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突然の物価高はなぜ起きた? 私たちの行動と意識を変化させたもの

  • 2023.1.23
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値上げが止まらない。スーパーの表示価格にため息をつき、届いた電気代やガス代の請求額に悲鳴を上げている方も多いのではないだろうか。なにしろ、2022年12月の東京都区部の物価上昇率は4%に達し、実に40年8か月ぶりの高さになっているのだ。しかも、生鮮食品を除いてだ。体感の物価高はもっと上という声が出るのも無理はない。

物価が上がらず、賃金も上がらない「デフレ」を克服するのが日本の経済政策の定番だったのに、いつの間にか突然、「インフレ」になってしまったというのが、大方の日本人の実感だろう。

「ウクライナ侵攻が原因」はウソ

そうした疑問を解き明かしてくれるのが、元日銀マンで東大大学院教授の渡辺努さんが書き下ろした『世界インフレの謎』(講談社)だ。2022年10月刊行時点でのデータに基づいているが、2023年に入っての現実は、本書の分析をさらに裏付けるように進行していると言っていいだろう。

日本で値上げがニュースになり始めたのは、2022年だったこともあり、多くのメディアは同年2月のロシアによるウクライナ侵攻で、原油や天然ガス、穀物の価格が高騰したことが原因という説を流し続けた。それは政府や日銀の分析、また多くの学者やエコノミストによるコメントに基づいていたのだから、仕方がなかったともいえる。

だが、渡辺さんは、戦争によってインフレが起きたという説は間違いだったと、自身の見立てを含めて反省を冒頭で述べる。そして、日本人には実感がないかもしれないが、世界的なインフレは2021年には始まっていたという統計データが持ち出される。

そこから導き出されるのは、2020年に突然、世界を襲った新型コロナウイルス感染症だ。

経済学の基本として、物価は需要と供給の相関関係によって決まるという考え方がある。それをもとにすると、コロナ禍による経済の低迷は需要を落ち込ませる方向に働くから、むしろ物価下落につながるとみるのが自然だ。

しかし、渡辺さんは様々な分析から、コロナ禍は世界的に消費者=労働者の行動と意識の変化をもたらし、それが企業の行動も変化させ、物価上昇につながっていると分析している。具体的な根拠は本書で確認してほしいが、テレワークも含めて私たちの仕事の仕方が変わったことや、人と人との接触が多いサービス消費が減って、反対に巣ごもり需要によるモノ消費が増え続けていることなどが背景にあるという。

また、何かをきっかけに、いったん物価上昇を予想、あるいは容認するようになると、その勢いは止まらなくなるという傾向も指摘される。その意味では、ウクライナ侵攻もきっかけの一つであった可能性はあるが、最大の要因はコロナ禍による人類の行動と意識の変化なのだ。

デフレ時代にはもう戻れない

私たち一人ひとりの生活の変化が積もり積もって今の物価高をもたらしていると言われると、狐につままれたような気になる人もいるかもしれない。だが、物価も上がらず賃金も上がらなかった、という日本では、賃上げもない代わりに値上げもない、という幻想が日本を覆っていたことに気づく。いわゆる「黒田日銀」による「異次元のデフレ対策」が効果を発揮しなかった理由もここにある。

渡辺さんは2023年1月4日掲載の朝日新聞のインタビューで、40年ぶりという物価高について「1年前は、もっと低い数字になると思っていた」と答えている。渡辺さんにしてこの予想だったことに、いまの物価上昇の異常さがうかがわれる。2023年に値上げが予定される品目はすでに7000を超しているとされる。

物価高を抑え込むのは難しいと考えるよりも、それに対応するための賃上げを実現することが経済成長につながるというのが、現在の経済学の考え方だ。デフレのサイクルを逆回転させて、いいインフレに向かうという発想だ。本書でも日本のデフレ克服に向け、今回の値上げラッシュを機に、凍結されていた物価と賃金の「解凍」の必要性が語られている。

値上げを続けてきた企業側も、次は賃上げだ、という声も出始めており、今春闘は5%をめぐる賃上げが焦点になっている。だが、それは次の価格転嫁の前触れに過ぎないともいえる。

本書を読み終え、このインフレはしばらく収まることはないだろう、という暗い予感がよぎったのはいうまでもない。と同時に、「激安」の文字が当たり前のように躍っていたデフレの時代はもう戻ってこないかもしれない、という郷愁も浮かび上がってきた。

■渡辺努さんプロフィール
わたなべ・つとむ/1959年生まれ。東京大学経済学部卒業。日本銀行勤務、一橋大学経済研究所教授等を経て、現在、東京大学大学院経済学研究科教授。株式会社ナウキャスト創業者・技術顧問。ハーバード大学Ph.D. 専攻は、マクロ経済学、国際金融、企業金融。著書に『物価とは何か』(講談社選書メチエ)、『慢性デフレ 真因の解明』(編著、日本経済新聞出版社)などがある。

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