能です。

このため、自然な発想として経済成長は人々を幸せにすると考えられます。

しかし、これまでの研究では「経済成長が人々を幸せにしていない」ともとれる分析結果が明らかにされています。

特に近年研究が進められてきているのが「経済成長が子どもの幸福度に及ぼす影響」です。

今回は経済成長と思春期の子どもの幸福度の関係について検証した、最新の研究について紹介していきたいと思います。

イースターリンのパラドクス

経済成長と幸福度の関係について、これまでさまざまな研究が行われてきました。その中でも特に注目を集めたのが南カリフォルニア大学のリチャード・イースターリン教授が1974年に発表した論文です(*1)。

彼はこの論文の中で「一国の経済が成長しても、人々の幸福度の向上につながっていない」ことを明らかにしました。

経済の成長は人々に多くの恩恵をもたらすはずなのに、実際のところ幸せにつながっていないという結果は、「イースターリンのパラドクス」と呼ばれています。

なお、イースターリン教授はアメリカのデータを用いていましたが、日本のデータを用いた分析に大阪大学の大竹文雄教授らの研究があります(*2)。この研究では日本の1958年から1998年の40年間における日本の実質GDPと幸福度の指標の1つである生活満足度の関係を検証しています。

この分析でも「GDPが上昇しても、生活満足度が向上していない」ことが明らかにされています。

これらの結果から、「経済成長=幸せ」という構図に疑問が持たれるようになってきました。

経済成長が子どもに及ぼすプラスの影響

「イースターリンのパラドクス」以降、経済成長と幸福度の関係についてさまざまな分析が行われるようになってきましたが、その多くが成人した男女の幸福度を扱っていました。

背景にあったのはデータの制約です。多くのデータが大人にしか幸福度を調査していなかったのです。

しかし、近年では子どもの幸福度も調査したデータが徐々に増え、経済成長が子どもの幸福度に及ぼす影響についても分析されるようになっています。

経済成長は子どもの幸福度にプラスとマイナスの影響をもたらします。

プラスの影響について言えば、生活水準の向上が挙げられます。経済成長によって親の所得が上昇すれば、それに伴って子どもの衣食住の質も改善していきます。これは子どもの健康状態の向上にもつながるでしょう。

また、経済的に余裕ができれば、習い事やより高い教育を受ける機会も増えていきます。さらに、経済成長によって国全体が豊かになれば、貧困を原因とした犯罪に巻き込まれる割合も低下すると考えられます。

このように経済成長は子どもに多くの恩恵をもたらします。

幼年期から勉学に割く時間が増大

これに対して経済成長のマイナスの影響は、幼年期からの勉学に割く時間の増大です。

経済成長に伴い、より高度な技能を持った人材への需要が社会的に増加します。経済成長によって第1次・第2次産業から金融やITといったサービス業を中心とした第3次産業の比率が高まるため、高度な知識や思考力が求められるようになってきます。

近年、「数理・データサイエンス・AI」の重要性が高まっているように、明らかに以前よりも求められる技能が高くなっています。これらの技能は簡単に身に付くわけではなく、早い時期からさまざまな知識を積み上げていく必要があります。

本を見ている赤ちゃん
※写真はイメージです

この結果、幼少期からの継続的な学習が重要となり、勉学に割かれる時間が増大していくわけです。もしこの勉学に割かれる時間が多すぎる場合、子どものメンタルヘルスの悪化や幸福度の低下につながる恐れがあります。

このように、経済成長によって社会が発達したがゆえに、幼年期から勉学を継続的に行う必要が発生し、子どもたちの負担増加につながっている可能性があるのです。

以上、経済成長にはプラスの側面とマイナスの側面があるわけですが、どちらの影響が大きいのでしょうか。

経済成長によって思春期の子どもの生活満足度は低下

この点に関して、韓国の高麗大学校のロバート・ランドフル教授らが分析を行っています(*3)。ランドフル教授らは2018年のOECDの学習到達度調査(PISA)を用い、15歳の子どもの生活全般の満足度と経済成長の関係を分析しました。

分析の結果、一人当たりGDPの高い国の子どもほど、生活全般の満足度が低くなることがわかりました。彼らの計算によれば、もし一人当たりGDPが2倍になった場合、48%ほど生活全般の満足度が低くなっていました。また、一人当たりGDPの高い国の子どもほど、喜びや安堵あんどなどのポジティブ感情が低く、悲しみや怒りなどのネガティブ感情が高くなっていたのです。

これらの結果は、「経済成長が必ずしも子どもの幸せにつながっていない」ことを示しています。

ランドフル教授らは、子どもたちの直面する学習状況と生活全般の満足度の関係についても分析しました。

分析の結果、PISAで実施したテストの点数が高かったり、学校で生徒が互いに競争しているという意識が強いほど、生活全般の満足度が低下することがわかりました。また、逆に学校で生徒が互いに協力し合っているという意識が高いほど、生活全般の満足度が高くなっていたのです。

これらの結果から、学校において生徒間の協力よりも競争が重視される場合、子どもが疲弊してしまい、生活全般の満足度が落ち込んでしまうと考えられます。

学校の机で寝ている生徒
※写真はイメージです

なお、子どもたちの直面する学習状況を分析で考慮すると、経済成長の負の影響は半分程度にまで落ち込みました。このため、経済成長による教育状況の違いが子どもの生活満足度低下の大きな原因だと考えられます。

豊かになるがゆえに生まれる教育競争

「経済成長が子どもの幸せにつながっていない」という結果はショッキングです。

経済成長が子どもに多くの恩恵をもたらすことは間違いありません。国が豊かになり、生活の基本的な欲求が満たされるようになれば、生活は確実に向上するでしょう。

しかし、その社会で豊かな生活を維持していくためには勉学に割く時間を増大させる必要があり、それが子どもたちの幸福度を低下させてしまうと考えられます。

これは国が豊かになったがゆえに出てくる新たな課題だと言えるでしょう。

そして、この課題に今まさに直面している国として挙げられるのが韓国です。

韓国は2000年以降、年平均の経済成長率が約3.8%と高く、国全体が豊かになっています。しかし、受験に向けた競争は厳しく、子どもたちは多くの時間を勉学に割く必要あります(*4)。

今回紹介した論文は世界の子どものデータを基にしたものですが、著者であるランドフル教授らは韓国在住であり、韓国の子どもの直面する状況を見て、論文の着想に至ったのかもしれません。

(*1) Easterlin, R. A.(1974). Does Economic Growth Improve the Human Lot ? Some Empirical Evidence. In David, P. A, and W. R. Melvin (eds.) Nations and Households in Economic Growth, Academic Press, New York, USA, pp. 89-125.
(*2) 大竹文雄・白石小百合・筒井義郎(2010). 『日本の幸福度 格差・労働・家族』(日本評論社)
(*3) Rudolf, R., Bethmann, D.(2022). The Paradox of Wealthy Nations’ Low Adolescent Life Satisfaction. Journal of Happiness Studies,
(*4) 金敬哲(2019). 『韓国 行き過ぎた資本主義 「無限競争社会」の苦悩』(講談社)

佐藤 一磨(さとう・かずま)
拓殖大学政経学部准教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。

元記事で読む
の記事をもっとみる