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断捨離も"こんまり法"もできるのに…やっと気付いた「今まで部屋が片付かなかった根本原因」

  • 2023.1.13
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部屋を片付けるにはどうしたらよいのか。漫画家の田房永子さんは「ずっと、『自分はモノを片付けられない性分』だと思ってきたが、長年の懸案だった子ども部屋の模様替えに着手したことで、片付けのボトルネックが『手放すと決めたもの一つひとつの手放し方を決めること』にあったと気づいた」という――。

「服を取りに行く」「寝る」だけだった子ども部屋

6年前息子が生まれた時、5年前娘が小学校に上がった時、3年前コロナ禍に突入した時、節目節目に自宅の中を作ってきました。

うちには子どもが2人いて、5歳差の姉弟です。1年もしたら、彼らの必需品や好きなものがガラリと変わるので、その度に家具を移動したり模様替えをしたりしていました。

でも、コロナ禍になって全国休校になった時期、「おうち時間」の過ごし方に焦りまくった私はトランポリンを買ったり、大きめのおもちゃやボードゲームで時間を埋めてもらおうと買ったりしました。

それらはうちにとっては「非常時だから買ったけど、実はそんなに必要ないもの」だったので、家の中で場所を取ったまま風化し、それを軸にモノが滞留していくみたいな状況が発生したのです。

子ども部屋は、娘と息子の服を入れるそれぞれの引き出しと、子どもの本を入れた本棚、娘の学習机、二段ベッドがありました。

娘と息子のスペースが一緒くたになっている状態で、リビングには息子がよく遊ぶトミカなどがどっさり置いてあります。

2人とも子ども部屋で遊ぶことはほとんどなく、「服を取りにいく」と「寝る」以外あまり使ってない部屋になっていました。そして置きっぱなしのトランポリンには上着がかけられ、それを片付けるので精いっぱいで、トランポリンをやっと畳んだ(組み立てむっちゃくちゃメンドイ)時には1年くらい経過していました。

そんなに使ってないのになぜかその子ども部屋が、片付けても片付けてもゴチャゴチャしてくる。

子ども部屋に置きっぱのトランポリン
モノがたまっていく場所になっていた

今思えば、「子どもが使いこなせないスペース」というのは「用途不明スペース」なので、モノの行き場がなく逆にその部屋にモノがたまっていくんですね。川の流れをせき止める部分にゴミがたまりやすいのと同じ。家の中の流れがそこで止まっていました。

それがずっとストレスだったのですが、日々「家の片付け・模様替え」以外にいろんなことをやんなきゃいけない中で、一体どこからどう片付けていいのかサッパリ分からず見て見ぬふりをし、休日は子どもを連れて外に出かけていました。

しかし去年11月に入る時、急にひらめきました。「娘と息子の部屋を分ければいいんだ!」と。いたって普通のことをやっと思いついたのです。

子どもは成長しているのに習慣は変わらない

子どもたちが5歳と0歳の頃は、娘の服が入っている引き出しと息子の服が入っている引き出しが並んでいるほうが、洗濯をする親にとっては好都合だった。

だけどもうとっくに娘は自分の服を自分の引き出しに入れてるんだから、別の位置に変えても問題ないんだ、ということに気づきました。ほんっと、自分の家の習慣すぎることって、気づくの難しくないですか⁈

というわけで休日はお出かけせず、猛然と片付けまくることにしました。そして、子ども部屋にたまっているモノをとにかく捨てに捨てまくりました。

「子どもの作品をどうするか」問題

子ども部屋にたまるモノの中で、私にとってたまりの元凶と呼んでもいいシンボルアイテムは、「娘が学校の図工で作ってきた大型の作品」です。

ダンボールでできた、手を広げて抱えるくらいのでかさのゾウさんとか。そういうのが4個くらいあり、これを「捨てるかどうするか」を考えること自体を避け続けてきました。つらいからです。

せっかく娘が作ってきたのに、学期末に1人で持って帰ってきたのに、捨てるというのかこれを私は。「写真を撮って捨てる」のが一般的らしいけど、結局ゴミに出す時はバラバラにしなければならない。解体を考えると罪悪感やらなんやらでドヨーンとしてきて思考停止したまま時が過ぎるという具合でした。

ちなみに夫は「現物全残し派」で、自分のスペースにも子どもが描いてきた絵を貼っていて、でもやっぱりドデカ作品全残しは現実的じゃなさすぎるから、とうとう去年11月、私は「捨てる、解体もする」と決意し家族に宣言しました。

娘に「捨てていいか?」と確認すること(=捨てたいと思っていることを知られる)をためらい続けることはもうできない。思いきって娘に聞いてみると「それ、うまくできなくて作ってる時もなんかイヤだったから見たくないんだよね」とか言う。

え! そうか、そういうのもあるよね。妙な遠慮が家を狭くしていたんや‼

そうやって猛然とザックザク捨てまくりました。

断捨離もこんまり法もできるのに!

そして私はそこで自分の性質に気づきました。

私はモノを片付けられない性分、と自分で思っていたけど、「いる/いらない」の断捨離も「ときめく/ときめかない」で分けるこんまり法も、できる、すぐできるんです。迷いがない。

だけど、さっき書いたように「捨てる際のこと」がすごくネックなんです。明らかにゴミはパッと捨てられる。だけど不要品って全部がゴミじゃないんですよね。

子どもの作品は確認や解体に罪悪感を感じ、他のいらないモノたちも「新しいから明らかに欲しいと思う人がいるモノ」とか「そんなに欲しい人が多くはなさそうだが、即ゴミ捨て場に行くには忍びないモノ」とかいろいろありません?

さらにその中でも「高価で取引できるモノ」と「大した額にならないモノ」とか、「知ってる人に直接あげるほうがいいモノ」とか「フリマアプリで売ったほうがいいモノ」とか。不要品てかなり無数に分類できませんか⁈

つまり、「いる/いらない」「ときめく/ときめかない」の分類作業時間より、「手放し方を決めてそれにそって一個一個手放していく作業」のほうが8倍くらい時間を要しませんか⁈

「手放し作業」が一番大変だった

全部ゴミに出して捨てちゃえばいいのかもしれないけど、「納得できる別れ方」をしないとなんかあとあと後悔しそう、って思ってしまう。「断捨離こんまり分類作業」が終わったあとの「手放し作業」の時間をもとからカウントしてないので「終わった」と脳が勘違いして、結局「手放し方をそれぞれ決めて、それに沿って手放していく作業をこれからやらなきゃいけないモノ」のかたまりを、家の中の1カ所とか2カ所とか3カ所くらいに置いておく、っていうのを私はやってしまうんです。

そうするとそこが「川のゴミだまり」の拠点となって、モノの流動が悪くなっていって、せっかくこないだ片付けて家の中スッキリしたのに、またなんだかゴチャゴチャしてきた……っていうのを繰り返しています! いわゆるリバウンドっていうものなのでしょう。

でもやっぱり子どもがそれぞれどんどん成長して、やることや興味あることがめくるめく変わっていく中で、そして日々忙殺される中で、モノをその時ごとにスッパリ処分していける人って、そういう夫婦って、すんごい「モノ処理能力」高いと思います。

「自分はその能力が低い」ってことを悩んでたけど、低くて当たり前じゃね? って思うことにしました。だって、無理だもん!

気を取り直して、休日を4週にわたり返上し、要不要でモノを仕分けしまくって、とにかく「モノ処理」を片手間でやらないようにしました。モノ処理に集中する。この時間を持つこと自体、やっぱり子どもが小さい時は難しいよ。今までできなかったのは仕方ないよ、と自分をはげましながら!

癒やされたのは母親の私だった

2つ並べて娘と息子の本をランダムにブチ込んでいた本棚を娘の本棚と息子の本棚1つずつに分け、二段ベットを軸に両サイドを娘の部屋と息子の部屋にしました。

まだ未就学の息子の机は、私が20代の時に漫画を描くのに使っていた座卓とテーブルライトを使用しました。そこの前に息子が保育園で作った作品を貼ったり、拾ってきた松ぼっくりとか並べたり、左利きの息子の左利き用のハサミを道具箱に入れて、それを置く棚も机の横に置きました。

そうやって、息子のマイスペースができた時、私はなぜか、ものすごく感動して心臓が打ち震えるような熱い気持ちになったのです。なんで?

それまで息子のモノは、いつも家族の誰かのモノと混ざり合う形で家の中の至る所に点在している感じでした。だけど「ここは息子の場所」と決めたことで、なんだか息子自身の尊厳みたいなものがハッキリしたような、そういう感覚がありました。

使い古した机と組み立て棚に息子のモノを並べただけなのに、神聖な感じがすごくしたんです。今まで、他の家族のところに混ぜちゃってて悪かったなと思いました。もっと早く作るべきだったのかもしれないけど、仕方なかった。

息子の部屋を作って癒やされたのはまず母親の私でした。これには本当にビックリしました。

息子の部屋を作って癒やされたのはまず母親の私でした
「娘の部屋」ができた感動

当の息子に見せると、「おっ いいねぇ」と一言。しばらく座って、そこに置いてあるもので遊んでましたが、普段はリビングで遊ぶのがほとんどで、まだマイスペースを使いこなしてません。でも息子の部屋を作れて本当によかったと思いました。

小5の娘は、自分の部屋をかなり活用しています。こちらもこちらで作ってよかったなと思いました。

私は子どもの頃、自室ができた時にカーテンやらラグマットやら何やらすべてを母が決めてしまっていて、それが母好みのピンクのブリブリのデザインで、自分の部屋なのに居心地が悪くてやだなと思っていました。友達も同じことを言ってる子がいたので、「自分が親になったら子ども部屋のカーテンとかは子どもに選ばせるぞ!」と決めていました。

そういうわけで、娘をニトリに連れていってラグマットなど選んでもらいました。まあ、色くらいしか選ばせられなかったけど、娘も「これがいい!」と気に入った感じだったし、私は内心ホッとしました。娘の部屋にそれらをポン、と置いただけで一気に「娘の部屋」っぽくなって、これもなんだか私のほうが感激しました。

「捨てる・手放す」時間を確保する

今もまだ家の中が完璧に出来上がってる感じじゃないので、日々、作りながらですが、ベースの配置ができました。

今後また、中学生になったりで、きっと部屋の模様替えについては1年ごとくらいに考えなきゃいけない感じだと思います。

そのたびに「捨てる・手放す作業の時間の確保」を一番に計画を立てればきっとうまくいく、と思った年末でした。

田房 永子(たぶさ・えいこ)
漫画家
1978年東京都生まれ。2001年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞(青林工藝舎)。母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を2012年に刊行、ベストセラーとなる。ほかの主な著書に『キレる私をやめたい』(竹書房)、『お母さんみたいな母親にはなりたくないのに』(河出書房新社)、『しんどい母から逃げる!!』(小学館)などがある。

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